第7話 新車
「蔵敷拓海だな。話は既に聞いている。ここでは事実確認するだけだ」
狭い取り調べ室にスーツ姿の男性が座っており、その背後に厳つい男性が控えていた。
「よろしくお願いします」
「では、昨夜、襲って来た者達に面識はあるか?」
「いいえ、ありません」
「では、これで終わりにする」
「はい!?」
どういうことだろう?
もっといろいろ聞かれると思ったが……
「もう、退席して構わない」
「そ、そうですか、では失礼します」
何これ?事実確認ってこんなに早く終わるのかよ。
一応、予想はしてたがあまりにも呆気なくて毒気を抜かれてしまった。
楓さんからは、ここに向かう車の中で『この後用事がありますので、拓海様は終わったら学校に向かって下さい』と言われている。
警察本部を出ると、見知った顔がこちらに向けて手を振っている。
「おーー拓海、もう終わったのか?」
「あっ、恭司さん。来てくれたんだ」
「ああ、陣開さんに頼まれたのもあるけど、拓海の学生服を見たかったしな。結構、似合ってるぞ」
ニカッと、爽やかな笑顔を向けるその顔は無邪気な少年のようだ。
近藤恭司さんは、霧坂さんと同じ護衛の任務に付いていてくれるが現在大学3年生、いろいろ忙しいらしい。
「しばらく見なかったが、大きくなったな」
「一月前会ったばかりですが」
「そうだったか?はははは」
髪の毛を金髪に染めてるしピアスつけてる見た目チャラい人だけど、面倒見の良い男性だ。
「拓海。何か気がつかないか?」
突然の質問に恭司さんの風貌を見るが、特に変わったところはない。
「相変わらず、チャラいですね」
「違う、俺じゃなくってこれだ」
拓海さんの側には、真新しい国産軽自動車のジープがあった。
「駐車禁止ですよ、ここ」
「だから違うって!停車はいいんだよ、ここは。そうじゃなくってこの車だ。見ろよ最高だろう」
「わかってますって、車買ったんですね」
「そうそう、3日前に納車だったんだ。これも拓海の護衛料のおかげだ。だから、拓海には、感謝をこめて初めて助手席に乗れる権利をやろう」
(別にそんな権利いらないな)
「そうなんですか、それではありがたく乗せてもらいます」
「待て、なんか素っ気なくないか?もっと感動的な何かないのか?こらっ!もっと静かにドアを閉めろ!あちこち触るんじゃない」
(面倒くさい人だ。全く……)
その後、恭司さんは一頻りこの車の良さを語っていた。
☆
学校に送ってもらっている途中で公園の脇道を通るのだが、平日の午前中なのに公園にランドセルを傍に置いてひとりベンチに座っている少女がいる。
その少女をパーカーを被った小太りの男が少し離れたところでスマホを向けてジッと見ていた。
「なあ、拓海。あれまずくないか?」
「確かに恭司さんがロリコンだったのは、まずいですね」
「そうじゃねえ!いちいち俺につっこませるな。ちょっと行ってくる」
恭司さんは、車を止め公園の中にに入って行った。
恭司さんは、意外と正義感が強く熱い男なのだ。
「おい、お前何してる?」
小太りの不審者に声をかけたのはよいが、側から見てる『不審者✖️2』にしか見えない。
俺も車を降りて、不審者達のところではなくランドセルの少女のところに行く。
「とこか具合悪いの?」
声をかけると少女は、ランドセルにある防犯ブザーに手をかけた。
うん、しっかりしてる子だ。
「ちょっと待って。さっきからあそこから君を見ていた人がいたから、危なそうだし声をかけたんだ」
「えっ、あの金髪の人?」
確かに、話をしているあの二人を見れば、恭司さんの方がヤバい人に見える。
「う〜〜ん、悩むとこだけど黒いパーカー着てる人だよ。金髪の人はお兄ちゃんの知り合いで何してたのか問い詰めに行ってるところ」
「嘘、絶対金髪の方が怪しいよ」
「確かに」
そう話してたら、向こうはカタがついたみたいで、こっちに来た。
「あいつ、やはり動画とってたぜ。全部消させたけどな」
小太りの男は逃げたのか、既にいない。
「警察に通報しなくても良かったの?」
「一応、住所と名前は控えてある。何かあったら一報いれとくよ」
「キャー、こっち来ないで」
少女は、再び防犯ブザーに手をかけた。
(うん、しっかりしてる)
「ちょっと待て、俺は悪い奴じゃねえ」
「悪い人は、自分のことをそう言うってお姉ちゃんが言ってたもん」
(うん、俺もそう思う)
「拓海、どうにかしてくれ」
「はい、はい。この如何にも怪しい金髪の人は近藤恭司さん。慶明大学の3年生。さっきも言っだけど君を不審者から守ってくれた人だよ」
「……」
「そして俺は、英明学園の一年生で蔵敷拓海って言います。恭司さんに学校まで送ってもらう途中で君を見かけたんだ」
「あっ、お姉ちゃんと同じ学校だ」
恭司さんが来て怖がっていた少女がやっと反応した。
「そういうわけだ。俺は悪いやつじゃねえ。ところでなんでこんな時間にここにいたんだ?もしかして、いじめか?もしそうなら俺が学校行ってそいつらを懲らしめてやるぞ」
「恭司さん、質問多すぎ。だから彼女に振られるんだよ」
「待て、拓海。なぜそれを知ってる?」
「楓さんが教えてくれたよ。合コンで知り合った女子大生とお付き合いして、一週間で振られたって。ソースは恭司さんのお姉さんだってさ」
「マジか、あのゴリラ女。楓さんに何言ってくれてるの?」
恭司の実家は、空手道場を営んでいる。
その道場に楓さんや霧坂さんも通っている。
因みに近藤家は、竜宮寺家の縁の家でもある。昔、お侍さんが闊歩してた時代の竜宮寺家の家臣だったとか。
「マズい。このままでは道場の連中にバレてしまう」
「もう、遅いと思うよ」
「ああ、そうか。だからこの前道場の奴等の視線が生暖かい感じだったのか。姉貴もニタニタ笑ってたし、ああ〜〜そういうことだったのかあああ」
真実を知って落ち込んでしまった恭司さんは、ヤンキー座りをして地面に絵を描き出した。
(現実逃避してるなあーー)
「あのね、これあげるから元気だして」
少女は、ランドセルから飴を取り出して恭司さんに渡した。
恭司さんは「サンキューってか大阪のおばちゃんかよ」と、言いながら飴を受け取り口に放り込んだ。
話が外れているので再び少女に声をかけた。
「それで、なんでここにいたの?」
すると少女はポツリポツリ話し出した。
少女の話では、先週、母親が倒れて入院したらしい。
父親がいない為、姉と二人で生活をしているらしいが、急に淋しくなって母親の入院している病院に会いに行こうとしたら、電車に乗るお金がなくて、この公園で途方にくれてたらしい。
「マジかよ……お前、ちっこいのにすげーな」
「お前じゃないもん。陽菜って名前あるもん」
「そ、そうか、悪かったよ。陽菜」
さっきまで怖がってたけど、なんか仲良くなってるし。
「拓海、わかってるよな。飴ゴチになったのに男としてこのままってわけにはいかねえ」
俺、飴もらってないけど?
恭司さんが言いたいことはわかっている。
俺の治癒能力で陽菜ちゃんの母親を治せってことだろう。
「無闇に使うなって言われてるんだけど」
「わかってる。だが、そこをなんとかお願いします、拓海様」
はあ、会ったばかりの少女の為に年下の俺に頭を下げるって、どこまでこの人はお人好しなんだ。
(まあ、そういうの嫌いじゃないけど)
「わかりました、だから頭をあげて下さい」
「流石、拓海。じゃあ、さっそく行こうぜ。ガキンチョ、何処の病院だ?」
「陽菜だよ、ガキンチョじゃない!」
なんだかんだ騒がしくしながら、みんなで車に乗り込み、陽菜ちゃんの母親が入院している病院に向かうのだった。
そんな様子を見ていた散歩途中の老人が通報していたのは知る由もない。
ーーーーーーー
登場人物
近藤恭司(20才)
近藤道場の長男。空手の腕前は師範クラス。
拓海の護衛役として、勤務することもある。
現在は、慶明大学の3年生。
見た目はチャラいが、正義感あふれる熱血感。
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