第74話 おもしれー令嬢は始祖




 青白く発光する木を隣に、遠く離れた場所から喧騒な音楽が聴こえながらリアは物音がした方へと振り向く。


 辺り一面が暗闇に染まる中、僅かな光に当てられた美貌は平然としており、黒髪黒目の男に向ける視線はどこまでも無機質なものへと変化していた。



「…………」



 そんなリアの冷たい視線を受けながらも、呆然とした様子で見つめ続ける男。


 身に纏った華美な服装から、目の前の男が貴族であることは間違いなく。

 漂わせる雰囲気や仕草、挙動からそれなりの階級にいる貴族だということは想像に難くない。


 だがそんなことは、もはやリアには関係なかった。



(見られ……た? え……今の、見られた!?)


「〜〜〜っ!!」



 表情を抑制する余り、心の中で発狂するリア。


 その久しく感じたことのなかった羞恥心は内側から漏れ出し、コントロールから離れてしまった表情筋は無意識に、不快感を露わにして目の前の男を睨みつける。



 そんなリアの表情を見て男はふとした様子で我に返ると、その態度から心境を察したのか、申し訳なさそうに眉を落とした。



「すまない、盗み聴くつもりはなかった。偶々聴こえてきた歌を辿っている内に、ここへ辿り着いたんだ」



 言葉だけの謝罪ではなく、本心から口にした言葉だと何となく理解したリア。



「…………そう」



 辛うじて返事を返す事に成功はしたが、未だリアの内に燻ぶる羞恥心と発狂は収まることを知らず。

 内心ではこの状況をどうすべきか、必死に考えを巡らせていた。



(っ!! おっ落ち着けリア。相手は一人、なるべく怪我をさせない動きでちょっと後頭部を殴れば記憶は飛ぶ筈。大丈夫、少し恥ずかしい思いをしたからって、ディズニィに再三言われたことを破るような私じゃないわ! 少しよ、私)



 リアの頭の中はもはやどうやれば先程の失態をなかったことにできるか、どうすれば目の前の男の記憶を忘却の彼方へと持ち運ぶか、ただそれだけを考えることに集中しており。

 

 既にディズニィへ注意されたことは頭の片隅に残滓として、辛うじてこびり付いているに過ぎなかった



 そんなリアに睨まれたまま、反応の薄い返事を返された男は居心地が悪そうにそわそわとし始める。

 その様子からありありと困った表情を浮かべた男に、リアは羞恥心を押し隠すように不機嫌に口を開いた。



「でも、雑種であっても起こしたことの責任は取らないといけないわ。それはわかるでしょう?」



 有無を言わせない声音で問いかけ。

 全面的に全て目の前の男が悪いと、そういった雰囲気を漂わせるリア。


 ただ謝られて済むような話ならリアの恥が報われない。

 勝手に自爆して勝手に恥ずかしがってるだけだと、そう思う人間ももしかしたらいるかもしれない。


 そうだ、リアは恥ずかしいのだ。最愛のアイリスやレーテにすら見せたことのない、限りなく素に近いリアを赤の他人のどこの馬の骨かもわからない男に見られたことが、堪らなく恥ずかしいのだ。


 だから、その元凶となった男の記憶を消滅させれば、全ての真相は闇の中に包まれる。



「……雑種? 私のこと……だよな?」



 そうぶつぶつと呟く男に、リアは睨む視線をやめることなく言葉を続けた。



「何か不満なのかしら? 貴方、見た所良いとこのお坊ちゃんなんでしょう? 貴族なら言葉には責任が伴うの、ご存じよね?」



 《棚上げ》《理不尽》《傲慢》の3コンボを決めたリアはもはやこれは自分の失敗ではなく、目の前の男が現れたことによって起きた事故だと処理し、その責任の追及へと入る。


 男はあんぐりと口を開け、リアの言葉と態度に驚きを隠せない様子を見せながらも、次第にその勢いに押されるように頷いた。



「あ、ああ、もちろん。確かに私の落ち度ではある。ただこんな私にも立場はあるんだ。それを踏まえた上で、何がお望みだろうか?」



 そう言って佇まいを正しながら、胸に手を当て真っすぐにその黒い瞳を向けてくる男。

 リアはその殊勝な心がけに、幾分か羞恥心と怒りを収めると静かに口を開く。



「貴方の記憶よ。消させなさい」


「き、記憶? 消すって、どうやるつもりだい? 魔法、もしくは君の持つ固有能力アーツかな」



 まるで本気にしていない様子。

 口元に優し気な笑みを作る男に、リアは至って真面目な気持ちで言葉を返す。



「そう、私の固有能力アーツよ。ちょっと頭を叩けば記憶がある程度消し飛ばせる、そんあアーツ」


「それは固有能力アーツなのか? ふふっ、君は面白いな。今宵のパーティーはつまらない時間になると思っていたが、良い気晴らしになったよ」



 話の流れから記憶の抹消せきにんを取るつもりがないとわかるとリアは不快気に眉を顰める。



「なに良い話みたいに終わってるの? やるわよ?」



 リアの当たり前のトーンにきょとんとした男。

 そして次の瞬間には吹き出す。



「それはやめといた方がいい」



 そう言って首を左右に振るい、畏まったような表情を作って胸に手を当てる。



「申し遅れたな。私の名はレクスィオ・クルセイドア、この国の第一王子だ。貴方のお名前を伺っても? 異国のレディー」



 不敵な笑みを浮かべながら姿勢を正し、綺麗な所作で腰を少し折って見せる男にリアはピクリと反応する。



(この男が……王子?)



 それは貴族社会の不敬に対する気後れなどではなく、目の前の男がディズニィの話していた護衛対象になるかもしれないという驚きからだった。



『アルカード嬢、吸血鬼である貴方の価値観が我々と違うのは理解している。しかし、空気を吸うかのような殺傷はくれぐれも控えてくれ。必要ないだろうが庇うにも限度があり、貴方にはなんとしても殿下の護衛をお願いしたいのだから』



 会場へ移動中の馬車で言われた言葉が、リアの頭の中で鳴り響く。

 しかし――



(そもそもこの王子は自分に護衛の話、私が護衛を頼まれているのを知っているのかしら? だとしたら傷つけるのはまずい? う~ん、でもまぁ……タダで帰すのはないわね!)



 少しの間、目の前の王子のことに考えを巡らせていたリアだったが、殺さなければ大丈夫という結論に至った。


 やはり自身が恥を欠いた分、目の前の男にも相応の意趣返しが必要だろうと思ったからだ。



「……はぁ、お初にお目にかかります。ホワイト子爵家長女リア・ホワイトと申します。第一王子殿下に拝謁致します」



 リアはどう責任を取らせるのが一番すっきりするか考えながら、取りあえずはディズニィに教わった礼法にてカーテシーをする。


 そんなリアに王子と名乗った男、レクスィオは苦笑を浮かべて腕を組みながら考えに耽る。



「ため息……それにホワイト子爵? あの家には確か、ご息女は居なかった筈だが」



 どうやら、ディズニィは護衛の件を話していないようだ。

 いや、あの男が何一つとして共有してないなんてことは考えづらい。


 私が話を聞かされたのは今日なのだから、この王子がまだその話を聞いていない可能性もありえるのか。



 レクスィオは観察するようにリアを見詰め、何かを思案しながら雰囲気を変える。



「私の名前を聞いても態度が変わらず、隠そうとする素振りすら見せない。……君は、 何者・・だい?」



 その切れ長の黒い瞳を真っすぐに見据え、言い逃れを許さないといった様子で問いかけるレクスィオ。

 そんな王子にリアはどう答えるべきか悩み、先程からずっと考えていた意趣返しが唐突に閃くと口元をニヤリと歪めた。


 せっかくの王子を観察する機会、説明しても信じるかわからないし、そもそも説明が面倒である。


 意趣返し、責任、見極め、観察。それら全てを満たすにはどうするべきか。



(あはっ♪  やっぱりこの方法が1番よね?)



 腰に携えた一振の剣を確認し、リアは次元ポケットから直剣を一本取り出す。



「貴方の敵って言ったら……どうする?」



 ドレス姿のまま鞘から剣を抜き放ち、月明かりに反射した白銀の髪を靡かせるリア。


 そんなリアの言動にレクスィオは唖然とした表情を浮かべ、完全に理解が追いついていない様子だった。



(冗談だと思われてる? まぁ殺す気はないんだけど、今のままだったら腕くらい……落ちちゃうかもね?)



 リアは立ち振る舞いを変え、挨拶代わりに躊躇うことなく殺気を男へ叩きつける。

 シャキッとしないと怪我するよ、と。


 するとリアの想いが通じたのか、レクスィオの体はビクッと跳ねさせると混乱しながらも腰の剣を抜き放ち、思い出したように直ぐさま口を開いた。



「だれk――ッ!?」



 あまりにも遅すぎる行動にリアは口が開いた瞬間、踏込んでこの世界の基準LVを鑑みた様子見の一撃を加える。



「ぐッ!!」



 レクスィオは辛うじて剣で受け止めたが、その歪めた表情から余裕がないことは見て取れた。


 ジリジリと火花を散らせる剣に、加減に加減を重ねた次なる一手を打ち込むリア。


 寸止めをするつもりではあったが、首や頭、胴体などなんの躊躇いもなく振るうリアにレクスィオは疑問や理解を放棄した様子で、対処に全集中力を注ぎ込んでいた。



 打ち合い、切り込み、回避される度に加減を調整。


 最初の斬り込みから数回はLV40程に調整していたが、徐々に30前後へと落としていく。

 すると対処に手一杯だったレクスィオは口を開くぐらいには余裕ができたらしい。



「どの貴族の差し金だ? なんでこんなことを!?」



 別に無視してもよかった問いかけ。

 しかし、リアは目の前の男を見定めるのも目的の1つだった為、まるで天気を話すかのような口調で気軽に話しかける。



「私ね、先日可愛い獣人の子供を拾ったの」


「突然、何をっ……獣人?」



 ドレス姿で動きづらいものの、男を相手にするにはハンデにすらなりえない。

 脈絡のない話にレクスィオは疑問の表情を浮かべ瞬く間に迫らせたリアの剣を両手で辛うじて防ぐも、受けきれなかった衝撃で地面を転がる。



「そう……獣人。元奴隷の子達でね。拾った時は酷いものだったわ」



 地面に転がるレクスィオに詰め寄り、回避が間に合わなければそこまでだと剣を切り上げるリア。


 息を途切れ途切れになりながらも辛うじて身を起こしたルクシィオは、切っ先の刃を滑らせると堪らず数回飛び退き、リアから距離を取った。



「はぁ、はぁ……君は、人類種だろう? 獣人に何とも思わないのか?」


「獣人には、特に何も思わないわ。でも――」



 リアは言葉を中途半端に切り、レクスィオが反応するのに辛うじて見えるレベルで懐に入り込む。

 剣と剣の衝突により、周囲の暗闇には甲高い音が鳴り響いた。



「――あの子達は特別に可愛いの。正直、加害者の人間達にも同じ痛みを、ううん、それ以上の苦しみを与えてあげたいのだけど。多すぎる上に対象がわからないのよ」


「ぐぅっ! ……想像はできるさ。だが獣人、亜人達が大切だと思えるのなら、尚更カセイド・・・・に手を貸すべきじゃないんじゃないか!? そんなに仕来りが大事か!!?」



 ぎりぎりと火花を散らして鍔迫り合う中。

 リアに取っては添えるレベルの押さえつけを、レクスィオは力の限りに薙ぎ払う。


 リアは頭に疑問を浮かべながら上体を仰け反らせ、その勢いを利用して更なる追撃へと踏み込んでくるレクスィオに回し蹴りを叩き込んだ。



「ぐふっ!?」


(カセイド? 仕来り? この男は一体何の話をしているの?)



 直撃させた蹴りは当たる直前に極限まで力を抜いており、リアとしてはちょんっと触れた程度の認識だったが、レクスィオは数メートル吹き飛ぶと後方の大木へと衝突した。



「かはっ!!」



 肺の空気が全て吐き出され掠れた音が耳に聴こえるも、リアは追撃をやめるつもりはなかった。

 平凡な王子なら反応できないスピードで駆け抜け、避ける隙を与えた鋭利な斬撃で硬直したレクスィオへと振り抜く。


 両手で辛うじて握る剣で受け止め、荒い息を溢しながらもレクスィオはその黒い瞳でリアを鋭く睨みつけた。


 その瞳からは焦りがありありと見て取れる、気付いているのだろう。

 徐々に、自分が会場から離されていってるということに。



「くっ! はぁ……、何とか……はぁ、言ってみたらどうなんだ! ふっ【火魔法】」



 至近距離で翳された掌から放たれるは【火系統】の下位魔法"火球"。

 当たったところで、レーヴァテインを帰属しているリアに取っては火傷にすらならない、ただの火遊び魔法。


 リアは冷めた目つきで放たれた火球を切り払い、問いかけを無視してちらりとレクスィオを見据える。



「……っ!?」



 そこには驚愕した表情で目を開き、息を荒げるレクスィオが立ち尽くしていたのだった。


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