第20話 二人の吸血鬼(アイリスver)



 「誰にモノを言ってるんですの……虫」



 正面から突っ込んでくる黒装束の男に手を翳す。

 学んでないのかしら、それとも下等な人間程度にはわからなかった? 私は中位魔法までは無詠唱魔法を行使できる。

 いくら速くても目で追えてしまえるのであれば無意味ですわ。



 直線距離でアイリスに詰めた男は、手を翳したのを視認するとすぐさま射線から外れるよう腰を低くし、そしてその姿を消した。



 気づけば男はアイリスの後方に回り込んでおり、短剣というには剣ほどに長いそれを逆手に、アイリスの首を斬り撥ねようと横なぎに振るった。



 (人間にしては恐ろしく速い、加速系統のスキルを使ってますわね。 でも)



 この男は類を見ない――ただ御一人を除いて――ほどに速い、だが長年生きてきた上位吸血鬼であるアイリスからすれば、その動きはまだ予想の範囲内にあった。


 男の動きに僅かながら感心するも、アイリスの表情から余裕がなくなることはない。


 その事に疑問を持ったのか、目に微かに動揺を走らせ、短剣がアイリスの首を捉えたと思えた瞬間。

 すべての行動を急停止し、身を投げ出すようにその場を離脱する男。



 瞬間、男の居た地面からは身の丈程もある氷柱が刹那の間に創造され、詠唱者の標的とする存在を勢いよく突き上げた。


 しかし、そこに黒装束の男が穿たれる姿はなく、氷柱の先端に無理やり引きちぎったような黒布の切れ端が残されているだけだった。



 「っ! ぐっ、……はぁ、はぁ」



 空中で受け身を取りながらも、その勢いに耐えきれず屋根を数回転して転がる男。

 男は膝をつき、荒い息を隠すこともしなかったが、その目からアイリスを離すことはなかった。



 「あら、よく避けれたわね。 ――じゃあ、次はどうする?」




 口元を歪め、まるで見せ物を見て笑うかのような残虐な表情を浮かべるアイリス。


 攻撃を避けられたにも関わらず、そのような発言をする目の前の少女に、男は立ち上がる動作も省きその場を飛び跳ねた。


 一拍子遅れて、その場には先ほどと同等の氷柱が突きあがる。



 「くっ、―― っ、ふっ」



 空中に身を投げながらも不安定な姿勢から手に持った短剣とは別の短剣を数本、寸分違わずアイリス目掛けて投擲する男。


 アイリスはその攻撃に慌てた様子もなく【氷結魔法】にて空中で小規模に大気ごと凍らせ、別の手で既に次の魔法行使を行っていた。



 男が着地する地点を予測し、乱雑に穿たれる無数の氷柱。

 1本回避されれば2本目が、それを避ければ氷の散弾を放ち、回避されれば3本目の氷柱が。


 隙間なく浴びせられ続ける攻撃に、黒装束の男も合間合間に攻撃は挟むものの、その比率は圧倒的に回避に偏っている。



 流石のアイリスも無詠唱は可能でも、何連続も同じ魔法をCTクールタイムなしに行使することはできない。


 これはひとえに、アイリスの生まれながらの固有能力アーツ【魔の申し子】の効果に他ならない。

 その効果は特定の魔法熟練度の成長加速。 

 そして、魔力消費を1.4倍にするかわり特定の魔法を"5回"まで連射可能にするという半チート能力。


 その強力な効果は複数の欠点はあるにしろ、アイリスを魔法特化型のビルドにしたきっかけでもあった。



 眼前で氷柱を避け、またしても姿を消す男。

 アイリスは周囲に視線を走らせ、気配を探り匂いを辿り、数多く経験してきた戦闘経験から相手の動きを予測しようとする。

 

 すると、視界の端、意識外にあった懐に突如として潜り込んだ男。

 その銀色の煌めきが迫ってくることを認識すると、咄嗟に腕を割り込ませ、刹那の間に直撃と同時に蹴りを叩き込む。


 メキメキッとした感触と同時に男は数メートル吹き飛び、アイリスの腕にはドレスの袖を切り裂いて短剣が半身ほどその切っ先をめり込ませていた。



 「がはっ、……はぁ、はぁ、……全てを合わせてこれでも、っ―― グフッ」



 蹴り飛ばした先、受け身を取って着地するも、何かを喋っていた気がするも構わず氷柱を創造するアイリス。


 男の脇腹には深々と氷柱が突き刺さり、それは体内をかき分け紅結晶となった先端は月明りに照らされて美しい輝きを放っていた。



 「この程度で私を殺すなどと豪語していたの? ほら、もっと踊ってみせなさいな」



 腕から短剣を無造作に引き抜き、袖からポタポタと垂れ出す血は徐々にその形を変え、アイリスは心底楽しそうな様子で膝を突いた男を見下すと、その表情を歪める。




 それからの戦いは誰が見ても一方的なものへと、――終始一方的ではあったが――姿を変えた。


 男からの反撃は極端に減り、今では回避に専念するのが精一杯といった様子。


 脇腹を押さえながら血を垂れ流し、氷の散弾と巨大な氷柱を絶え間なく浴びせられ続け、加えて徐々に増える氷面積の変化によって戦闘甚振るのステージは極寒の地へと変わり果てていた。


 アイリスの切られた腕は既に自然治癒リジェネによって完治している。



 「ほらっ、ほらっ! まだ踊れるでしょう? 避けてごらんなさいな!」


 「ぐっ! ……がはっ、……はぁ、はぁっ」



 凍てついた大地で黒マスクから漏れ出す白い息、その体には切り傷と刺し傷が全身を覆うようにして見られ、僅かに見える素肌は黒色へと変色している。


 戦いの決着はついた、膝をつき満身創痍な黒装束の男を前に、楽しそうな笑みで甚振るアイリス。

 だが、唐突にその表情は焦ったように、余裕のないモノへと変わると目の前の男を無視して周囲を見渡しはじめる。



 「いけないいけない。 今はお姉さまも一緒なのに、私ったらつい」


 「……、っ!」



 屋敷内が騒がしくなってきたこと、設置していた魔法が既に2個しか残っていないこと。

 今更になってそれに気づき、唐突に慌てだすアイリス。


 (私ったら、私ったらもうっ! こんな虫一人に時間を取られて、お姉さまが知ったら幻滅されてしまいますわ。 早く終わらせないと)



 リアのことで頭がいっぱいになり、もはや目の前の瀕死の虫など眼中にないアイリス。

 そんなあからさまな隙を、黒装束の男は見逃さなかった。


 持ちうる全ての固有能力アーツとスキルを使い、差し違える覚悟で目の前の少女バケモノへと攻勢をしかける。


 首を刈り取ろうとするソレは死を幻視しそうなほどの剣気を纏っており、当たればアイリスとて死は免れないと思える絶対絶命の渾身の一撃。


 アイリスはその攻撃に切れ長の目を向けると、冷めた視線で何でもないかのように短剣を持った腕を払いのける。

 続けざまに男の首を鷲掴み、小柄な少女の体からは想像もできないほどの力で地面へと叩きつけた。



 隠密、とはなんだったのか。



 それは雷が鳴り落ちたように全方位へ鳴り響き、屋敷内にもその衝撃が伝わったと思えるほどの衝撃。

 叩きつけたと同時に腕から伝わり、周囲へと響かせる音はおよそ人体から出していい音では決してなく、屋根に張った氷面や屋根の破片が宙へと飛び散る。



 これだけの衝撃と音を鳴らしても、誰かが確認しにくる気配はない。


 (お姉さまが楽しんでおられるようで何よりですわ! 私もしっかり隠密して害虫駆除が終わりましたし、お迎えに上がらなければ失礼というものよね)



 思った以上に時間がとられてしまったことに、そそくさとこの場を去ろうとするアイリス。



 「……ぁ、ぁ……が」



 歩き出した足をピタリッと止め、リアの元へいけると心躍らせていた瞳が冷たいモノへと変化し振り返る。



 「まだ息があるんですの? 貴方、英雄の階位に近い者かしら。 ――まぁ、どっちでもいいですわ」



 僅かに息のある黒装束の男に手を翳し、確実にトドメを差す為、至近距離での氷の散弾をうち放つ。



 それは確実に標的へと突き刺さり、黒装束を半透明な水色の物へと変えたのを確認するともう興味はないと踵を返し、荒れ果てて突き抜けた部分も出来てしまっているボロボロな屋根を下りようとする。



 「まぁ! お姉さま!」



 視界の先には遠目にリアが屋敷から出てくるところが見え、どうしてかフードは下ろしておりその美しすぎるご尊顔を露わにはしているが、それすらも気にならない程にアイリスの内には歓喜が沸き上がる。


 一秒たりとも我慢できないとその場から飛び降り、凄まじい速度で駆け出したアイリス。

 その表情は先ほどまで見せていた氷のように冷淡な視線でも、甚振ることを楽しむ残虐な笑みでもない。


 ただ、大事な姉を慕う無邪気な妹のように、短い間の再会に嬉しそうな表情を魅せたのだった。

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