第3話 再び動き出す季節3
二週間後。人生初めてのライブ参加のために、
ライブハウスはアメ村の入り口に程近い、商業施設の四階。会場付近にはTシャツにパンツスタイル、スニーカーの姿の男女がたくさんいた。制服か? ってくらいみんな揃ってる。薄手のVネックニットに、スリットが太ももまで大きく入ったタイトスカート、そしてヒール靴。アタシの格好は場違い感半端ない。そそくさと関係者席受付に向かう。スタッフに案内され、階段を上り、二階へ。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアの向こうだけあって、周りはスーツを着た人や、スーツじゃなくてもそれなりにキチンとした服装の人ばっかでここでもアタシ浮いてんなぁ……と縮こまる。曲もメンバーも何も知らないし、一番後ろの席でおとなしく座っていよう。
夕方六時を過ぎた。すべての照明が落ち、会場に響くギターの音。歓声が一斉に上がる。ドラム、ベース、キーボードと一つずつ音が増え、歌い始めると同時に照明が舞台を照らす。そこには揃いのシャツとパンツ姿の男性四人がそれぞれの楽器の前にスタンバイしていた。
「行くぞぉおおお!」
真ん中に堂々と立っていたギターを持った青年が叫ぶ。さっきの歓声とは比べ物にならない、声と音の波。最初の内は身体がびっくりしてしまったけど、二曲、三曲と続くと慣れて、ステージ上のバンドメンバーを見るくらいの余裕が出て来た。
ギター・ボーカルの青年は、アフロとまではいかないけど、ボリューミーな栗色の髪を揺らしながらギターをかき鳴らし、歌っている。
対称的に右隣のベースの男性はスキンヘッドといかつい。ガタイも良くて、力強く弦を弾いている。
その後ろにいるドラムはこないだのおじさん、綾女さんだ。へぇ~、スタッフじゃなくてドラマーだったんだ。長い髪を今は一つにまとめている。
そして、最後、左端のキーボードを見る。ボサボサの黒髪、猫背で鍵盤を叩いているから、顔は見えない。なんだか、またアイツの姿を思い出してしまう。ああいう背格好の男なんてどこにだっている。駿河っちを初めて見た時もどこか面影を見出してしまったし。少し落ち着こうと、目をつむって呼吸を整えていると、曲が終わった。
「イエフリこと黄色いフリージアです!」
ボーカルの青年が挨拶しただけで会場からは女の子の甲高い声援や、野太い雄たけびが上がる。そのあとトークコーナーが始まった。ボーカル、ベース、ドラムの三人が順番に自己紹介をしていく間もキーボードの彼はうつむいたまま、じっとしている。ボーカルのソウタがキーボードの方へ視線を向ける。
「じゃあ、最後、キーボード・タイスケ……! って、お前今日も眠そうにしてんなぁ……」
タイスケと呼ばれたキーボードの男は肩まである髪を両手でかきあげる。ちらりと見えた耳にはピアスが何個もついていた。
「……ちょっと眠い」
ぼそりと一言呟くと、無表情でペットボトルの水をチビチビと飲む。それ以上なにも発言しなかった。
「ダダ……?」
アタシは小さい声で、自分自身に確認するように言った。
カネダダイスケ、あだ名はダダ。何年ぶりにそのあだ名を呼んだだろう。ダダ、ずっと、忘れられなかった人。好きだと伝えられなかった人。こっからじゃ顔がしっかり見えない。でも、声が、話し方がこんなに似ていることってある? 名前も一字違いだし。 兄弟? 双子だったとか……? 一生懸命絵を描いてたダダが、今はキーボードを弾いている。もう絵を描いてないってこと? 様々な感情が入り乱れ――。
突然、肩を叩かれ、ハッと我に返る。いつの間にかライブは終わっていた。フロアに鮨詰めになっていたお客さんは出て行って、もうまばらにしかいない。
「大丈夫ですか?」
女性のスタッフが心配そうにアタシの顔を覗き込んでいた。
「えっ、あっ……大丈夫っす」
「では、楽屋の方にご案内しますね~」
席を立ち、ついていく。先に案内されていた関係者の人たちとメンバーが楽しそうに話している声がドア越しに漏れ聞こえる。その人たちが立ち去ったあと、アタシは楽屋へと入った。
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