第82話 アンニュイって美味しいですか?

 僕は香里奈と鏡の世界に行こうとしたら、急に朝から呼び出された。せっかくの休みなのに、なぜここに呼び出されたのかわからない。


「あーん、香里奈ちゃん久しぶりね」


「アンジェリーナさんお久しぶりです。今日も可愛いですね」


 僕達はオネエ美容師である、アンジェリーナ・ガッバガバンナのお店に呼ばれていた。呼ばれた要件は聞いてないが、香里奈は数日前から楽しみにしていた。


「SNSを見ていたけどやっぱり化けたわね」


 アンジェリーナは僕に近づき、顔や体を一通り触れた後、最後に股間を掴んだ。


「あうっ!?」


「あら、こちらはまだ成長段階なのね」


 薄らと見える青髭男を殴りたい。どこが可愛いのかも僕にはわからない。


 シズカの方が愛嬌があってどこからどう見ても可愛いと思う。


「ねぇ、あなたのお兄さんひょっとして昇天してるのかしら」


「いや、お兄ちゃん時折自分の世界に入るから気にしなくていいよ」


 シズカは金棒を振り回しているけど、健気に後ろをついてくる女性だ。こんな青髭男とは違う。


「青髭男とは――」


「見た目が変わっても性格はおブスなのね」


 再び僕はアンジェリーナに股間握られていた。同じ男として股間が弱点なのは体験しているはずだ。


「さぁ、あなた達には仕事をしてもらうからね」


 気づいた頃には僕はアンジェリーナに引っ張られていた。ええ、股間は握られたままだった。





「今日あなた達を呼んだのは美容室の広告モデルを探していたのよ」


「広告モデル……?」


「これを見て頂戴」


 渡されたのは一枚の紙だった。


「本当の自分になれる美容室……?」


「そうよ。私のお店のコンセプトが"本当の自分"なのよ」


 アンジェリーナの見た目からして、あれが彼女の本当の自分なんだろう。隠していた本当の自分を曝け出せるのって中々ないことだ。


 それがここの美容室で叶うってだけでも行く価値があるのだろう。


「たくさんのモデルや芸能人も担当している私が、今回あなたにモデルの依頼をしたの」


「へーそうなんですね……ん? 誰がモデルに?」


「さっきからあなたって言っているのよ!」


 どうやら僕は美容室の広告になることが決まっているらしい。てっきり香里奈かと思ったが、香里奈を通して勝手に僕が引き受けることになっていた。


「あのー、拒否権は……」


「ないわよ!」

「ないです!」


 二人に圧倒されて僕は受けることになってしまった。


 最近、髪の毛を切りに近所の床屋に行こうとしたら、香里奈が必死に止めた理由がやっとわかった。


「今回もおまかせでいいかしら?」


「特に希望はないです」


 今回は美容室で髪の毛を切り終えてから、カメラマンがいるスタジオに移動することになっている。


 長くなった髪をアンジェリーナは素早く整えながら切っていく。


「今日はパーマをする予定だけど、今までしたこと……ないわよね」


 僕が頷くまでに勝手に判断されてしまった。香里奈は事前に学校へ髪型について校則を確認してアンジェリーナに伝えてあるらしい。


 今頃になって髪色、髪型についての校則が特にないことを知った。確かに校則はないものの、県内で頭が良い方の我が校に髪の毛を染める人はあまりいないのだろう。


 パーマ液をつけられ待つこと数十分。


「やっぱり私が依頼しただけのことはあるわね」


「本当にアンジェリーナさんって魔法使いですね。お兄ちゃんが少女漫画の王子様になってる」


 鏡に映る僕は今までの僕ではない別人のようだった。額が見えるように大きく分けた髪は右に流れ、どこか大人ぽい。


「元々の目立たない印象がアンニュイ感を醸し出しているわね」


「新しい食べ物ですか?」


 聞いたことない言葉に僕は首を傾げる。それを見てアンジェリーナはさらに声を上げた。


「この無知で純粋そうな感じも素材としてはいいわよね」


「兄の場合はただの天然ですけどね」


「どこか大人ぽくて気だるそうな印象だけど、中身は純粋無垢で妹思いって最高よ?」


 何を言っているのか全くわからないが、アンジェリーナの思ったような印象になったらしい。


「それでアンニュイって美味しいの?」


「ああ、兄って食いしん坊なのもあったわ」


「どことなく残念なのは仕方ないわね」


 やはり僕は女子トークに入れないようだ。僕達はアンジェリーナに車に乗せられ、そのままスタジオに向かった。

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