44.王太子の地位を奪う?

 作戦勝ちで膝から降りて、隣に腰掛けた。ぺたりと体を添わせてくるのは我慢だけど、カトラリーを扱う際の肘が当たるのよね。窮屈なのも我慢しなくちゃ。ここでうっかり余計なことを言って、膝の上に逆戻りは困るもの。


「そのドレス素敵ね」


 世間話として無難な会話を振る王子妃殿下に微笑み、礼を伝える。


「ありがとうございます。夫シルヴァンが用意してくれましたの。王子妃殿下は瞳の色に合わせたドレスですのね」


 夫が用意したから黒、でも王子妃殿下はマリンブルーだった。目が覚めるような鮮やかな発色で、第一王子の瞳の色よね。そう指摘したら、頬を染めて頷く王子妃殿下。文句なしに可愛いわ。物語に一言だけ「王子妃殿下は物静かな方だった」程度の表記しかないのが、勿体無いわ。


「ところで、なぜ俺を呼び出したんだ? アルフォンス」


 第一王子の名前って、アルフォンスだったっけ? 記憶を探ったら、確かに一致する。ほっと一息ついた。知ってると知らないとで、緊急時の対応が違うもの。連鎖するように王子妃の名前も思い出せた。フランソワ……だと男性名だから、フランソワーズ!


「君が結婚式でちゃんと夫人を見せてくれないからさ」


「見えただろう」


「ヴェール越しで、ちらりと……ね。今だってヴェールで半分は隠れてる」


 申し訳ないことだけど、鼻の辺りでヴェールは止めている。目元は全然見えない状態だった。不敬と言われたら外すけど、そもそも当日の呼び出しに私も怒ってるのよ。支度がどれだけ大変だったか。男性には想像も出来ないんでしょうね。


 私に視線を固定したシルは、大きく首を横に振った。


「晩餐会の呼び出しが急だったせいで、今日の俺はまだレティを堪能できてない。彼女の支度が忙しかったからな」


 しっかり嫌味を混ぜて、第一王子アルフォンス相手に言い切った。見直してもいいくらいカッコいい。公爵家嫡男の権力? それとも側近の特権かしら。さっきも名前を呼び捨ててたから、側近は不敬罪に問わない条例でもあるかも。


「堪能って、何するの?」


「夫婦の秘密だ」


 首筋を匂ったり、舐めたり、足で踏まれたりしてるけど。さすがにシルも口にしなかった。眉間に皺が寄ってるから、羞恥心じゃなく嫉妬の方ね。


「あっそ。ここまで頑なに顔を見せないなんて、何かあるの?」


 言外に、傷や痣? と尋ねてくる。もし本当に何かあったら、失礼じゃ済まない。つまり何も傷や痣がないことを知って、わざとカマをかけた。私は反応せず、赤ワインを一口。うん、王家の晩餐会だけあって美味しいわ。


「俺のレティに失礼な発言をするなら」


「帰る?」


「いや、王太子の地位を奪う」


 目を見開いて固まったアルフォンスをよそに、妻のフランソワーズは目を輝かせた。


「ぜひ!」


 未来の王太子妃がそれでいいの?! っていうか、私は嫌よ。王妃になったら面倒事ばかりだった。もしかして……妻が拒んでるから、第一王子は立太子しない、とか?


 ごくりと喉を鳴らす。もしかして、今……私ったら王家の重大な秘密を?


「この通り、フランが嫌がるんでね。出来たら王太子になってくれ。弟には無理だから」


 弟は能無し、と切り捨てるアルフォンスは肩を竦める。嫌がらせのつもりが、嫌がらせになっていないと知り、シルは意見を翻した。


「わかった、一番の嫌がらせはお前を国王に据えることだ。全力でサポートしてやる」

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