第二十九話:思わぬ救援に、涙が止まるか分からない

第二十九話:思わぬ救援に、涙が止まるか分からない


「逃げろおおおっ!!」


 武富くんの大声が飛ぶ。


 火口の底が揺れ、壁に張りついた氷にパキパキとひびが入る。


「皆こっちに来て!」


「おう!」


 僕の呼びかけに応じ、渡会くんと武富くんが近づいてくる。


 ゴガガッ!!という一際大きな音とともに、地面が割れる。いや、地面がぐにゃりと歪む。


 まずい!溶けたマグマがせりあがってきてる!


 サラサ様の儀式が失効されたのは、事実とみて間違いない。


「『フロスト・ピラー』!」


 僕、京月さん、渡会くん、武富くんの四人がひとまとまりになったことを確認した僕は、フロームが得意だった魔法を発動する。


 やっぱり、上に行くならこれでしょ。


 さんざんフロームに使われたし、自分でも使ったから感覚が掴めている。


「落ちないようにね」


「おう」


 真下で生じた氷の柱はぐんぐんと伸び、僕たちをエレベーターのように押し上げてくれる。


 急げ、下の氷が溶ける前に!


 ひとっとびで行くよ!


 僕はもう一度、天までそびえる氷の塔をイメージしながら魔法を唱える。


「『フロスト・……』」


 ガクンッ!!


 僕が言葉を紡ごうとしたそのとき、大きな音を立てて足場の氷が揺れた。


 しまった!詠唱が途切れる。


 魔法の更新ができないと、氷の維持が……。


「『フロスト・ピラー』!」


 とっさの窮地に、京月さんの一言が飛ぶ。


 太い氷の柱が、さらに勢いを増して天高くまで伸びる。


「ありがとう、京月さん」


「お礼は後で」


 一般的に、複数人で同じ魔法を発動すると効果が強力になる。多角的にイメージが補強されて、より強固な物体や現象が発現するようになるからだ。


 という話は、また別の機会で詳しく説明するとして……。


 よし、火口から出られたぞ!


 ゴゴゴゴゴゴッ!!


 下から轟音がとどろく。


「走れええっ!」


 視界が一気に広がったところで、僕たち四人は柱から降りた。


 そして、全速力。後ろを見ることなく駆け出した。


「街まで?」


「うん!」


「了解!」


 渡会くんがスパートをかけ、集団の一番前におどり出る。


 標高が高いこの位置なら、サラサの街までよく見える。目標を迷うことはない。


「もってくれ、僕の肺……!」


 魔法で身体能力を強化することは不可能ではないが、難しい。具体的には、人体に作用するようにイメージを練るのが難しいのだ。


 それに、おそらく心肺機能まで強化するのは至難の業だ。医学書のある地球ならともかく、肺の仕組みを詳しく理解する手段なんてゼアーストにはない。


 だからこうして、祈るしかない。


 僕は自分に発破をかけながら、一歩でも多く足を踏み出していくのだった。



 ※※※



 サラサの街に着いた。


「サラサ火山が噴火!?」


「私たちどうしたらいいの?」


「おしまいじゃ、わしら全員死ぬんじゃ……」


 火山の異変を察してか、街の人たちは混乱を極めていた。


 火山の近くに住んでいながら、火山活動に対して取っていい行動が分からない。これは仕方がないことだ。セリュアたち温泉の守り人が火山のことをひた隠しにしていたせいで、ここは安全だと錯覚し続けていたのだから。


「火山と反対方向に逃げてください!」


「でも、家族と家は……」


「あれはなんじゃ?」


 僕は走りながら叫んでみるも、町民の反応は薄い。


 足を止めてはならない。


「くっ……!」


 目の前で起こっていることに理解が及ばないという風な街の人々の様子に、思わず足の動きが鈍くなる。


 今から引きずってても、誰かを逃がしてあげたい。


 その衝動に駆られる。


「いちむらあっ!」「十海くんっ!」


 武富くんと京月さんの声が重なる。


 二人とも、分かっている。全員を助けることはできないと。


 だから、逃げる。精一杯の呼びかけはするけど、自分は安全地帯に行く。


 僕も、それでいいのか?


「いや……」


 足を止め、振り返る。


 溶岩の波が音もなく、街のすぐ外まで迫ってきていた。


 僕たちだけ逃げる。それでいいのか?


「まだできることがある!」


「一村!」


 先を急ぐ武富くんが鋭い怒号を飛ばす。


 ごめん武富くん。僕は諦めたくない。


 想像するのは、水の流れ。


 サラサの街の全てに行き届き、かつ人々をすべて流すくらいの強さの水流。


「『ウォーター・フロウ』!!」


 激流が、僕のショートスピアから迸る。


「十海く……」


「なにを……」


「おしま……」


 京月さんも武富くんも渡会くんも街の人々も。


「……」


 そして僕自身も。


 突如湧いた水流がまるでウォータースライダーのように、人々を街の外へ押し流す。


「意識を保って!なるべく溶岩から離れるように!!」


 僕は水音に負けないように、周りの人に向かって声を張る。


 水が口に入ったけど、なんのこれしき。


「街はもう助かりません!!自分の命を最優先に!」


 フローム、セリュアとの戦闘。火口の往復。それに今の大規模な魔法。


 僕の魔力はもう、枯渇寸前だった。


「少しでも遠くににげ……」


 意識が、僕の中からふっと消えた。



 ※※※



「街の人はっ!?……けほっ、けっほっ!」


「大丈夫」


 意識を取り戻してすぐに飛び起きると、目の前に京月さんの顔があった。


「ほとんどの人が助かったよ。全員は、無理だったけど」


 彼女は歓喜とも、悲痛ともとれる表情で言う。


 僕の魔法で救えなかったどころか、溶岩の方に押し流して奪ってしまった命があるかもしれないということに思い至ったのだろう。


 京月さんは本当に優しい人だ。


「もう一度言うよ、ありがとう癒那さん」


「い、いや……」


 照れる京月さんは置いておいて。


 見える景色から察するに、どうやらサラサの街の外れにいるようだ。


 周りに多くの人がいる。けがをしている人が大多数だ。僕は少し高いところにいるのか、下の方で手当てを受けていたり話し合っている町民たちの集団が目に留まる。


 あれから、僕が一か八かの大規模魔法を発動してから、一体どれくらいの時が経ったのだろうか?


「目が覚めたか?」


「っ!?」


 視界外からやってきた人物の言葉に、僕は驚く。


 男性にも聞き間違えるような、低く包容力のある声。


「どうして、東先生が?」


「一村、久しぶりだな。大体三週間ぶりか?」


 そこには、着古したジャージをまとった元体育教師、東京子先生が立っていた。


「私たち『ホワイトローズ待機チーム』が、救援に来たぞ」


 東先生はそう言い、僕の手を優しく握った。


 温かい。氷と水で冷えた僕の手が、みるみる温かさを取り戻していく。


「ありがとう、ございま……」


 魔族と戦い、セリュアに弓引かれ、噴火に遭遇するというとんでもない体験をこの数十分で味わった。


 まさしく絶望しかねない状況だったけど、よかった。


 僕はその一言で安心したのか、再び意識を手放した。

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分からない異世界召喚 @LostAngel

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