第21話 城跡には国立の歴史民俗博物館
裏付けを得るためには入谷礼華本人に話を聞くのが一番であるが、蓋しそれは本丸を攻めるようなものだろう。上手く云いくるめてお堀でも埋めない限り落ちないのならば、埋めればよろしい。お堀とは筒井靖の妹君、筒井海里である。伊智那は一度家に帰ることにして、京成佐倉の駅に歩く。この城下町は、城下であるから城があった。俗に廃城令と呼ばれる明治政府の政策によって城らしき建物はほとんど残っていないものの、町もお山も立派にその威容を残し、見る人が見れば一日歩いても飽きない場所だ。駅からは遠いが、城跡には国立の歴史民俗博物館が代役のように鎮座することもあり、伊智那は散歩したい衝動に駆られるが、ここは近所、今は時が時であり、泣く泣く去るほかに道はない。この影のような城を散歩するのはまた今度の話だ。
八千代台の駅から、えいやとタクシーに乗って帰ってくる。
少女のようにそわそわとした母親が出迎えたのでこう云った。
「素敵なひとだった」
にっこりと笑顔で。
さて本題である。
「母さん、筒井靖の妹君と、入谷礼華に直接会っておきたいのだけれど、二人の居所はわかる?」
「入谷先生は、アパートも実家も知っているから、引っ越していなければわかるけど、筒井さんはわからないわ」
「じゃあ探偵にでも依頼して調べてもらおう。母さんにもついてきてほしいのだけど」
「探偵って、探偵?」
「そうだけど、三大名探偵みたいなのじゃないぞ。調査会社だよ」
「そんなのがあるのね」
「ある」
「三大名探偵」
「そっち?」
ごろごろと転がり込むように条がやってきた。
「お姉ちゃんが推理するんじゃないの!」
「なにゆえ」
「足で稼いで、『むぅ、これは』って意味深な独り言で周囲を困惑させるのが役目でしょ!」
「なにを云っているんだ」
見ると条の手には絵具がついている。ペインティング・ハイに違いない。よくあるのだ。
伊智那は、はぁ、と息を吐いて自室にどろんと寝そべった。今日やるべきことはもうない。何もしないという大いなる不安に包まれるが、動く気もなかった。煩い妹が絵を描いているのは二階のようだ。隣を見ると、混濁した匂いの中に楓がいる。虚ろに寝そべって、動物的な眠りについていた。よく馴染むのは不思議だ。
紫檀の机の端からいくつかの本を引き寄せて、開いた。偶さか道教の本だったので、ぱらぱら捲ると神々がはらはらと落ちてゆく。香港や台湾、大陸の一部などでは、童乱や扶鸞といった占いに関わる「霊媒」がいまだに健在らしい。伊智那は文盲が砂上に経典を記すさまを見たことがあった。翻って自分を見る。楓は無学の巫女だった。
伊智那は真実に対する準備はできても、未来はわからないと首を振る。
密かに入谷礼華の死を祈る。
何事もなく朝を迎え、結局畳から動けなかった姉と筆を持ったまま気絶していた妹はそれぞれ母に叱られて、舌鼓を打つエルシィの横で、大人しく座っていた楓が母、三崎ふうきにあることを伝えた。
「私は礼を学びました。許されるのならば、お父様に会わせてください。謝りたく存じます」
すぐに朝食は全員で揃うことが約束される。
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