27.可愛く見えてきちゃった

 待てのご褒美に、馬車の中で膝抱っこされながら帰宅。扉を開けた時の老家令は、それはもう嬉しそうに微笑んだ。大切に育て上げた坊ちゃんが、若奥様と仲睦まじい。それは引退前に次の若様に会えるかも知れない期待を膨らませていた。


 彼はすでに後継者を鍛え上げており、息子のローランに公爵家の執事として経験を積ませている。現公爵夫妻が隠居するのに合わせ、自分も引退する予定らしい。この辺は噂好きな侍女から聞いた。


 残念ながら、私はまだ乙女ですけどね。エスコートされて降りるのではなく、抱っこされたまま移動だ。よく小説やゲームで簡単そうにお姫様抱っこをするが、あれはかなりハードだと思う。実際試してみれば分かるけど、この世界の貴族女性の平均は58キロ。さらに装備が軽くて3キロ、夜会仕様だと5キロ近い。


 お嬢様だからフォークより重いものは無理ぃ……と仰るご令嬢も、夜会装備は5キロよ。そもそも食事するならフォークだけじゃなくナイフもあるから、セリフ自体がおかしいんだけどね。


「重くないの?」


「重いよ。レティの僕への愛の重さだね」


 いいこと言った風に纏めたけど、抱っこした妻に「重い」は禁句よ。今の私は暗器もあるから、現時点で7キロオーバーよ。仕方ないわね、重いことは認める。


「楽しそうだったね、クリステル嬢が気に入ったの? コレクションする?」


「捕獲はしないけど、近々お茶会を開くわ。呼ぶのは彼女だけ。お友達になりたいの」


「俺も一緒に……」


「ダメよ。彼女はもう婚約する彼がいるんだから」


 そうじゃないとか口の中でもごもご反論した後、シルは私に頬擦りした。後ろから着いてくる執事や侍女が微笑ましげに見守る。だいぶ羞恥心が薄れてきたわ。


「お茶会、いいわね?」


「本当にあの子だけだよな? 他に男とか」


「心配なら様子を見にくればいいじゃない。でも話に入れてあげないわよ」


 緩める部分と締める場所は分けないと。嬉しそうに振られる尻尾が見えた気がする。そのわかりやすい愛情表現が、可愛いと思い始めた自分がいた。物語がシナリオから狂っていくなら、これもひとつの生き方かも。


「今夜は一緒に眠ってもいい?」


 頭の上に獣耳の幻影が見えた。首に回していた手を伸ばし、黒髪を撫でる。不思議そうな顔で私を見るシルヴァンが、首を傾げた。


「いいわよ」


 もういっか。襲われたって妻なんだし。そう思って覚悟を決めたのに、彼はふやけるほど手の指を舐めて、顔中にキスを降らせただけで眠った。言いたいことはたくさんある。待ってる女性に恥をかかせるんじゃないわよ! は間違っても口に出来ないけど。


 ぺろぺろ舐められた指やキスの後……唾液って臭くなるのよ。舐めたら後始末しなさいよね! 苛立ちながらも、侍女を呼んで拭かせるのはやめた。贅沢でも、朝風呂は譲れないけど。


 シーツで手を拭いて、顔は……やめてそのまま目を閉じた。明日の夜はお預けにして説教してやるから、覚悟しなさい!

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