第27話 誓いと解放

 あの後、恥ずかしくなってしまった、わたしとケネス様はすぐに離れた。

 わたしにとっては両親以外の人との初めての抱擁に、うるさいほど心臓が胸を打ち付けていた。


 自分から腕を広げておいてこんなことを言うべきではないのかもしれないけれど、もう少し強く抱き締め返した方がよかったのかしら。なにぶん初めてなもので作法が分からないわ。


 さて、一人反省会はほどほどに現実へと意識を戻す。

 ケネス様は「じゃあ……」と名残惜しそうに退室されようとしていたから思い切って呼び止めた。


「おやすみなさい、ケネス様」

「あぁ。おやすみ、ウィリアンヌ」

「やっと言えました。ずっと、おやすみの挨拶をできればって思っていたんです」

「……もう一度、抱き締めてもいい?」

「ダメです」


 振り向いたケネス様は、ちょうど月明かりに照らされて期待に胸膨らますお顔が見えてしまった。

 だからといって何度も体を許すほど、ガードの甘い女ではない。

 わたしが困ったように眉をひそめて即答するとケネス様はあからさまに肩を落とし、扉の方へ向かわれた。


「明日も会えるだろうか」

「もちろんです。朝食も一緒ですし、お昼前には庭園でもお会いできます」

「いや、そうじゃなくて」


 はて。

 わたしはしっかりとケネス様からの質問に答えたつもりなのだけど。


「夜、会えないかなって」

「……っんッ――――」


 自分でも驚くほど声が出ていなかった。

 どういう感情を向けられているのか、わたしから向ければいいのか分からない。


 嫌というわけではないけど、簡単に許可は出せないし。

 好きにすればと言って本当に来られても困るし。


「……ダメです」

「ダメか。嫌ではないと受け取っても良いのかな」

「嫌ではありませんが倫理観の問題です。それに、ケネス様にそう何度も誓いを破らせるわけにもいきません。わたしが公爵家から実家に戻され、通常通り、成婚に至るまで別居になる可能性もゼロではないのですよね?」


 とりあえず、頭の中に浮かび上がった言い訳を早口で捲し立てる。

 ケネス様は怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、うっとりとした表情を浮かべられた。


「そこまで俺のことを想ってくれているなんて嬉しいよ。分かった。今後はしばらくの間、夜には会わない。約束だ」


 ピンと立てられたケネスの小指にわたしの小指を絡ませる。

 指を離すと寂しそうに去って行くケネス様の背中を見送り、扉の鍵をかけた。


「……ふぅ。今日は魔法具ラジオはクローゼットの中にしまっておきましょう。これ以上はわたしの許容範囲を超えるわ」


 さっきまで喉から手が出るほどに欲していた魔法具ラジオをこんなにも簡単に遠ざけることができるなんて。

 やっぱりケネス様はすごい人だわ。



◇◆◇◆◇◆



 翌日。

 早々に朝食を食べ終えたわたしたちは庭園に集合した。

 珍しく食後の紅茶を拒否されたケネスにならい、わたしも飲まなかったのだけど、まさか早速、給仕をお願いされるとは思っていなかった。


「やっぱりウィリアンヌの淹れてくれた紅茶は格別だ。お腹がパンパンに膨れるまで飲みたい」

「それではお食事が食べられなくなってしまいます」

「構わないさ。俺の体は、栄養素の全てをウィリアンヌから摂取できるようにできている」


 昨夜の一件で完全に吹っ切れた……というか、わたしを愛し合う人に認定されたのでしょう。

 まぁ……間違いではないから良いのだけれど…………うん。


「お聞きしてもよろしいですか?」

「なんでもどうぞ」


 足を組み、紅茶の香りを楽しみながら快諾された。


はどうなったのですか?」

「もちろん投獄した。盗みは重罪だからね。余罪を調べた上でゆくゆくは死刑になるだろう」

「そうですか」


 妥当な処罰と言える。

 わたしはセシリーの行いをただのいたずらとして処理してもらったから彼女は処罰されていないだけで、本来であれば今頃は生きていないでしょう。


「どうしてが犯人だと分かったのでしょうか」

「どうして? おかしなことを聞くんだな。全てはウィリアンヌの手の中だったじゃないか」


 何を言っているのかしら。

 全然、理解が追いついていませんが?


「あのラジオは微かな魔力を放っているから魔法の残滓ざんしの出る。それを辿っていけば犯人の家に着くというわけさ」

「失礼ですが、わたしは魔力を有していません」

「もちろん知っているよ。俺だって魔法が得意なわけではないが、あのアーロンという男にだけは負けるつもりはない。もっとも、貴族の息子だというのに魔力を有していない劣等種だったが」


 魔力と魔法は随分と昔にこの世に存在していた不思議な力のことで今は薄れているとされているが、貴族の子だけは魔力を有して生まれてくることがある。


 その理由は大昔の魔法使いの子孫が貴族で、魔法使いではない人たちの子孫が平民という身分だからだ。

 

 しかし、貴族の全員が魔力を有しているのかと聞かれれば、答えは否。

 わたしは伯爵家の娘だけど、魔力は持たずに生まれてきた。

 女だから良かったものの、わたしが男児であったなら親からどんな仕打ちをうけていたか。想像するだけでおぞましい。


「……わたしも劣等種になりますね」

「何を言っているんだ。ウィリアンヌが有象無象の中に含まれるわけがないだろう。ウィリアンヌに魔力があろうとなかろうと俺の愛は変わらないよ」


 なんか言いくるめられているような気がするけど、今は置いておきましょう。


 とにかく、ケネス様はその魔法の残滓ざんしというものを追いかけてメフィストス侯爵邸に辿り着いたらしい。

 それだけでも決定的な証拠だけど、わたしは全く関与していない話だった。


「それだけでは魔法残滓まほうざんしが見えない者には、あいつが犯人だと証明できないからね。物的証拠が必要となる。そこでウィリアンヌが泳がせた魚が役に立つというわけだよ」

「……セシリー?」

「彼女の存在を思い出した時は戦慄せんりつした。ウィリアンヌは何十手も先を読む天才だと身を以て理解したんだ。糾弾、解雇、投獄、処刑しか考えていなかった自分が恥ずかしい」


 も、ものすごい勘違いをされているわ。


 わたしは別にセシリーを泳がせていたわけではなく、ただ単純に彼女が目の前からいなくなってくれればそれだけで満足だった。

 あと、こんなつまらないことでセシリーの嫁ぎ先がなくなったり、婚約破棄されたり、処刑されたりするのが馬鹿らしいと思ったから公爵家だけの問題に留めてもらっただけだ。


「ケネス様、実は――」


 今のわたしたちに隠し事は不要。

 だから正直にケネス様が勘違いされていると指摘し、全てを話した。


「やはりウィリアンヌは慈悲深い子だ。俺はウィリアンヌが悲しむと思って、セシリーを罰していないよ。俺は誰がウィリアンヌの髪留めを盗み出そうか聞いただけだ」

「セシリーはなんと?」

「金に釣られたらしい。セシリーは髪留めを焼却炉の裏に隠し、それをアーロンの手下が回収する手筈になっていたんだ。偶然にも俺がその回収役の腕をへし折ってしまったようで、アーロンの部下に腕を吊った奴がいたのも決定打だった」


 人間の腕ってそんなに簡単に折れるのかしら。

 でも、ケネス様は日々の鍛錬を欠かさないストイックなお方だから。

 きっと剣術の腕は達人級なのでしょう。


「気がかりは解消できました。教えていただき、ありがとうございます」

「次は俺の質問に答えてほしい」

「答えられる範囲であれば」

「あのラジオはどうするつもりだ? 俺もウィリアンヌの胸の内を聞いてしまったわけだが、あれからずっと心苦しくてね。俺のエゴだが、謝罪させて欲しい。すまなかった」


 渾身の力で頭をぶん殴られた気分だわ。

 ここでわたしも謝罪しなければ、人間失格、極悪非道と思われてもおかしくない。それに、わたし自信もこれから過ごしていくうちに後悔すると思う。


「わたしの方こそ申し訳ありませんでした」


 お互いに謝罪を終え、少しだけスッキリした顔つきのケネス様が「で、さっきの質問の答えは?」と促した。


「ずっと悩んでいました。手放すのは正直に言って怖いです。ですが、こうしてケネス様のお気持ちを聞かせていただけるのであれば、わたしの声に耳を傾けてくださるのであれば――」

「誓おう。死ぬまで決してたがえることのない誓いを立てる」


 ケネス様は左胸に手を当てながら頷いてくださった。


「思い切って手放そうかと思います」

「良い場所がある。明日にでも一緒に行こう」


 公爵家専属のゴミ捨て場でもあるのかしら。



 翌日、連れられたのは公爵邸から馬車で移動した鉱山の跡地だった。

 昔は鉱物の採掘をしていたらしいが、今では廃鉱となり、立ち入り禁止地区としてユミゴール公爵家で管理されているらしい。


「ここなら人は立ち入らないし、ウィリアンヌの足では簡単に来られない。ここにやってきてまで俺の胸中を聞いていたなら脱帽ものだ」

「さすがにそこまでは……」


 馬車で片道3時間よ。

 絶対に嫌。


 こうして、わたしはケネス様の協力を得て、魅惑の不思議アイテム、魔法具ラジオへの依存に終止符を打つことができた。

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