第32話 新学期

 顔を洗い制服に着替えて学校の準備をする。急な成長で制服が着れなくなったことに今頃になって気づく。


「ははは、ほぼ半ズボンじゃん」


 ズボンはウエストをベルトでどうにかすれば問題ないが、ブレザーのジャケットは着ることもできない。


 成長しすぎた体を鏡で見ていたら笑ってしまった。まさか自分に自信が付いたら学校に行けると思っていたが、物理的に学校に行けないとは思いもしなかった。


 部屋から出て階段を降りると、朝食の準備をしている母と新聞を読んでいる父がいた。


「ねぇ、母さん。制服が着れないんだけど……」


 母は僕の姿を見て、笑うこともなくにこやかに微笑んでいた。


「本当に成長期ってすごいわね」


「男ってそういうもんだ」


 どこか人とズレている母は息子の変化に何も思わないのだろうか。父も男だからと特に気にしていない。


「なんか昔の健を見ているような感じね」


「昔?」


「ええ、幼稚園に通っている時みたいだわ。可愛いわね」


 確かにあの当時は半ズボンを履いて通っていた。だが、こんなにでかくなった男が半ズボンの制服を履いていたら普通は引くだろう。そもそも半ズボンではなく七分丈だ。


「また制服を買わないとダメか」


 せっかく鏡の中で手に入れたお金も、制服のために消えるだろう。流石に全て親に出してもらうのも悪い。


「それなら香里奈が解決してくれたぞ?」


 新聞を読んでいた父が立ち上がり、隣の部屋にいくと、通っている学校の制服を持ってきた。


「制服?」


「ああ、香里奈がきっと健が制服を着れないだろうからってネットの友達からもらったって言っていたぞ」


 渡された制服はスラックスが少し使い古された感じはするが、僕の背丈に合っているような気がした。


 僕はその場で着替えて制服に手を通す。


「ほぼぴったりだ」


「やっぱり香里奈はお前のことをよく見ているな」


 チラッと見えた隣の部屋にはあと二枚ほどスラックスが置いてあった。制服をそんなに集められた香里奈に驚きだ。


「おはようー!」


 そんな中、顔を洗っていた香里奈が戻ってきた。顔は薄らとメイクしており、以前は少し幼さが残る中学生だった香里奈も大人になったような気がした。


「あっ、サイズちょうどよかったんだね」 


「香里奈が用意してくれたんだろう? ありがとう」


 香里奈には感謝してもしきれない。我ながらこんなに気がきく女性はこの世にいないと思ってしまう。


「お母さんに似ているお兄ちゃんだから、きっと肝心なところを忘れていると思ってたよ。この数日、毎日見るたびに身長伸びてたしさ」


 最近家の中で会うたびに、"身長が伸びたのか"、"少し痩せたのか"って聞いてきたのはこのためだったのか。


 それにしても、僕は母親似らしい。この間、ゴブリンの棍棒で凹んだ玄関の床を見た時は、象が遊びにきたのかしらって言っていた。


 どう考えても象が玄関から入ってくることもないし、サイズ的に無理だろう。


 父も父で、象じゃなくてキリンかもしれないって床の凹み具合から推測していた。真面目なのか抜けているのかもわからない二人だ。


 香里奈は僕に近づき、背伸びをして僕の頭を押さえてくる。


「どうした?」


「そんなに大きくなるなーって祈ってたんだよ? ちょうど良くて安心した!」


 微笑んだ姿にどこかドキッとしてしまった。香里奈も今日から女子高校生だ。陰キャラの僕とは全く違う高校生活を過ごすのだろう。


「そういえば、香里奈はどこの高校に通うんだ?」


 昨日入学式に行ったと言っていたはずだ。制服姿を見てはいないし、今もパジャマ姿だからどこの高校に通うかも知らない。


「お兄ちゃんちょっと待っててね!」


 急いで階段を駆け上がる香里奈。


「その間あなた達はご飯を食べなさい」


 すでに朝食ができたと言われた僕は先に朝食を食べることにした。今日もしっかりと栄養を考えた食事だった。


 ダイエットをするようになってから、僕の家では揚げ物の回数が減り、健康的な食事になった。


 両親ともに最近痩せてきたと喜んでいるぐらい我が家は健康ブームだ。


「お兄ちゃん見てみて!」


 戻ってきた香里奈の姿を見て、僕は驚いて飲んでいたお味噌汁をむせて吹き出してしまった。


「お兄ちゃん!!」


 急いでティッシュで拭いている隣で、香里奈はクルクルと回る。


「じゃーん、実はお兄ちゃんと同じ学校に合格しました!」


 くるりと回りヒラヒラと動くスカート。妹の香里奈は僕と同じ高校に入学していた。

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