第7話コモンセンスオブアンダーワールド

ーー大逆罪ーー

 王、王妃、王太子、王位継承権を存する血族に危害を加える大逆をせし者は死刑に処す。

 又、大逆を目的とし、その予備をせし者は死刑に処す。

 本罪の審判は王国最高法廷でのみ行う。但し、予備についてはこの限りではない。


王国刑法典より




「ったく、さみいな」


 縮こまりながら見つめる先は森に囲まれた邸宅だった。




「エー殿。お待たせして申し訳ない」


 手を上げ、叩頭する執事を外へ追いやり席についた男性。エーが滅多に下げない頭を動かしたのは、彼が貴族だからである。


「例の件だろう?どうした」


 優しさを感じさせる眼尻だが、本性は邪悪。エーはこの顔を見るたびに、自分は本当に悪人なのかと疑いを向けてしまうので、あまり会いたくないと思っている人物でもある。


「アンタがどうするのか、と思ってな。俺たちの仕事は問題ない」


「私がどうするのか?理解に苦しむ問いだ。手筈通り私は謁見に向かい、そこで貴様が終わらせる。それだけだ」


「護衛の謀反に仕立て上げ、俺もアンタもハッピーだろ?でも一つだけ問題がある」


「幸せすぎるのが問題、とでも言うのか?」


「誰が王になるか、だ。アンタが派閥で力を持とうが、鶴の一声で全てが吹っ飛ぶ。擁立する王がアンタの手を噛まなきゃいいが」


「ふむ。確かに完全に御するには年を食いすぎているな。しかし問題はない。最後に王となるのは私だ」


「……その自信は何処から湧いてくるんだ?」


「簡単な話だ。戦争が起き、貴族は数を減らす。その機に乗じて私よりも継承権が高い者たちを消していけばいい」


「ふーん。アンタが王になるならまあいいさ。だが、くれぐれも俺達に牙を見せるなよ。勢い余って殺しちまうかもしれねえからな」


「ハハハ、承知した。そして、お前にもその言葉をそのまま返そう」


「大丈夫だって。金さえ払えば、俺たちはアンタの味方だ」


 王都と2州を隔てた場所にあるマークネイト州。内陸州で広大な湖を有する行政区である。取り立ててこれといった産業はなく、強いていうなら国土が不作の年でも食には困らないほど頑丈な田舎というぐらいだろう。


 そんな田舎街へわざわざ隣州からやってきたエーは、誰にも邪魔されずに歓談した後、老年の執事のお見送りを受け、会社へと戻った。




 出社した時には、新しく受付になったティーがいたのだが、帰って来たエーを迎える者は誰もいなかった。

 だが、間仕切りの奥で飲み物をすする音がハッキリと聞こえている。エーはその正体を確かめる為、足早に奥へと向かった。


「やあ!久しぶりだね」


 そこには派手に着飾った緑色の生物が腰かけていた。この世界に転生して初めて見た生物。とんがった耳、黄色い目、薄気味悪く笑う口元にはギザギザとした歯が並び、ゴテゴテの成金趣味な装飾品を身に着けた人間の子供ぐらいの身長、ちょうどヴィーぐらいの大きさの悪魔。


「ティーはどこ行った」


「オイラが暇を出したんだ。2人きりの方が都合がいいだろう?」


「ったく。俺は会長で、お前は第三者、赤の他悪魔だろ。何で指示出してんだよ、てか何でティーは聞いたんだよ」


「彼もだいぶストレスが溜まっていたみたいだし、遊びに行ってきなよと言ったら喜んで飛び出したんだ」


「シメる。で?お前と会うのは今日の夜だったよな?急に何の用だ」


 どっかとソファーに腰を降ろしたエーは、ズボンのポケットからタバコを取り出した。

 そしていつものように、魔法で火をつける。


「おお、だいぶ魔法も様になってきたね。オイラ感動しているよ」


「いつ殺されるか怖くて涙目になってるだけだろ」


「悪魔殺しは簡単じゃないよ。前にも話しただろう?たとえ、人間界で心臓を止めても」


「はいはい、分かってるよ。魔界で復活するんだろ?」


「そうそう!ちゃんと覚えてるね。オイラ嬉しいよ」


「用件を言え。ったく調子狂うぜ」


「年中反抗期だね君って子は。用ってほどじゃないさ。英雄バンデン・アマーリエ、消したのかい?」


「あー」


 エーは小さなミスに気が付いた。本来、転生者に能力を与えた悪魔に能力は通じない。ただし、ある条件を満たせば悪魔と対等になることができる、つまり悪魔に能力の効果を与えられるのだが、今回はそれを失念していた。

 キューの『抹消』によって人類から英雄とその取り巻きの記憶と記録、あらゆる痕跡を消し去った。しかし、キューは対悪魔の条件を満たさず、悪魔の記憶には英雄の姿がしっかりと残っているという事実が判明した。


「お前らの存在をすっかり忘れてた。マズッたのか?」


「ううん、大丈夫さ。フラウロスの子だったみたいだけど、彼は弁えているよ。報復なんてしないさ」


「ちっ、面倒くせえな悪魔」


「ええっ……なんで?朗報を伝えたのに、リアクションおかしくないかい?」


「いつか悪魔と殺り合わなきゃなんねえなこりゃ」


「と、当面は大丈夫さ!短気は損気だよ。悪魔のお気に入りに手を出すときは慎重に考えれば良いだけさ」


「お気に入りねえ。ウチに新入りが入ってよ『共有』っつー能力を持ってんだ。それも誰かのお気に入り、だろ?」


「あー、ヴァプラの能力かな?なにか兆候があったのかい?」


「自力で能力を操作できねえらしい」


「……ギリギリ、だね」


「んあ?ギリギリ?」


「いやあ、こっちの話さ。オイラがなんとかするよ」


「頼むわ」


 エーはタバコを灰皿に押し付けると、体を背もたれに預け天井を眺めた。


「戦争にはお前も参加するのか?」


「そりゃあもちろん。今度はオイラの配下達も呼んでくれたんだ。それにオイラ以外の悪魔も、ね」


 エーは眉間にシワを寄せた。

 転生した日、同じくマモンも召喚されたと聞いていたのだが、特に深くは考えていなかった。

 しかし、転生して2年。自分の再出生の軌跡は気になるもので、今になって召喚と転生が結びついたのだ。

 365日のうち、たった1日に重なった転生と召喚に因果がないとは思えない。それに、能力と悪魔には何かしらの関係があるような口ぶりを、転生した日に言われたことを思い出す。

 転生という異常な命のサイクルには、悪魔が関わっているのは間違いないだろう。

 だが、それを素直に教えてくれるのかどうか。先程の”こっちの話”というやつに倣い、答えないかもしれない。そんな考えから僅かに疑心を滲ませつつも、エーは問い掛けた。


「転生って何なんだ」


「んん?なんだい、藪から棒に」


「死んだ人間が蘇る、しかも、全く知らない未知の世界で。今さらながら疑問に思ったんだよ」


「ふーん。知りたいのかい?」


「ちっ、もったいぶるなよ。毎度毎度飽きねえな」


「いいよ、教えてやろう。さあて、どこから話せばいいのかな」


「前の世界で死んでから、だな」


「君らの世界には」


 神という存在がいただろう?という言葉から始まった。

 神の元へ召されるか、はたまた悪鬼が巣食う魂の修練の場、いわゆる地獄に落とされるか、これが元の世界の死後である。

 しかし、実際には地獄というものは存在しない。良き魂だけが神の元へ召され、神の意に背きし者はあらぬ世界へと放り出される。それこそが、この世界の天上、魔界である。

 流れ着いた魂は悪魔の使役する魔物となり、意思もなくただ従属するだけの存在になるはずなのだが、例外があった。

 それは、悪魔が触れた魂たちである。魔物となる軛から解放され、ただの魂としてあり続ける。そこでは退化も進化もしない。意思も記憶も肉体がなければ、知覚すら出来ないのだから、人生や性格が記録されたカタマリだけが、魔界で無為に悠久の時を過ごす。

 その魂が生を許されれば、人間界へと誘われる。だが、魔界と人間界との間には絶対の境界がある。人間界からの魂のみがくぐり抜けられる、通魂層。この層が人間界へと無聊を慰めに来る悪魔を阻止しているのだが、これは人間の為の機構である。

 だが、人間が敢えて悪魔を引きずり出そうというのならば、止められない。これが召喚である。その時こそが、魂が生を得る瞬間なのだ。

 悪魔に選ばれた魂は下界に引っ張り出され、より新鮮でより近い肉体と惹きつけ合う。


「触れるってのは、何かの儀式か?」


「あははは、違うよ。君は動物は好きかい?例えば猫がいたら構ってやるだろう?そこで撫でることもある、ちょうどそんな感覚で触れるんだ。儀式なんて大層なものじゃないよ」


「ふむ、誰かに撫でられたからこうして転生できたわけか。感謝だなその悪魔に」


 マモンは目をぱちくりさせてこういった。


「目の前にいるじゃないか、オイラさ、オイラが触れたんだよ」


「……マジ?」


「じゃなきゃ、こんなに肩入れしないだろう?それに言ったじゃないかオイラは父親みたいなものだよって」


「いや、お前は確か、能力を与えたんだから父親みたいなものだって、そう言ってたはず」


「能力があるという事は、ああ、なるほどね。能力を与える事と、魔物にならず魂のまま留れるようになるタイミングは同じだよ。要するに、触れられれば能力が与えられ、魔物にもなれないという事なんだ。分かるかい?」 


「ああ、今わかった。で、お前が召喚されるタイミングでわざわざ転生させてくれたと」


「どうだい?お父さんと呼んでくれてもいいよ?」


「死ねよゴブリン」


「なっ、君ね!魔界だったら殺されてるからね!オイラの部下に」


 エーは考え込む。これまで刈り取った転生者は3人。英雄についての言質は得られたが、他の二人はどうなのだろうか。彼らも悪魔の子飼なのだから、もしかすると報復があるかもしれない。それがお気に入りだったらと考えると、目を覆いたくなった。


「おーい、どうしたんだい?まさかビビったのかい?」


「んあ?な訳ねえだろ。転生者をむやみに殺すのはマズいかと思ってな」


「悪魔を気にしてるなら問題ないよ」


「言い切れるのか?」


「うん。ただ、お気に入りを殺すとそうも言えなくなるけどね」


「……お気に入りってのは、見分けられるのか?いや、バカな質問だな、忘れてくれ。そんなもん分かるわけ」


「できるよ。オイラのお気に入りは君さ」


 薄々わかっていたが、直球で告げられたエーはむず痒さを和らげるため、次のタバコに火をつけた。


「君の能力『強欲』の持ち主はオイラ。つまり、悪魔たちが持つ能力を授けられた者がお気に入りなのさ」


「混乱するな。悪魔が触れると能力が与えられるだったな。てことは、転生者たちはもれなく誰かのお気に入りだろ?でもお前はこうも言った。転生者殺しで悪魔を気にする必要はないが、お気に入りを殺す時は別だと」


「うんうん。まずは魔物と悪魔について教えよう」


 魔物とは漂着した魂の成れであり、悪魔とは魔物を従える者であり魔界の真の住人である。

 悪魔には魔力が備わり、一つ固有の能力がある。マモンには『強欲』という能力がある。

 一方、魔物はといえば、魔力を備えるだけの獣である。


「さて、転生者は必ず誰かのお気に入りだろ?という疑問についてはノーだね。何故なら」


 悪魔には位階という魔界における序列と、位階の中での序列が存在する。マモンは第9位階の王であり悪魔の配下も持つ、高位の悪魔である。位階内の序列は上意下達の絶対命令系統を有するだけでなく、様々な機能を持つのだが、そのうち、下位能力を自由に扱うことができる点がエーの疑問の答えになる。


「オイラの配下にはウァレフォルとラウムっていう二人の悪魔がいてね、彼らの能力を使うことができるんだ」


「つまり、ソイツらの能力を与えられた魂はお気に入りじゃないと」


「まあ、語弊はあるけどそうだね。でも皆、オイラのかわいい子どもだよ」


「子どもねえ。いや待て、お前の配下が能力を与えてたら、ソイツのお気に入りだろ?ってことは殺すとマズい、違うか?」


「基本的に下位の悪魔が魂に触れることはないよ。なんていうか、システム的に?だから、オイラを除いた12人の王が持つ能力にだけ気をつければいいのさ」


「で、見分け方は?」


「『傲慢』で調べるといいよ。12の能力は暗記だね」


「……ちっ。めんどくせえ」


「じゃ、いくよ『憤怒』『蛮勇』『不屈』『怠惰』『虚像』『暴食』『学習』『水火』『服従』『抱擁』『孤独』『道化』以上!覚えてね」


「覚えられるか!ちょっ何か紙に」


「ハハハ。後でゆっくり書きなよ、もう一度言うからさ」


「お、おう。助かる」


 勝手に来て、勝手に戸棚を漁り、勝手に淹れた紅茶を啜りホッと一息つくマモン。エーは何気ないその所作に高貴さを感じた。

 身なりは成金のそれだが、ゴブリンにしては、多分身ぎれいな方だろう。臭くもないし汚くもない、むしろ自分より清潔かもしれない。そうやって感心しきりのエーの頭には、先程の言葉が、その所作を裏付けるようにひっそりと顔を出した。


「はあ!?お前、王様なのか!?」


「ブフォッ!ゴホッゲホッ。ななな、なんだいいきなり」


「いや、お前が魔王なのか?嘘だろ」


「魔王?そんなわけないじゃないか」


「やっぱそうだよな」


「あんなの絶対やりたくないよ。オイラは第9位階の王さ」


「ったく、なんだ王って。魔王以外にも王がいるのか」


「もちろんいるよ。各位階のボスが王なのさ。で、そのボスのボスが魔王ってわけさ」


「忙しそうだから魔王になりたくないとかそんな理由か?」


「んーーーーまあそんなところかな。魔王の話はまた今度にしよう。長くなるからね」


「ああ分かった。じゃあ帰れ、用は済んだろ」


「な、酷いよー、オイラは王だよ?それなりの扱いをしておくれよ」


「あ、忘れてたぜ。戦争だ。戦争の話から横道に逸れたんだった。で、召喚された悪魔ってのは誰なんだ?お前の部下か?」


「オイラの配下も召喚してくれたよ。でもそれだけじゃないんだ。第三位階の悪魔も召喚したんだよ。それだけ本気なんだね」


「強いのか、その悪魔」


「そりゃあね。魔界では強さが正義だから。位階も強さを表すんだ。第三なら相当なものさ」


「気にした方がいいか?」


「いや、君が気にすべきは悪魔じゃなく転生者のほうさ。人数は分からないけど、大量に連れてきたんじゃないかな」


「大量に、か。目算は」


「15ぐらいかな。位階が高いほど召喚の頻度は少ないから、たくさん連れてくるんだよ」


「早速、勧誘を始めても問題ないか?」


「……いいんじゃないかな」


「なんだよ今の間は」


「んー第三の悪魔は排他的なんだ。オイラの子がちょっかいをかけて、許してくれるかなー」


「お前、さっきは気にしなくていいって言ってたろ」


「うん、報復は気にしなくていいよ。でも、内部でかき回される可能性は気にした方がいいよ。オイラが君に入れ知恵するように、他の悪魔もそうするのが殆どさ。もちろんそれぞれ目的がある。その目的と君がこの寄り合いを作った目的とが合致しない場合、軋轢が起きるのは目に見えるでしょ?」


「最悪、殺せばいいだろ」


「ハハハ。その通りさ。全く、躊躇いがないね君は」


「で、転生者の居場所は教えてくれるんだろ?」


「頭のいい君なら自分で探せるんじゃないの?」


「なんだ、からかってるのか?こういうのは悪魔の専売特許だろ?」


「んん?君さ、オイラがどうやって探し出してると思ってる?」


「さあな、魂の色が違うとか、魔界からの情報で見つけるとかそんなんだろ」


「はあ、そういうことだったのか。あのね、オイラたち悪魔は、人間の魂なんか見えないよ。そんな能力も魔法もないからね。それに魔界と連絡を取る手段はないよ。通魂層が魂以外の一切を遮るからね」


「なら今までどうやって」


「足で稼いだのさ。金と魔力があればすぐに見つかるよ。コツはね」


 マモンが述べた転生者探しのポイントは3つ。

 1つ、死人を探せ。

 転生者とは死んだ人間に魂が宿り蘇った者。つまり、そういった噂が流れる場所を探せばいいのだ。

 2つ、頭のおかしい奴を探せ。

 現代的な価値観や情報というのは、この世界においてオカルトである。大体、変人扱いされるので、そういう奴を探すといい。

 3つ、魔法を浴びせろ。

 転生者は魔法が効かないし使えない。なので、魔法を使うと一発で分かる。


「ちなみに、王国の偉い人はこのやり方をみんな知ってるから取り合いだよ。頑張ってね」


「自分で探せと」


「当たり前じゃないか。第三位階悪魔の召喚は最近だよ?転生者について調べる時間がなかったから2人しか見つかっていないよ」


「教えろ」


「アハハ。ガメついね君は。じゃあ紙をおくれよ、12の能力と一緒に書いてあげるからさ」


「よしっ、待ってろ」


 エーは間仕切りを避け、受付まで行くと、紙と羽ペン、インクを持って商談ルームへと戻った。


「ペンはいらないよ」


 マモンはテーブルに置かれた紙の上に手を翳した。

 すると、黒い文字が紙から浮かび上がったのは一瞬のことだった。


「はい、頑張ってね。ああ、それと君は戦争に参加するのかい?」


「いや、興味ねえな」


「興味、ね。そうかい、でもくれぐれも気をつけておくれよ。オイラは行くよ、じゃあね」


 マモンが出ていったことを、引き戸の閉まる音で認識しつつ、紙にある転生者の情報を食い入るように眺めていた。


「奴隷かよ」


 ソファーに大きくもたれかかると、必死で否定するように頭を振った。

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