金曜日まで待ってね
私は学校に登校するのが比較的早い方だ。
理由は、雪音より早くきて、彼女に最初に声を掛けたいからだ。
私の一日は雪音で始まるし、雪音で終わりたい。だから、雪音より早くきて、最初に声を掛ける。
しかし、今日の私は遅めの登校だ。
教室に入ればほとんどの人がいるし、当然、雪音も来ている。
私は雪音がいるのを確認してから、自分の席に向かい、席が近くて私の友人でもある莉緒に声を掛ける。
金髪に染めた髪に、耳にはいくつもピアスを開けている。うちの高校は比較的校則はゆるいほうで、髪を染めたり多少のピアスなら許されている。
かくいう私も、ピアスはいくつか開けている。
そんな見た目の莉緒だが、根は優しく面倒見がいい奴で、話すのも楽しいから、雪音の次に一緒にいる時間が多い。
(ピアスいいな。雪音を依存させたら、お揃いのピアス付けようかな。あ、でも雪音は開けるところからか。それなら、私からプレゼントしようかな。確か、ピアスのプレゼントには、ずっとあなたを見守っているって意味もあったし。お互いに依存したら、最高のプレゼントになるかも)
そんな事を考えながら、私は莉緒に声を掛ける。
「おはよ、莉緒」
「んー?って、六華じゃん。こんな時間に登校とは珍しい。なんかあったん?」
「ちょっとね。やりたい事があって」
「ふーん。ま、体調不良とかじゃないならいいさ」
さり気なく私の体調を心配してくれる莉緒は、やっぱりいい奴だと思う。見た目はアレだが。
そこでふと、後ろから視線を感じたので振り返ってみる。すると、雪音が友達と会話をしながら、私の方をチラチラと見ていた。
私は、そんな雪音に軽く手を振って挨拶を済ませる。
雪音がそれに気付いて手を振り返そうとしてくれたが、私はそれを確認する前に莉緒の方へと振り返る。
「なに、あんたら喧嘩したの?」
「違う違う。少し事情があってね」
私は、そんな曖昧な返事を莉緒に返しておく。
莉緒は私と雪音の中を唯一知っている人物である。理由は、私が雪音と付き合った日、あまりの嬉しさに教えてしまったのだ。
冷静になった直後は、流石の莉緒でも距離を置かれるかと思ったが、莉緒はただ、「ふーん。良かったじゃん」で済ませてしまった。
以来、私は何かあるたびに、莉緒に報告していた。
「…あんま変なことするなよ?」
「変なことって?」
「それは知らんけど。あんま雪音さんに迷惑かけるなって話」
「それは雪音次第かな。ふふ」
「雪音さんもとんでもないのと付き合ったもんだ…」
最後の方は、さっきとった態度の効果について考えていたので、莉緒がなんと言ったのか分からなかったが、どうせしょうもない事だろうし無視する。
余談だが、莉緒は雪音の事をさん付けで呼ぶ。なんでも、以前委員会の仕事で困ってた時に手伝ってもらったのだとか。
それ以来、尊敬の意味を込めてさん付けで呼んでいるそうだ。
そんな事を考えていると、始業のチャイムが鳴り、先生が教室へと入ってきた。
私は予定通り、朝の挨拶を雪音にしなかった事で、彼女へ与えた影響と今日一日のやるべき事を考えながら、先生の話を聞いた。
それから午前中は何事もなく進むが時々、雪音の方から視線を感じることがあったので、昨日と今日の効果がさっそく出ているようだった。
そんな雪音からの視線を感じつつ授業を受け、お昼休みとなる。
私はいつも、お昼は莉緒と一緒に購買に買いに行って食べている。今日もいつも通り莉緒のことを誘って教室をでる。
その際、今日何度目かの雪音の視線を感じたので、さりげなく莉緒と腕を組んでみた。
莉緒は一瞬驚いて動きを止めたが、私が莉緒のことを無理やり引っ張って教室を出た。
雪音の視線を背に受けながら。
「おい。なんのつもりだよ。急に腕なんか組んできやがって」
教室を出ると、莉緒は少し怒気をはらませた声で聞いてきた。
「別に? たまにはいいでしょ? こういうのも」
「お前、雪音さん以外興味ないんじゃなかったのかよ」
「そうだよ? 雪音以外、恋愛対象としては興味ない。でも、莉緒のことは友達として一番大切だと思ってるし、たまにはこういうのもいいじゃない?」
「……はぁ。あんま私を巻き込まないでくれよ」
「ふふ。それはどうか分からないけど、しばらくは私がご飯を奢ってあげるよ」
莉緒は厄介ごとに巻き込まれたという顔をしながらも、私がご飯を奢るといったら、それ以上は何も言わなかったので、ある程度は協力してくれるということだろう。
いや、協力というよりは見逃すという方が正しいかもしれない。
なんだかんだ言って、最後は協力的に動いてくれる莉緒は、本当にいい奴だと思うし、私には勿体ない友達だとも思う。
その後、私と莉緒は購買でお昼を買い、校内にある中庭で昼食を取っていた。その時、スマホに通知があったため画面を確認すると、雪音からメッセージが来ていた。
その内容は、『今日、一緒に帰らない?』というお誘いだった。私は一度、スマホの画面から目を離し、莉緒に微笑みながら声を掛ける。
「莉緒。今日一緒に帰らない?」
「は? 六華はいつも雪音さんと一緒に帰ってんじゃん。今日もそうなんじゃないの?」
「んー、今日は莉緒と帰りたい気分なんだよね。だから一緒に帰ろ?」
「…分かったよ。飯も奢ってもらったし、一緒に帰ってやるよ」
「ありがと、莉緒」
莉緒と帰る約束をした私は、さっそく雪音のメッセージに返信をする。
『ごめん、雪音。今日は莉緒と一緒に帰る約束しちゃったから、今日は一緒に帰れそうにない。それと、しばらくやる事があるから、金曜日に一緒に帰ろ?』
メッセージを送信すると、また直ぐに既読が付く。ただ、今回は慌ててスマホを閉じず、雪音の返信が来るのを眺めて待つ。
すると、雪音からのメッセージが返ってきた。
『約束しちゃったなら仕方ないね。分かった、金曜日は絶対一緒に帰ろうね』
雪音からの返信を確認した私は、お昼もちょうど食べ終わったので、莉緒に教室に戻ろうと伝えた後、改めて今後の予定を考えながら、莉緒と並んで教室に向かった。
雪音から返ってきたメッセージを思い返して私は思う。ここまでは順調だと。
雪音は自覚しているか分からないが、私が送ったメッセージを直ぐに確認する点や、絶対にという言葉を使ってまで約束をしてきたことを考えると、おそらく莉緒に対して嫉妬なり対抗意識なりを抱いてくれているのだろう。
これまで、私から雪音の話を断ることはなかったし、友達と腕を組むようなこともなかった。
しかも、それを目の前で見せられれば、いくら雪音でも嫉妬するに違いない。自意識過剰と思われるかもしれないが、雪音は私のことが大好きだ。間違いなく大切にしてくれている。ただ、他の友人との付き合いもあるから、あまり表に出さないだけである。
当初の予定では、二週間ほど距離を置くつもりでいたが、今日の反応を見るに、このままただ距離を置くだけではこれ以上の効果は見込めない気がした。
雪音が莉緒に嫉妬した時点で、ほぼ理想の効果が得られているし、これ以上距離を置くと自然消滅や誤解からの喧嘩別れ、他人に雪音を取られてしまうなどの可能性が出てきてしまう。
なので、明日と明後日は今日のように距離を取りつつ、たまに今までみたいに接して、雪音の心を揺さぶる。
そして金曜日で第2段階に進む。曜日に置き換えて考えると、今日が火曜日だから、明日の水曜日と明後日の木曜日は、今日のように少し距離を置いて接する。
金曜日の放課後に第2段階のキスをして、土日を挟む。
この土日は雪音とあまり連絡を取らないで、雪音一人で考える時間を与える。
以上が、私が今考えている計画である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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