第4話 噂
『明日学校行ったら大変だよ』
そんな事を霧坂さんに言われたが、一体何が大変なんだ?
通学途中で、昨夜の事を考えてみたが一向に何が大変なのか思いつかない。
『今日は学校まで車で送って行きます』
今朝、楓さんに言われたが、楓さんも弁護士の仕事があるので丁重に断った。
(楓さんには、常に世話になりっぱなしなのでこれ以上は申し訳ない)
電車に乗り、学園の最寄り駅で降りる。
当たり前の事なのだが、どうにも人の多さと規則正しい生活に慣れない自分がいた。
通学路を歩いて学園に着くと、何やら視線をあちこちから感じる。
(何だ。これが大変な事なのか?)
上履きに履き替え教室に入ると絡みつくような視線が投げかけられた。
(何がどうなってるんだ?)
この状態が理解できないまま席に着くと、スマホがブルっと震えた。
【保健室で清水先生と裸で抱き合っていたって噂になってる】
【どうにかしろ!変態。清水先生が辞めさせられたら許さない】
立て続けに霧坂さんからメッセージが送られてきた。
慌てて、霧坂の方を見たが俺の席からは後ろ姿しかわからない。
(霧坂の言ってた大変ってこの事か。平和なんだな、高校生って)
そんな感想を抱いて、俺は霧坂にメッセージを入れた。
【善処する】
俺としては清水先生がこの学校を辞めても何ら意味を持たない。
定期検診や仕事で会う機会があるからだ。
それに俺自身も噂を立てられても痛くも痒くもない。
面倒臭くなったら辞めればいいだけだ。
だが、清水先生にとっては由々しき問題だ。
社会的地位もあるし、未婚の女性にとってはこの噂は将来の障害となる。
(さて、どうしたものか)
それにしても噂が広がるのが思ったより早い。
2組の女生徒に見られて噂が広がったのは間違いないが、霧坂の態度からして昨夜のうちには既に知られていたと考えるべきだ。
そうか、SNSという手段があったな。
スマホを最近買ってもらった身としては、まだまだ使いこなせていないが、この小さな機械で様々な事が出来るのだと知識として知っている。
「よお、色男。年増女の抱き心地は良かったか?」
声をかけてきたのは、前の席の海川君。
大きなバッグを担いで今来たようだ。
「…………」
その質問に答えるわけにはいかない。
「何か言ったらどうなんだ?クソ陰キャでもやる事やってんだな。あはははは」
思わず手に力が入ったが、ここで暴れるわけにはいかない。
その時、教室内が騒がしくなり俺に声をかけてきた人物がいた。
「おはよう、蔵敷君。この前以来だね」
「キャーッ」
「生徒会長よ」
「立科様、かっこいい」
「イケメンだよねー」
主に女生徒からの声が騒がしい。
目の前で声をかけてきたのは、この学園の生徒会長こと3年生の立科孝志。蔵敷家の親戚にあたる人物だ
「ど、どうも先日ぶりです」
3月の雛祭りの日に竜宮寺家主催のパーティーがあった。
その時に紹介されて知り合った人物だ。
「蔵敷君、生徒会室に来てくれるかな?少し話をしよう」
「わかりました」
「君、少し蔵敷君を借りるよ」
「は、はい、どうぞ」
生徒会長は、海川君にひとこと言って俺を生徒会室に連れて行った。
☆☆☆
「ちょうど良いタイミングみたいだったね。拓海君」
生徒会室に入ってそう言われた。
「ええ、助かりました。あと少し遅ければ手を出していたかもしれません」
正直に答えると「拓海君は意外と短気なんだね」と、胡散くさい微笑みを浮かべながら言葉を返された。
「話というのは、清水先生との噂の件ですか?」
「まあ、そうだね。君の事を知っているのは校長や私、それと霧坂さんだけだし、その他の人には君が竜宮寺家の縁のある者とは知らないからね。清水先生が君の担当医とかね」
「………」
(この人には俺の治癒能力のことは知らないはずだけど)
「こういう噂は、断ち消えるのを待つのが一番なのだけど、イジメに発展しかねない事案でもある。だから、早急に解決しようと思って動いたわけなんだが、余計なお節介だったかな?」
「いいえ、自分のことは気にしないのですが、相手がいることですし、どうしようか迷ってましたので助かります」
「うん、わかった。この件は僕に任せてくれ。まあ、2、3日もすればおさまるだろう。竜宮寺家や清華さんからも君の事は頼まれてるしね」
(そういうことか……)
清華さんとは蔵敷清華。俺を養子に迎えてくれた竜宮寺家、当主の奥さんの妹であり俺の養母でもある。
そして立科孝志は蔵敷清華の姉を母に持つ。
つまり、立科家は三姉妹のうち婿を迎えて家を継いだのが長女の晴美、次女瑞希は竜宮寺家の当主の妻、三女清華が蔵敷家に嫁いだのだ。
だから、生徒会長と俺は血の繋がりのない従兄弟というわけだ。
「ご迷惑をおかけします」
「いや、構わないよ。拓海君と僕は従兄弟なんだから迷惑なんて思ってないよ。それより、明日香ちゃんが君に会いたがっているよ。連絡はしてるんだろう?」
明日香とは竜宮寺明日香。現在、小学6年生。
俺が治療して竜宮寺家と縁を結んでくれた娘だ。
「高校入学時にスマホを買ったので、直接連絡を取り合っていませんよ」
「そうか。だから、僕に拓海君の様子を聞いてくるんだ、納得したよ。明日香ちゃんの連絡先を知ってるけど僕から教えるのは筋違いかな。今度、時間がある時にでも竜宮寺家に行ってもらえるかい。その時、直接連絡先を交換した方がドラマチックだろう」
「わかりました。中間テストが終わったら行こうと思います」
「うん、きっと明日香ちゃんも喜ぶよ。それと、琴香ちゃんもこの夏イギリス留学から帰って来ると聞いたよ。この学園に転校して来るんじゃないかな。拓海君と同じ歳だし仲良くしてあげてほしい」
琴香こと竜宮寺琴香は、竜宮寺家の長女で明日香ちゃんの姉にあたる。
「そうですか、わかりました」
「うん、じゃあ今週の金曜まで校庭のゴミ拾いをしてくれるかな。誤解といえども、学園を騒がしたという名目上の罰は必要でしょう?」
「……はあ、わかりました。やればいいんでしょう」
「うん、宜しくね」
(優秀なのはわかるけど、ほんと喰えない人だよ、この人は)
☆☆☆
クラスに帰ると奇異の目で見られた。
今度は生徒会長との関係を噂のネタにしているのだろう。
話しかけてくる人もいないまま、あっという間に放課後となる。
俺は用務員さんからゴミ袋を受け取り校庭のゴミ拾いを始めた。
綺麗に見える学園の校庭もよく見るとペットボトルや飲み終えたパックジュース、ストローの包装ビニールや紙屑など意外とゴミが落ちていた。
それらを拾い集めていると下校する生徒達がヒソヒソ内緒話をしながら通り過ぎて行った。
「言いたい事があるのなら直接声をかければよくないか?」
つい独り言を呟くと『そうだよね〜〜』と、どこからか声が聞こえた。
周囲を見渡しても誰もいない。
遠くの方に男子生徒がいるが、そこから聞こえるはずもなく、ましてや声の質から聞こえたのは女性の声だった。
『ははは、たっ君ここだよ』
この声は……それに俺の事をたっ君と呼ぶのは……
古い記憶の残骸から、ひとりの人物を思い出す。
「まさか、アンジェか?」
『正解だよ。たっ君』
アンジェ、またの名をBー69号。監禁されていた施設で知り合った友人だ。
「生きてたのか‥‥良かった」
『うん、生きてたよ。襲撃があった時に逃げ出したんだ。たっ君探すのに苦労したよ』
「姿は……」
そう言いかけた時アンジェが遮った。
『ダメだよ。たっ君は監視されてる。見つかったら私まで捕まっちゃう』
「監視されているのは知ってる。俺の立場は闇組織から国に変わっただけだしね」
『国だけじゃないよ。組織の連中もたっ君を見つけたんだ。だから、私がいち早くたっ君に会いにきたってわけ』
「まさか、アンジェは組織側の人間なのか?」
『違うよ。今はフリーさ。情報得るために潜り込んだだけ。そしたら、Aー18号がたっ君を見つけたって本部に連絡があったんだ。それを聞いたってわけ』
「そうか、しかし大胆だな。本部に潜り込むなんて。それにとうとう見つかったか。相手がエースナンバーじゃ手こずりそうだな」
『近いうちに接触して来ると思うよ。たっ君気をつけてね』
「それを言いにきてくれたのか?」
『勿論だよ。たっ君と私は親友だからね』
「ああ、そうだな。アンジェとは親友であり戦友だ」
『へへへ、嬉しいなあ。あ、そこにゴミ落ちてるよ』
下を見て落ちてるゴミを拾いあげるとアンジェは
『そろそろ行くよ。また、会いに来るから』
「もう、行くのか?せめて姿を……」
『じゃあね、バイバイ』
その声を最後に、声は聞こえなくなった。
「風邪引くなよ」
誰もいない校庭の隅で俺が呟いた声を誰も拾い上げてくれなかった。
ーーーーーーーー
登場人物
立科孝志(タテシナ タカシ)
英明学園 3年1組 生徒会長
誕生日 4月18日(18歳)
拓海とは血の繋がらない従兄弟にあたる。
アンジェ(Bー69号)
拓海が監禁されていた組織で同じく監禁されていた人物
能力者であり、拓海の友人。
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