8話 「ああ、マジだ。少なくとも俺の国ではそうだった」


「う、わー! きれーい!」

「すごいなこれは……絶景だ」

 それに最初に気づいたのはヤユの方だった。

 深夜、今日は特別暑い日だったので熱が家の中には籠ったままだ。

 だから俺たちはどちらともなく家の外に出て、しばらく畑の傍で腰を下ろして涼むことにした。

「1、2、3……数えきれないくらい流れてる! 初めてみたよこんなの‼ まさか……お兄さんののろこと⁉」

「そんなわけないだろ」

 苦笑しながら。

 空を指さすヤユの指先を追って、俺は中天に目線を送る。そして、その雄大さと力強さに思わず目を細めてしまう――


 満天の星空だ。

 この辺りにはまったく明かりがない。深い森の最も奥深き場所に、ぽつりと佇む不相応な古き舘とこじんまりとした庭。

 ざわめく木々とそれが作り出す影がコントラストを描き、まるで自分まで宙に浮いているような錯覚を覚えてしまう。

 それは一面を支配する流星群だった。

 1つ消えてはまた現れて。1つ現れてはまた消えて。

「……わたしね、ずっとずっと昔……私がまだ呪われていなかった頃にね。一回だけフララーガ……王都にお父さんとお母さんと行ったことがあるんだ。それも夜だったんだけど……」

「ああ……」

「王都で王様のそくいしき、っていうのがあってね。お祝いだからって……凄かったんだよ本当に。凄く沢山の人がいて、国中の人が集まったんじゃないかって数で、お祭りを開くんだ……一週間も二週間も。いっぱい店があってね、お父さんは私に美味しいお菓子を買ってくれて、お母さんはすごくかわいい服をプレゼントしてくれた。ほんとーに……ほんとうに、楽しかったな……わたし、あれだけは何があっても忘れられない、一生覚えていられるよ」

「…………」

 フララーガの王位即位式は有名だ。

 俺も十数年前、丁度祭りの最中に訪れた時は、それこそまともに歩くのも大変なくらいの騒ぎようで、馬鹿馬鹿しくて面白い祭りだったと記憶している。

「それでね、帰りの馬車でキュロイナに帰る……ってなった時にね、高い山を登ったんだ。王都が見下ろせるくらいの山で、その周りをぐるって回ってお家に帰るっていう道筋だったんだけど……わたしは、フララーガが恋しくなっちゃって、窓から振り返った。そしたらね――」

 ヤユは息を吸い込んで、小さく吐いた。

「すごい明かりだった。数えきれないくらいの街の明かりが、王都を包み込んでボウって光っててね……それが空にまで届いてるんだ。蛍とも内陽灯(フリフト)の明るさとも違う……人の温度が籠った、すごく暖かい明かり……」

「…………」

「あの明かり1つ1つの下に誰かがいて、それぞれの人生があって、それで……それで……って考えてるとね。なんだかとても不思議で切ない気持ちになって、わたし気づいたら眠っちゃってた。それで、今はね――星の明かり。あの下に人がいるのかどうかは分からないけど、あの時とすごく似た気持ちなんだ。なんでだろう、分かんないけど……星を見てこんな気持ちになるの、初めてだけど……たぶん嬉しいんだと思う」

 お兄さんが、一緒に流れ星を見てくれることが。

 そう言って――ヤユは視線を宇宙に向けたまま、えへへ、と一人鼻をこすって笑った。

 そうしてる間にも、流れ星たちは輝き、せめぎあい、夜の空をこれでもかと埋め尽くして語らいあっている。


「知ってるか? ヤユ」

「……ん? なーにお兄さん?」

「流れ星に願いをかけると、それは必ず叶うと言われているんだ。こんなチャンスは滅多にない、今ならいくらでもかけ放題だぞ願い事」

「ええっ‼ なにそれ初耳……‼ …………マジで⁉」

「ああ、マジだ。少なくとも俺の国ではそうだった」

 そう言いながら俺も夜空を見て、手を体の前で組んで願掛けするような仕草をする。それを見て慌てたようにヤユも続いた。

「……ちなみに、ヤユはお星さまに何を願うつもりなんだ?」

「ふふふー……そ・れ・は・ね!」

 ヤユはいたずらっぽく溜めて指を振りながら、「秘密だよ!」とだけ言ってまた星を仰いだ。


 空全体が荘厳にまたたく。

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