地下室

「えっ、ええぇ! 夜襲!?」

「ご名答! 前の襲撃時に、侵略者側のプレイヤーを拉致って吹き込んでおいたんだよね。絶対に魔法少女の意表を突ける方法があるって。まさかこんなうまくいくとは思わなかったけどね」


 ピジョンの言う通り、外ではあちこちで侵略者側のプレイヤーが魔法少女側を襲い始めている。

 寝袋で寝ていたせいか手足がままならず、戦う準備すらできていない者達はすぐに死に逝くこととなるだろう。

 これに抵抗できているのは、町に何かないか探索をするなど夜更かしをしていた者たち。

 しかし魔法少女側は前振りのない突然の襲撃に意表を突かれ、防戦一方になってしまっている。

 あの驚異の戦闘力を誇る魔法少女がなかなか来ないのと、イベント舞台が重力の少ない宇宙のせいで、落下が静かだったのも侵略者側の優勢で戦況が進んでいる一つの要因だろう。

 それでも魔法少女側は悲鳴で跳び起きたものが、各々の武器を構え、吠えて体を奮い立たせ、侵略者側へと反撃に転じる。

 が、依然天秤は侵略者に傾いている。


(おかしい。こんな簡単に攻める事って出来るの? それこそ)


 魔法少女側に内通者でもいない限り難しいはずだ。

 そこまで思い至ると、インはうまくいったとばかりに不敵な笑みを浮かべるピジョンに顔を向ける。


「まさかピジョンちゃん。侵略者側のプレイヤーを魔法少女側に紛れ込ませて、寝静まったところで寝返って侵略者側に指示を出すように進言したの?」

「またまたご名答! 賢者タイムに入っているインちゃんは頼りになるにゃ~! こういう勝てない相手には搦め手を使うのは常套なはずなんだけどね~。さっ、家探し家探し」


 まさか魔法少女の秘密を探る為に、相手側まで利用して味方を窮地に陥りさせるとは。

 情報や気になった事であれば、敵どころか他味方プレイヤーへの迷惑すら無視して追及する姿勢。

 道理でピジョンにはイン以外フレンドがいないわけである。


「ピジョンちゃん……」


 悪びれもせず近くのイスや物を持ち上げて乱雑にどかし、怪しいところがないか面白そうに一つ一つチェックしていくピジョン。

 そんな秘密を探るために手段を問わないフレンドに、インは呆れたような視線をぶつけるのだった。


  *  *  *


 普段は見る事しかない舞台の上。

 インは何となくで歩いてみる。

 このステージは天井が突き抜けた形となっており、自然と宇宙の様子を覗けるようになっている。

 壁は良く音を反射する素材で作られているのか、インが新品に見える床板を歩いてみれば、トントンと刻みの良い音が響く。

 まるでゲリラライブをするトラックのステージ構造を、そのまま建物に落とし込んだかのようだ。

 しかし新品なのは見た目だけ。

 何度か床板を踏み抜くことがあり、その度にインは足を取られてしまう。


(ライアはこのステージに立っていたんだよね。みんなを呼びかけるために)


 表には特に目立つような物、怪しい物などはないようだ。

 ならばと考え舞台裏に回ろうとすれば、いきなりインの腕の中でアンが暴れ出す。


「アンちゃん。どうしたの?」


 舞台の裏も当然電気がついているわけはなく、暗闇だけが支配していてインの目では何も見えない。


(もしかして)


 アリは視力がほとんどない代わりに、台所のちょっとした隙間から食べ物の匂いを巣から出た時点で感知し寄っていき、それが連鎖して行列を作るほど嗅覚が発達している。

 その鼻の良さは、一説によると犬をも越えるそうだ

 元々ほとんど目が見えていなければ、暗闇も何も関係ないのかも知れない。

 インはライアからもらった魔法少女服を取り出し、警察犬にやるように触角にあててにおいを嗅がせてみる。


「ミミちゃん。アンちゃんに触手巻いて」


 言ったところでミミズも目は見えないので、インはミミの触手をアンの胴にグルグルと巻いてやる。

 それからアンを死なないように地面に放してやると、におい目がけて一直線に向かっていく。


(この先に何が。でもアンちゃん速いよ、相変わらず!)


 前と同じであれば、暗闇に慣れるまでアンを追うことはできなかっただろう。

 だが今回は、ミミの触手がある。

 辿っていくだけでその先にアンがいる。

 それがどれほどうれしいか。

 伸びるミミの触手を握り追っていくと、次第に暗闇に慣れていく。

 おかげでアンが前足で叩いているところへと、音を頼りにたどり着く。


「ここに何かあるの? アンちゃん」


 インが座り込んで見てみると、鍵穴らしき場所。

 アンがここで止まっているという事は、においはここで途切れているようだ。

 暗闇に慣れた目でインが見渡してみれば、どうやらここは小道具置き場らしい。

 壁の隅に、花火を連想させる光を宙に浮かべる棒状の道具。

 部屋全体を明るくできそうなほどの光を放つライト。

 明るい調の音楽が鳴る鉄ではない金属製のプレーヤー。

 等々が段ボールに入って机の上に置かれている。

 インは手に取って何に使うのかよく分からない道具の中を探してみるも、鍵と思しきものはない。


(こういう時ピジョンちゃんに連絡すると)


 インはミミの触手を体に巻いたまま表に戻る。

 二階を探し終えたのかピジョンは一階で探索をしていた。

 インはピジョンをミミの触手を頼りに部屋に戻ると、すぐに鍵穴を指す。


「インちゃんお手柄だにゃ」

「アンちゃんが案内してくれたんだ。だからアンちゃんのお手柄だよ」

「なるほど~。えっと、これでいいのかな? よしよ~し」


 普段インがやっている通りにアンの頭を、そっと困惑しつつ撫でるピジョン。

 そして鍵穴がどういった構造でどこをどう弄れば開くのか探るために、『鍵開け』スキルを使用する為にあるものを取り出す。

 毎度おなじみ、『盗賊』アビリティの中にあるスキルの一つである。


「それ、針金? ピッキングでもするの?」

「んにゃ。夢を持たせるようで悪いけど、針金だけでピッキング出来ればそんなに苦労しないんだよね。ちゃんとした道具が必要なのさ。説明するのは面倒だけど、要は錠前の対応する部分を抑えて、このピンセットみたいな形をしているテンションという道具で回すって考えてくれればいいよ」


 説明するのが面倒と言いつつも持ち前のピッキングツールをインに見せて、最低限は説明していくピジョン。

 その間もピジョンは手をせわしなく動かしてカチャカチャと鍵穴を弄っていく。

 そのお宝探しで目を輝かせながら鍵を弄る姿はどう見ても盗賊そのものであるが、インも興味深そうに見ているせいで誰も注意するものはいない。

 そうして五分ほど、ピジョンは「ああ~」と納得するような声を出して手を止める。


「どうしたの?」


 邪魔にならないようにインは再びアンを持ち上げ、分からないからこそ不思議に思い尋ねる。


「これ針金だけでも開くタイプのものだね。もうちょっと待っててよ」


 そこからさらに十分弱。

 インが道具置き場に置いてある、小さな包みから大量の無害な煙を出す舞台演出の道具を見つけて仲間の虫たちと遊んでいると、カチリと鍵が開く音が聞こえてくる。

 ピジョンがピッキングに成功したようだ。

 ライアの物を盗むわけにはいかないと考えたインは、道具を元の場所に戻してからピジョンに駆け寄っていく。


「ピジョンちゃんすごい」

「でしょ~。ご褒美はハグでいいよ」

「ええ!? えっとこうでいいのかな?」


 ピジョンがいたずらな笑みを浮かべてそう口にすれば、真に受けたインが言葉通りピジョンの背中に腕を回す。

 これにはインが悪い人に騙されないか、ピジョンは何度目かの不安に口がひくつく。

 とはいえそれは、フレンドであり同じ女の子のピジョンだからこそ許容しているのは言うまでもないだろう。

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