第42話 吸血鬼メイドの秘めた因縁
洗い物についた頑固な油汚れ並みにしつこいギャリ豚から、依頼の話を聞き二人の反応を見て受注するか決めたリア。
今現在は辛気臭い闇ギルド支部から外へと出て、高級宿へ向かう森の中を歩いている。
去り際に貰った印章をオカリナに付け、きちんと用意できるのか怪しかった200万シルバ―は恐らく入っているであろう革袋の重みを次元ポケットへと放り込む。
先頭を歩きながら何気なく空を見上げ、雲が夜を覆うような景色を眺めていると後ろからアイリスの呼ぶ声が聴こえた。
「お姉さま、申し訳ございません。 あの依頼を受けられたのは私が催促するようなことを言ったから――」
「それは違うわアイリス、あれは"お願い"よ。 元々大聖女を騙った女、"聖神の祈祷"は見てから帰るつもりではあったし。 仮に依頼対象が脆弱でもたなかった場合でも、その責任はあの豚が取るでしょ。 私は依頼ではなく、ついでに"お願い"を引き受けたにすぎないわ」
リアは振り返り、申し訳なさそうに視線を落とすアイリスに微笑みを浮かべる。
闇ギルドから出たこともあり、その姿は窮屈なフードは降ろして綺麗な灰色の髪を宙へと靡かせていた。
ギャリ豚は200万をどこから用意したのか知らないが、この依頼を失敗したら死ぬと言っていた。
あれが死ぬ分には一向に構わないが、依頼という形ではないのに成功すれば報酬は渡すと言っているのだ。
それならお散歩感覚でやれそうなら助けるくらいでいいでしょう。
(私としても聖女には用があるわけだし、ね)
そんな事を考えながらアイリスを見詰めていると、その後方に静かについて来るレーテの姿が視界に映りこんだ。
彼女はリアが自分を見ていることに気づき、何処かを見ていた視線を真っすぐに向けてくる。
首を微かに傾げ、身体の揺れを感じさせない綺麗な所作で歩くレーテ。
その様子からはリアの気のせいでなければどこか、これ以上にない程に上機嫌に気分を昂らせているように思えた。
歩くテンポ、口角の形、その姿勢、そして妙に引き寄せられる煌めくような赤い瞳。
「上機嫌みたいだけど、どうしたのレーテ」
彼女の様子に思わず口が動いてしまい、その様子を問いかけるリア。
そんなリアに聞かれると思っていなかったのか、レーテはまた珍しく微かな動揺をみせた。
「え……、いえ、なんでもございません」
「そう?」
明らかにいつもの様子とは違う、彼女の様子にどこか違和感を覚えながらも眉を顰める。
今回のギャリ豚の"お願い"と聖神の祈祷は、リアは自分一人で済ませるつもりではあった。
それはお願いを聞いたのも、大聖女を見たいというのも、どちらもリアが決めたことであったからだ。
危険とわかってる環境にわざわざ二人を付き合わせるのはリアの本意ではない上、初見の場所で不利環境下を行くときは基本的に一人で動いた方が楽だと考えているのある。
二人には宿に着いたら、そのことを話すつもりでいるリア。
話せばアイリスから反対の異議を唱えられるのは予想しているが、あの上機嫌な様子からレーテも行きたかったりするのだろうか。
リアの中でレーテの反応に疑問を持ちながら予想する中、同じように彼女を無言で見つめていたアイリスから突如、凍てつくような声音が発せられた。
「……レーテ、これ以上は看過できないわ。 貴方がどういう考えでそうしているのか、ある程度は理解してあげることはできるけど。 これ以上お姉さまの慈悲に甘えるというのなら、――復讐を果たす前に、私が貴方を殺すわ」
アイリスの声音や発せられる凍てつくような雰囲気から、その言葉に冗談が含まれていないということは理解できる。
【祖なる覇気】には劣るもそれに似た系統、自身より明らかに能力としては劣っている彼女がいつもより一回りも二回りもその存在を大きくし、目を放すことすら忘れてしまうほど圧倒的な雰囲気を放つアイリス。
普段自分に見せることはない、上位吸血鬼然としたアイリスの姿にリアは驚きながらもその発言に眉を顰めた。
(アイリスはやっぱり、何か知ってるね……。 復讐? 誰を? 聖王国の誰かに復讐がしたいってことかな)
「……」
アイリスの覇気と視線を真正面から受け、その表情に変化は見られなかったレーテだが、微かに重心が後ろへと下がっているのをリアは見逃さなかった。
無言でアイリスの視線を受けるレーテ。
そんな彼女にアイリスは何を感じたのか、語り聞かせるような口調で言葉を続ける。
「ここまで来てしまった以上、反故になるということはない……と思うけど、それはお姉さまの一存で決まる話。 貴方が何も話す気はないというのであれば、私が――」
アイリスはちらりと隣のリアへと視線を向け、話しながら再度その目を戻す。
そして何のことを話してるのかはわからないが、彼女たちの中で進み続けている話はアイリスがレーテに向け、ゆっくりと手を翳したことにより終わりを迎えた。
今にもレーテに向け魔法を放つ姿勢を取るアイリス。
彼女の放つ気配は脅しでも冗談でもなく、本気でレーテの反応次第では彼女を殺すという意志を感じさせた。
だがリアとしてはもちろん、彼女を殺させるつもりは毛頭なかった為、いつでも割り込んでアイリスの魔法を弾く準備だけはできている。
本来であれば、すぐさま止めに入るべきなのかもしれない。
だが二人の話してる内容が僅かしか分からないリアは無暗に止めるより、彼女達の話してる内容とレーテが何を考えているのかが知りたいという好奇心の方が勝ってしまった。
もしかしたらここでレーテは頑なに答えず、アイリスが彼女を殺そうとするかもしれない。
正直、見たくない光景ではあるが、アイリスがここまで黙っていたことを突然話し出したということは、二人の共有する何かに変化が生じたということではないだろうか。
レーテは向けられた掌の意味がわからないわけでもないというのに、直立した姿勢を崩さず真っすぐにその瞳をアイリスへと向けている。
リアにとっては嬉しくない未来が訪れてしまうのかと思ったその瞬間。
「……はい、仰る通りでござますね」
視線を外し顔を伏せると、乾いたような声音に呆れの含んだ声を洩らすレーテ。
そして一呼吸挟むと「リア様」とだけ呟くレーテに、リアは同じように「なに? レーテ」と短く返した。
アイリスはその様子を見て、翳していた手を降ろすとどこか思うような表情を浮かべながらも黙ってレーテを見つめ続けるのだった。
彼女が向けてくる顔は先程までとは全く別物、これまでの彼女とは明らかに異なる感情が籠った表情。
困ったように眉を顰め、細めた目元に加え自嘲の笑みを浮かべるレーテ。
「私のつまらない話を聞いては頂けませんでしょうか。 私がまだ、人間だった頃の取るに足らないお話です」
「ええ、どんなお話なのか聞かせて頂戴」
(え、えぇ! レーテの人間時代の話!? すっごく気になるわ、つまらないとかないない。 そっかぁ……私はグールから始めて派生進化で今の始祖にまで至ったけど、通常だとやっぱり人類種から眷属になってはじめるのよね。 私自身が眷属持たないからうっかりしてると忘れちゃうのよね)
内心で大興奮しているリアだったが、そんなことにレーテは気づく様子もなく、何処か悲し気な表情で口を開く。
「とても昔、それは私がアイリス様に出会う少し前の話です。 大陸も土地もわからない、村の名前だけは微かに覚えている今は無き村の話、私は当時12歳の何処にでもいる平凡な子供でした」
そう出だしに語り始めたレーテ。
当時12歳であった幼きレーテはその日、いつもの様に近所の老夫婦から借りた本を持ち出し、丘の上で読書をして過ごしてたという。
いつもの様に本を読み、気づけば昼寝をして、そして十分な睡眠を取り目が覚めたレーテ。
「私が目を覚ました時、村は焼かれ壊され、聴こえてくるのは村人の悲鳴や泣き叫ぶような断末魔の様な叫び。 私は幼いながらにわからぬまま村へと向かったのを今でも覚えています」
いつもは使い慣れた道が妙に長く感じ、やっとの思いで着いた村の入口。
その光景は地獄そのものだったと話すレーテはまるで昨日の様に語る。
「火の海と化した村では本来その地域にはいる筈のない魔物や魔族で溢れ、走っても走っても目に入るのは血溜まりの上に倒れる村人の姿。 漸く、辿り着いた家は既に形を無くしており妹や弟、両親の姿はそこにはありませんでした。 幼いながらに皆死んでしまったのだと理解した私はそこで生きることを1度、諦めたのです」
半日で村を失い、家族を失い、幼い12歳であったレーテは家だった筈の場所で座り込んでしまったという。
「ですが」
そんな所まで少女が辿り着けたのが奇跡。
放心状態で絶望してしまったレーテは魔物に襲われそうになるも、傍で倒れ死んでいると思われた瀕死の老人に匿われ、生き延びてしまったらしい。
「視界が定まらない、何が起きているのかもわからず、ただ抱きかかえられながら『生きろ』という言葉を耳元で囁かれ続けたのを覚えています。 それは今も私の中に存在してる程には、加護のような呪いのように縛り続けています」
脳裏に残るは『生きろ』という言葉。
気づけば村には魔物の姿はなく、火の海もすっかりと黒い大地へと変貌しており、村の唯一の生き残りとして彷徨うことになったレーテ。
「以降はその言葉に縛られ、行く先も定まらず点々と街や村を彷徨っているとやがて一つの教会へと行き着きました。 私はそこの見習い修道女としてお世話になることになり、数年経った頃に闇を見ました」
「闇? どんな闇を見たのかしら?」
不自然に言葉を切るレーテに眉を顰め問い返すリア。
思いつくなら、賄賂やどこぞの組織との繋がりだろうか? あとは、聖職者ならざる……性職――
「はい、身体を求められたのです」
「それ何処の教会かわかるかしら?」
冗談レベルで想像したことが的中し、怒り沸騰のままにレーテへと詰め寄り問いかけるリア。
そんなリアの反応に目を見開き、顔を放しながら驚きつつも首を振るうレーテ。
「今はもうございません。 アイリス様の眷属にしていただいた後、皆殺しにしております故」
「そっそう……。 レーテ貴方もしかして純潔は……」
(そんなっ!? レーテは醜いゴミどもによって、清く美しい体を汚されてしまったというの? いや、それでも私は彼女を心から愛せる自信はあるけど……殺しても殺したりないわねそいつら。 ヒイロが居ればわんちゃん生き返せる? 流石に無理かなぁ。 はぁぁぁ)
内心で憤怒しながらも悲しみに明け暮れるリア。
しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に。
「その、お恥ずかしい話ではありますが、未だ……未経験ではあります」
(やったぁぁぁぁぁぁぁ!!! ということは逃げたってことかしら? ナイスよ、若きレーテちゃん! ああ、目の前に居れば全力で愛したのにー!)
この話しが聞き終えたら、その分の頑張りも含めて目の前のレーテを全力で愛そうと心に決めたリア。
レーテは気のせいでなければ頬を染め、恥ずかしがるようにもじもじとした雰囲気を醸し出す。
そして思い出したかのように、咳払いをすると改めて真面目な顔をつくると話しを再開し始めたのだった。
「はい、逃げ出してから数年後にアイリス様に出会い、運よく眷属にしていただきました。 以降は吸血鬼として生き、未熟でもあった為聖職者を狩る日々を送る毎日」
「貴方にもそういった時期があったのね……」
リアの思わず漏れ出た言葉に僅かに口元を緩め相槌をうつレーテ。
しかし、途端に表情を変え、無表情でありながらその瞳には隠しきれない怒気と憎しみが溢れだす。
「聖職者狩りをしてた時期、いつの頃だったかは定かではありませんが、一人の司祭が口にしたのです。 私の生まれ故郷であるイラフト村は偶然に魔物の襲撃が起きたのではなく、人為的に誘導され滅んだと」
「……それは、確かなの?」
時が止まったような感覚に陥り、確信をもって話すレーテに咄嗟に聞き返すリア。
一目見れば誰でもわかる程に憎悪を露わにするレーテを見て、普段との豹変ぶりもあるがここまで感情を露わにした彼女を見た記憶がないことから思わず面食らってしまう。
そしてこの話の行きつく先を理解した。
人為的に起こされた魔物の襲撃であるのなら首謀者がいた筈。
ここまで憎しみを抱いていることからその存在は存命であり、あそこまで聖王国に拘りを見せたことで合点がいった。
いるのだろう……この国に、"レーテの村を間接的に滅ぼした首謀者"が。
レーテはリアの問いかけに憎悪と憤怒で染めた瞳を幾分か落ち着かせ、そして静かに頷いたのだった。
「はい。 数十年、情報を集め続けましたがその司祭の言葉は事実でした。 首謀者の名はルクセンス・ヴィルヘルム。 当時は司祭だったそうですが、現在は――
――聖神教の現教皇です」
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