幻書

 整然と続く書架、その列の片隅にて。

 素人つくりの本棚が一つ。その前で細腕に山と書物を抱えた少女が一人。

「重かった、ね」

 ふう、と一息ついて床に座り込む。

「隅っこだから、怒られない、といいなぁ」

 自作の本棚を見上げて呟き、積みあがった書物にそっと手を載せる。

「やっと出来たよ、君達の居場所」

 とすん、とすんと下の棚から順に書物を入れていく。明らかに手書きの、手作りの本。ジャンルは、無差別。千差万別、その意味でここ書の邸には相応しい、か。

「どうかしました?」

 振り向けばいつの間にか後ろに立っていた女の人。蒼い制服は書の館の関係者である事を示し、襟に着けられた紅い一本線の入った翼モチーフの徽章は彼女が特級書使である証だ。

「ううん」

 少女は、慌ててぶんぶんと首を左右に振る。せっかくの本を捨てられてしまっては元も子もない、と。

「そうですか? あら……」

 書使の女性が既に棚に並べられた本のタイトルに目を留める。

 それは、異界に住まうと言う魔人の研究に没頭し、倫理を無視した実験を繰り返したとして魔術師協会から永久抹消されたと言われる一人の魔術師の研究論文。決して文字にされることのなかった、存在しないはずの書物。

 その隣は、大陸に流布する神話伝承の類を編集したもの。ただし、編集途中に著者が謎の失踪を遂げ、これもまた出版される事はなかった。原稿も全て消失したと言われる、本に為り得る筈のないモノ。続くタイトルはどれもこれも、ここに在り得る筈のない書物ばかり。

「あらあらあら」

「だめ?」

 上目遣いに問う少女に書使はにっこりと微笑む。

「とんでもない。如何な経緯を辿ろうと書に罪は在りません。人は自身が知り得た知識を、紡いだ経験を、手にした感動を、他人に伝えずにはいられません。それこそが、詩であり、物語でありましょう。それらを収集する事こそが我らの誇りであり、使命。故に……。

 書の邸を代表して、わたくしが歓迎させていただきます」

 堂々と詠うように、朗々と宣誓するように。そして書使は一礼する。

「ありがとうございます。心より御礼申し上げます」

「とんでもないです。私のほうこそ、ありがとうです。この子達を追い出さないでくれて」

 ぺこりと頭を下げて、少女は書架の狭間へ駆けて行く。

「あ、ちょっと待ってください。あなたは……」

 慌てて追いかけた書使は、誰もいない、壁に突き当たった少女が飛び込んだはずの書架の列の間で立ち尽くす。

 ***

 何者だ? ですか。

 さあ、あれからも時々本を届けてくれますが、そういうことは一言も。

 ただ、個人的な推測でよければ。

 書かれる事のなかった、在り得ざる書物を手に出来るのは、同じように在り得ざる者だけなのではないでしょうか? 謎掛けの様になってしまいますが、そういうことなのだと思います。

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