第9話 小さな青春
制服に袖を通して朝食を済ませると僕は玄関の前に立った。
昨日は外に出ることができた。自分にそう言い聞かせて扉に手をかける。だが、気持ちとは裏腹にだんだんと息が荒くなる。
あまりの息苦しさに胸を強く抑えるが、その場に立っているのもやっとだった。
やはり今日も学校に行くことができないのだろうか。
「お兄ちゃん大丈夫?」
声をかけてきたのは香里奈だ。僕は邪魔にならないように上がり框に座り込む。
「やっぱりまだ体調が悪いの?」
香里奈の言葉に僕は小さく横に首を振った。体は特に悪いところもなく元気だ。問題なのは僕の心なんだろう。
頭の中ではあの時のみんなの笑い声がフラッシュバックしている。
「私から言えることはあまりないんだけどね」
香里奈は僕の頭に触れると、何か髪の毛をいじっている。
「せっかく髪の毛を切ったんだから顔は見せないと!」
髪の毛を上げられると視界が一気に広がった。そこには心配する香里奈の顔があった。
気づいていなかっただけで、香里奈はずっと心配していたのだろう。
「辛かったら
香里奈の言っていることは一理あり、 春になったら学年が上がりクラスが変わるのだ。だから香里奈はあえて"春まで"と言ったのだろう。
もうそろそろで春休みになるため、高校二年生の期間は残りわずかだった。
「でも行かないとダメだよね……」
流石に来年は受験生になるため、出席日数が少ないのも気になってしまう。
一般入試であれば問題ないし、授業の出席日数が足りてないわけではない。ただ、推薦入試を考えるのであれば行くべきなんだろう。
今後の進路が決まっていない僕は学校に行くことにした。
上がり框から立ち上がると香里奈は玄関の扉を開けて待っていた。
「お兄ちゃん頑張ってね! 今のお兄ちゃんなら大丈夫!」
「行ってくるよ」
僕は気持ちを切り替えていつもの駅に向かった。
♢
駅に着いた僕は電車が来るのを待っていた。やはり朝の時間だからか、スーツを着たサラリーマンや他校の女子高生達も大勢いる。
あまりの人混みに嫌気が差した僕は柱にもたれかかる。
「ねえ、あの子可愛いよね」
「なんていうか……美少年って感じだよね!」
「しかも、昨日SNSで流れてきた動画の人に似てない?」
「えっ、嘘!? これってあの有名なオネエ美容師のやつだよね!」
朝から女子高生達は元気にはしゃいでいた。その元気を少しでも分けて欲しいぐらいだ。
そんなことを思っていると電車が駅に着いた。
僕はそのまま電車に乗り込み、向きを変えると電車の扉が閉まった。
扉越しに視線を女子高生に向けると、なぜか彼女達は手を振っている。
「小さな青春って感じだな」
何気ない日常でも、彼女達には毎日違う色の鮮やかな青春なんだろう。
"青春"という僕には無関係な言葉に少し笑ってしまった。
「えっ……今私達を見て微笑んでくれたよね?」
「見た見た! 顔面偏差値高すぎるよね!」
「顔は良いけど、あとは身長と肌のお手入れだよね」
「それ私達も人のこと言えないからね?」
何を話しているかは聞こえないが、彼女達は最後まで楽しそうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます