第77話 感覚派な始祖のPVP指南



 始めた時は乾いた音を響かせていたそれは幾度の衝突によって火花を散らし始め、甲高い金属音を夜の森の中へと鳴り響かせる。



 あれから何度、剣を交えたことか。

 目の前に立つ小さな獣は荒い息を乱れさせながら、その琥珀色の瞳を真っすぐに向けリアを見詰めてくる。


 リアはそんなルゥに対してニヤリと口元を緩めると、その才能と飲み込みの速さに感心の息を漏らした。



 (伊達に獣人じゃないってことかな? ああ、私が貸した装備『見習い装束』一式の効果もあるか。 アレには《ステータス強化(中)》と《戦闘経験値2.5倍》が付与されてる。 これなら、思った以上に速くLV10の壁は超えそうね)



 そう思いながらリアは休憩時間の終わりを告げるように、ルゥがぎりぎり気付けるレベルの速さで接近すると2択の選択を迫らせる横薙ぎな斬撃を放つ。


 回避……、なら次の切り上げはどうする?



 ルゥは地面を這うように極端に姿勢を低くして斬撃を躱し、すぐさま反撃の体制をとった。

 しかし一拍置く間もなく、流れに身を任せるようにして体を捻って切り上げを繰り出してくるリアの斬撃にギョッとした表情を浮かべると、咄嗟の判断で剣を滑り込ませるのだった。



 「ぐぅっ!」


 「……へぇ」



 耳に残るような甲高い音を一瞬の間に響かせ、それと同時にルゥは地面から足を離し後方へとその身を吹き飛ばす。


 リアはルゥが再び大地にその足を戻す瞬間に合わせ攻勢の手を再開しだすと、回避とガードの半々を見るような動きで交互に選択を迫らせていく。




 MMOの対人戦PVPに必要なもの。


 それはLVと装備、そして"経験"だ。

 もちろん、クラスや種族、プレイヤー自身に合った戦闘スタイルを身に着ける必要もあるがそれは経験がカバーしてくれる故、自然と身について来る。


 ルゥに関してで言えば獣人だが、何の獣人かはリアの知識を持ってしてもわからず、固有能力アーツやスキル、ステータスの成長具合も不明なことから手探りで方向性を決めていかないといけない。


 本来であれば、低LVの内は簡単に戦闘スタイルが変わることから、ある程度のLVに達してから練習を行うのがセオリーではある。

 しかし、この世界でLVをあげるのは死と隣り合わせであることは容易に想像でき、リアの求めるLVまで達するとなると一体どれだけ時間が必要になるかわかったものじゃない。


 それならLVは追々上がるのを待つとして、固有能力アーツの開花やスキル会得を最優先にするのが一番だろう。

 そしてそれらは模擬戦PVPを行うことで得られることもあり、格上とすることによって立ち回りや一種のドーピング効果、また上の世界を見せることによって目標を与えることができるとリアは考えていた。



 選択肢を与えルゥの見せる回答によって、欠点を動きで指摘しながら修正を行うリア。

 振り下ろし・薙ぎ払い・切り上げ・逸らし、あらゆる動作で攻勢を行いそれなりに剣を交えたことで感じる違和感。


 疑問に思ったリアは打ち合いながら動きを限定させる攻撃を放ち、対処を強制させると数回に一回、明らかに衝撃が和らいだことを察知する。



 (衝撃緩和? DEF強化防御バフ? 守護スキル? 発動は無意識っぽいけど、これは)



 リアはその後、何度も同じことを行い検証に熱中するあまり、ルゥの体力がばててしまったことを疲労によって明らかに反応が遅れた瞬間、漸く気付いた。


 撫でるように振り下ろした切っ先が頭上でピタリと止まり、過呼吸一歩手前レベルで荒い呼吸を繰り返すルゥはふらふらと体を揺らし、やがて倒れるようにしてバタッと音をたてて地面へと背を付ける。



 (あ……やりすぎちゃった。 何回か打てば、響くように発動してくれるからつい。 でもある程度わかったわ)



 「ぜぇ、はぁ……ぜぇはぁ、リア姉……って、何者なんだ?」



 そう言って喋ることすらままならない様子で、呼吸を荒げながら言葉にするルゥ。

 リアはそんな少年の問いかけに笑みを返すだけに留め、納得したように頷いた。



 「なるほど。 貴方、見事に戦士系統タンクビルドね。 並外れた打たれ強さとスタミナ、加えて獣人らしい反射速度。 唯一のスキルは防御スキル……セレネを守ってきた賜物かしら?」


 「何を言って……」


 「あれ、気づいてないの? ちょっと構えてみなさい」



 言われている言葉が理解できないのか、自覚していないのか。

 ルゥはありありとその表情に疑問を浮かべ、リアは聞かせるより見せた方が早いと起きるよう促す。


 そうして呼吸がある程度整ったルゥは、取りあえずといった様子で立ち上がり、最初とは大きく変わった姿勢で剣を構えだす。



 「今から少し本気で攻撃するから防いでみてよ。 もし防ぎきれなかったら、死んじゃうかも?」


 「っ……」



 もちろん、殺す気はないし本気でもないが、ルゥに本気を出して貰うためにはブラフも必要だろう。

 リアは手に持った剣を持ち直すと一瞬の間に、眼前に躍り出ると少し力の入った斬撃を繰り出した。



 「っ!?」



 先程まで込めていた力がたんぽぽを散らさない様に触れるものなら、これは花に触れる程度の力。

 それでもルゥはまるで見えていないのか、直感のままに剣の腹を頭上に掲げだすと来たる衝撃に備えて腰を低くし足を大きく広げた。



 斬撃の軌道には割り込ませたルゥの剣が置かれ、衝突と同時に鋼のような硬く澄んだ音が森の中へと轟かせた。


 そしてギリギリと剣を擦り合わせた状態になり、ルゥはぽかんとした顔を浮かべながら頭上に止めた自身とリアの剣を凝望する。


 そんなルゥを見てリアは空中で止められた剣に少し力を込めると、絶妙なバランスで保たれていた2本の直剣はバラバラとその刀身を崩していくのだった。



 「今の感覚、忘れないでね。 使用間隔は21秒、効果は1度のみの被ダメに対する割合遮断6割カットってところかしら? それが貴方のスキル《守護の構え》よ」


 「……あ、あぁ」



 「今日はここまでにしましょう。 しばらくは私との模擬戦あそび、一人の時はトレーニングでの身体能力ステータス向上。 あとは……レーテにでも遊んでもらいなさい」


 「レーテ姉に?」



 あまり効果を理解してなさそうなルゥは、少し離れた所でセレネの頭に手を置きながらこちらへ視線を向け頭を下げるレーテへを見詰める。



 (スキルについてはまた後でちゃんと教えるとして、レーテも大丈夫そうね。 というか……レーテ姉? え、なんか羨ましいっ! いいなぁ! 私もさりげなく……ダメね。 困惑されるか首を傾げられる未来しか見えないわ。 う~ん、私もレーテに甘えたい。 よし、決めた! 今日終えたら絶対抱き合って寝る!)



 「ああ、それと脆い市販の剣おもちゃを使ってもすぐ壊れちゃうだろうし、これを貸してあげるわ」



 次元ポケットから取り出したのは、夜空のような美しい黒鞘に収められた両刃の直剣。

 まだ小さいルゥにはやや大きすぎる気がしなくもないが、その辺の市販の剣おもちゃを使うよりは何百倍もいいだろう。



 『新生Ⅴ』



 LFOを始めた頃に使っていた初期武器を極限まで強化した、リアではLV的に装備できない破壊不可の剣。


 所有者に1日に1回限りではあるが、HPが0になったとしても1度だけ、自動完全蘇生が行われる初心者ご用達の素晴らしい武器である。 ちなみにリアの『破砕・滅』を持ってしても壊す事は不可能だろう。



 「わぁ……なんだこれ。 大きいのに軽い、本当に剣なのか?」



 手渡された紺色の剣を両手で受け止めたルゥは、見惚れた様にその全身を見渡し呆気にとられた様子で呟いた。



 「ええ、切れ味は市販の剣おもちゃとそう変わらないけど。 1日に1回だけ、もし貴方が死んだとしてもその剣を持っていれば蘇れるから安心して」


 「…………え?」


 「ほら、さっさとあっち行きなさい。 これから私は二人と楽しい事イチャイチャするんだから、子供は向こうね」


 「え、ちょっ、……リア姉!?」



 何か言いたいことがあるのか、変にぐずぐずしているルゥの背中をやや強引に押していくリアは、待たせてしまった愛しい二人へ顔を向け微笑みを浮かべる。



 「待たせたわね、アイリス、レーテ」


 「そんなことありませんわ、お姉さま! こんな特等席でお姉さまの美しい姿を見ることが出来たんですもの。 爪先から頭の天辺、剣の切っ先に至るまで余すことなく、この目に焼き付けましたわ! あぁ、今思い出すだけでも私昂って来てしまって……もうっ!」



 アイリスは堪らないといった様子で瞳を輝かせながら頬を火照らせると、その綺麗な両足をもじもじと我慢するように擦り合わせ始める。


 気のせいでなければ、彼女は発情しているのだろう。

 アイリスとの距離は微々たる間ではあるもリアの鼻腔には、彼女の果実のような甘い香りと性的な興奮を覚える異常なまでにそそられる匂いに、触発され気持ちを昂らせざるを得なかった。



 (うっ、『もうっ』は私の台詞よ! この子ったら、なんて美味しそうな匂いを漂わせてるのかしら。 でも我慢、我慢よリア。 返ったら目一杯、思うが儘に二人を食べれるの。 stay cool……ふぅ)



 リアは内心で巻き起こる『本能』『性欲』『食欲』の3種と理性のせめぎ合いによって、後に暴食することを約束して争いの鎮圧化に成功すると胸を撫でおろすのだった。



 「私も、よろしいのでしょうか?」



 落ち着いたリアに聞いてくるは切り倒した木に凛とした雰囲気で腰掛け、膝に座らせたセレネと一緒に見上げてくるレーテ。


 振り向いたリアは無意識に、心臓を抑えようとする手を瞬時に引き留め、平然とした表情を保てた自分自身に惜しみない拍手を送りたかった。



 二人ともきょとんとした表情を浮かべ真ん丸な瞳を向けてくると、まるで連動しているかのようにレーテが首を僅かに傾げると、セレネもよくわかっていない様子でコテンッと傾げだす。


 (え、なに? 私の心臓止める気なの? 二人とも、可愛いすぎないかな!? ちょっと困惑した様子のレーテが控えめに首を傾げるのも可愛いし。 セレネはセレネでわかってないだろうに、意図せずレーテと同じ仕草をとるの……まるで年の離れた姉妹。 ううん、親子ね!)



 「……え、ええ。 もちろん、貴方もいいわよ」



 何とか動揺を隠しきって僅かにぎこちない微笑みを浮かべるリアに対し、レーテは目を見開いてその美貌を引き締め出した。



 「始祖であるリア様にご指導いただけるとは、この上ない喜びにございます。 精々失望されないよう、誠心誠意全力でその胸をお借りさせていただきます」


 「失望なんて……するわけないじゃない。 でもなんだかんだで貴方達と遊ぶのは始めてだから、少し楽しみね」







 リアは切り倒された木から先程より大きく間隔を開けて、離れた所で兄妹仲睦まじく兄の心配をしてその頬に手を添わせ、前のめりになるセレネの様子に思わず微笑みが漏れる。



 精神が癒されるのを感じながら、これからの事に心を躍らせてリアは視線をずらすと眼前にはやる気を漲らせたアイリスとレーテが立ち並んでいた。


 そんな二人を見据えたリアは先程の社交界の余韻も残っているのか、まるで対峙してるような立ち位置からこれからダンスを踊るような妄想をしてしまう。



 (私の予想だと確かアイリスは70前半、レーテに関しては定かではないが渡した装飾装備アーティファクトの『日除の指輪Ⅴ』を付けれたことから、45は超えてる。 二人のスタイルが不明なことから合わせるのがちょっと大変だろうけど、それ以上に……楽しみね)



 頭の中で二人への指導をどう行っていくか構築しながら、いつでも大丈夫という意味も含めてその瞳を真っすぐに向ける。


 すると二人はリアの様子から開始の合図を理解したのか、月明りを背景に暗闇の世界の中でその赤い瞳をギラギラと煌めかせた。


 アイリスの周囲には冷気が漂い始め、それは彼女を中心に徐々に勢いを強めていき集束していく。



 「お姉さま、胸をお借りしますわ! っ、全力で行きますわよぉ!!」


 「え、ちょ……アイリス? ここにはあの子達もいるのよっ!?」



 高々とその可愛らしい声をあげると、両手で周囲の大気を掬い取って突き出すようにしたアイリスは初っ端から明らかに、多重詠唱化されている上位魔法をぶっ放した。



 ――【凍結魔法】"凍裂ノ衝角"


 「っ、もうっ!」



 放たれた魔法規模からして距離は離れていても万が一の事を考えたリアは瞬時に魔法構築に入り、自身への対処は後回しにして小さな兄妹に被害が及ばないよう動き始めるのだった。


 一度はドワーフとの出会いで流れてしまった戦闘指南。

 アイリスの気合が入り過ぎてしまうのはわからなくはないけど、規模は抑えて欲しかった思わなくもないリア。


 (でも、そこも含めて可愛い♪ 私なら確実に対処するという絶対の信頼を含めての攻撃と受け取るわ! ……まぁ、何とかなるでしょ)


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