第23話 やりなおしの歌5

 ゆっくり館内を巡ったから、外に出た頃にはすっかり空は真っ暗で、イルミネーションが輝いていた。

 学生時代にしたくても出来なかったこと、この歳になって出来た気がした一日だった。すごく満たされていた。

 最寄り駅に到着すると、

「はぁ、やっと駅だー!」

「駅だー」

 二人して伸びをする。帰ったらご飯を用意しないと。ご飯どうしようかなぁ。家に付く前にスーパー行って食材買い足すか悩んでいると、前を歩いていたダダが急に立ち止まった。

「キムキム、ちょっと、公園寄ろ?」

「どうしたの?」

「……話したいことがある」

 人気のない冬の公園は静かで寒さがより強く、だけど街灯のオレンジの明かりだけが暖かみを感じる。ダダはブランコに座った。ぬいぐるみが入った大きな袋を抱えていて手が塞がっているから、大きく漕ぐことはできない。つま先で少し蹴り上げて、ゆらゆらと揺れている。

「キムキム、今日楽しかった?」

「想像してたより楽しかったし、かわいかった」

「よかった」

「ダダは?」

「キムキムと一緒。アザラシ見れてよかった」

 アタシは鎖を持ち、大きく後ろへ助走をつけ、足を浮かす。小学生ぶりのブランコ。意外と勢いが出るものだ。最初は怖かったけど、楽しくなってくる。

「これからもいろんなとこ、行こう。キムキムといる時間、いつだって楽しい」

「ありがと。アタシもダダとならいいかなー。気使わなくていいし」

「そっか。あのね、キムキム」

「んー?」

「好きだよ」

「好き?」

「うん。キムキムのこと好き。オレと結婚してほしい」

「へ?」

 地面にかかとを突き立てて動きを止める。ブランコを降りて、立ち上がり、ダダの方を見やる。ダダはアタシのことをまっすぐ見つめている。

「ダダ、酔ってる……ワケないよね。だって、お酒飲んでないし……なにか冗談?」

「違う。オレは本気でキムキムと家族になりたいって思ってる」

 身体に当たる風も冷たくて痛い。息苦しくなって、キュッと詰まる喉を無理やり広げて、

「ごめん、それは出来ない……」

 そう言ったあと、ダダの顔を見ることが出来なくなって、目を閉じ、うつむく。

「どうして」

「アタシはもう恋人は作らないって決めてんの。いろいろ……そう、いろいろあったから……。ダダの知らないでいいことだけどさ……」

「オレは過去の人たちとは違う。キムキムを幸せにする。全部、オレが受け止める」

「そう言われるのが一番怖いの。みんな、アタシを置いてどっかに行っちゃう。それが嫌なの。ダダと一緒にいる時間はすごく楽しい。今日だってずっと笑って過ごせた。だけど、友達以上深く付き合いたくない。ダダは、バンド頑張ってる。だから成功してさ、そうなったら、バイトも辞めて、忙しくなって。芸能界はカワイイ子なんて山ほどいるし、アタシなんか……」

 自分を守るために、ダダをナイフで傷つけているのはわかっている。ナイフの使い方がわからなくて、一心不乱に振り回しているのだ。

「キミの代わりなんていない」

 いつの間にか目の前に立っていたダダはアタシの腕を強く掴む。ぐっと引き寄せようとするのを、アタシは足に力を入れて踏ん張った。恐る恐る顔を上げていく。ダダの目は潤み、今にも泣きだしてしまいそうだ。だけど、ちゃんと言わないといけない。

「アタシは一人で生きる。一人で生きようって思ってる。心配いらないから、だから、ごめん」

「なんで一人になろうとするの? キムキム、本当は……」

「これからも友達でいて。お願い。ダダのことまで嫌いになりたくない」

 何か言いたげだったダダの言葉を遮るように、言い放つ。

「そっか」

 蚊の鳴くような声でそう呟くと、アタシの手を離した。

「ごめん。オレ、急に変なこと言って……」

「ダダ……」

「キムキムに甘えすぎてた。オレも早く一人で生活できるようにするから」

 アタシの目の前を遮り、ゆっくりとマンションの方へ歩きだす。


 受け入れれば、幸せになれたかもしれない。だけど、「大切な人は作らない」って決めてたんだから。こんなことなら、再会しなかったら良かった。会わない方が、その方が幸せに死ねたかも。きっと今日のことを一生引きずる。でも、それでいいんだ。

 帰宅してからポツポツ会話はするものの、彼と目が合うことはなかった。買ったばかりのぬいぐるみは袋に入ったまま、部屋の隅に置かれていた。

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