第34話 回収

 ケネス様と一緒に乗り込んだ馬車が王宮へと向かって動き出す。

 頬杖をつきながら窓の外で流れゆく景色を見ているケネス様の横顔は夕日よりも美しかった。


「ん?」

「いえ。あ、なんでもないことはないです」


 以前なら思ったことは言わずに澄ましていたけれどこれからは違う。

 わたしの方を見てくれたケネス様の目をしっかりと見つめ返して告げた。


「横顔に見惚れていました」

「っ! これは心臓に悪いな」

「では心の奥にしまっておきましょう」

「そうは言っていない。早々に慣れるからこれからも隠さずに教えて欲しい」

「慣れる必要はありませんよ。むしろ、慣れられると悲しいです」

「では慣れない。死ぬまでずっとウィリアンヌの言葉に心躍らせられる男でいよう」

「わたしもそうであれるようにいたしますね」


 こんな会話をしているうちに馬車は停止し、ケネス様のエスコートを受けて王宮の中へ。

 煌びやかな内装の王宮は、実家の伯爵家では足元にも及ばないことは当然として、嫁ぎ先となる公爵邸よりも豪奢だった。


 レッドカーペットの上を歩くだけでも緊張してしまう。

 一人、震える手をさすっていると参加者名簿へのサインを終えたケネス様がお戻りになり、手を取ってくださった。


「ドレスもバレッタもよく似合っているよ」

「ありがとうございます。ケネス様も誰よりも輝いておいでです」


 ケネス様の腕に手を添えて、パーティー会場へ。

 会場内では名立たる貴族の方々が思い思いのままに談笑されていた。


「お兄様、ウィリアンヌお義姉ねえ様」


 わたしを義姉あねと呼ぶのはルティ様ことメルティア様しかいないのに見間違えるほどの出立ちに、一瞬だけ時を忘れた。


「お越しくださり、ありがとうございます。今宵は楽しんでいってくださいませ」

「丁寧な挨拶痛み入る。そうさせてもらうよ」


 声を出せず、口をパクパクさせるわたしを見たルティ様は口元を洋扇子で隠して淑やかに微笑まれた。

 まさに絶世の美女。

 公爵邸にいる時からは想像もつかないような溢れ出るカリスマ性を背負う公爵令嬢の姿はわたしには眩しすぎた。


「王太子殿下はまだか?」

「はい。ゆっくりなさってよろしいかと」

「では、先に要人たちを紹介しよう。おいで、ウィリアンヌ」

「は、はい!」


 こういった場に慣れておられるケネス様のエスコートで懇意にされている貴族の方々と挨拶を交わしたわけだけど……人が多すぎて顔と名前を覚えられない。

 教育済みとはいえ、元より社交的な性格ではないから公爵令息の婚約者として適切な挨拶ができているのか不安だった。


「大丈夫。しっかりやれているよ。次で最後だ」


 わたしの不安心を読み取り、背中を押してくれるケネス様。

 以前はわたしを社交界に連れて行って誰かに取られてしまっては困るから禁止と言っておられたけれど、いざ当日になるとしっかりと紹介してくださった。


「俺の婚約者であるウィリアンヌ=キャスミュットだ。ほら、挨拶を」

「はい。お初にお目にかかります。ウィリアンヌと申します」


 ここまでは問題なし。手の震えも落ち着き、声も震えなくなった。

 それもこれもケネス様の丁寧なサポートのおかげよ。ただ、笑いすぎて頬が痛いのが唯一の困りごとだけどね。


 頬をほぐしたい気持ちを抑えていると、ついにその時が来た。


「イザーク王太子殿下、ご来場!」


 割れんばかりの拍手と歓声が会場内を包む。

 そんな異様ともとれる空間でもイザーク殿下は顔色一つ変えずに颯爽と登場された。


「こんなにお近くで拝見したのは初めてです」

「向こうから来られた際は殿下にもご挨拶をするから心の準備をしておいてくれ」

「はい」


 わたしの身分では殿下にお声がけすることはできない。

 できないというか、それは不敬にあたるから常識的にやってはいけないのだ。

 殿下の方からお声をかけていただくか、それなりの身分の方に紹介していただくか

、二つに一つしか殿下とお話しする機会はない。


「イザーク王太子殿下。兄とその婚約者であるウィリアンヌ=キャスミュット様ですわ」


 だからこそ、ルティ様という存在の大きさを痛感させられた。

 彼女は殿下と対等までは言わずとも、わたしを紹介できる身分で、わたしとは雲泥の差がある存在。

 お屋敷であんなにも気兼ねなくお話ししていたことが恐ろしく感じてしまった。


「久しいな、ケネス。こちらのご令嬢が」


 とっさに頭を下げ、いつになく丁寧にカーテシーの姿勢を取った。


「メルティアの義理の姉になるのだったな。そなたのおかげでメルティアが救われたと聞いている。礼を言おう」


 この発言にはケネス様もルティ様も目を丸くして絶句された。

 しかも聞き耳を立てていた他の貴族たちによる口伝えは瞬く間に広がり、イザーク王太子殿下に感謝された女性としてわたしが認知されるようになってしまった。


「も、もったいないお言葉でございます」

「あの男爵家の件もそなたが一枚噛んでいたそうだな。ケネスよ」

「はっ」

「大切にしてやれ」

「はっ。そのつもりにございます」


 まともな挨拶はできず、イザーク王太子殿下は他の貴族の元へ行ってしまわれた。

 本当にこんな感じで良かったのかしら。


「アンねぇ様。貴族の娘をイザーク殿下が記憶に留めていらっしゃることは滅多にありませんのよ」

「婚約破棄された人間の名前は嫌でも記憶に残ってしまうということでしょうか」

「そうではありません。アンねぇ様は反逆者を突き止めた英雄ですから」

「英雄だなんて。わたしはただ聞いたことを書き起こしただけです」

「だとしてもですわ。もっと胸を張って良いくださいまし」


 そっとルティ様が耳打ちしてくださった内容は、にわかにも信じがたいものだった。

 そこまで言うのなら、わたしを英雄にまで上り詰めさせた魔法具ラジオの話を切り出しても問題はないでしょう。


「上手くいったようで何よりです。それで、本日、アレはお持ちですか?」

「えぇ。ですが――」

「ですが?」

「アレを使って、イザーク殿下の胸中をわたし一人で聞く時間を与えてはいただけないでしょうか。少しばかりで構いません」


 やはり魔法具マジックアイテムは人を堕としてしまう。

 ここで許可を出せば、ルティ様とイザーク殿下の間にある絆が崩壊しかねない。

 それにパーティー会場には大勢の人がいる。万が一にも話を聞かれてしまって、魔法具アレの存在が明るみになると厄介だ。


「ダメです。約束通り、速やかに返却を求めます」

「……冗談ですわ」


 何でもないようにおっしゃっておられるが、ルティ様の表情は険しい。

 あの魔性の力を知ってしまえば試したくなるのは当然だ。

 でも、それを許すつもりはなかった。


「お二人の間には不要なものです。わたしも二度と使わないと心に決めていますし、不幸になる前に処分するつもりです」

「処分……そうですわね。人智を超えたものを人が扱うことほど傲慢なことはありませんわね」


 ルティ様はそれ以上のことはおっしゃらず、魔法具ラジオをお持ちくださった。再び、わたしの手に戻った魔法具ラジオを速やかに包み、ケネス様に目配せしておいた。

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