6話 告白
施設の庭で倒れていた2人は、すぐに病院に運ばれ治療を受けた。
病院に到着した時に意識を取り戻した青い髪の青年は、最初は周りの光景を見て非常に狼狽えていた。
しかし治療を受けるだけだと言う事を理解したのか、すぐに落ち着きを取り戻した。
そして自分の名前は
苗字を聞かれたので、付き添っていた安曇がとっさに自分の苗字と同じ上村だと言う事にしておいた。
幸い2人とも命に別状はなく、快方に向かった。
しかし恵斗は、ここに来るまでの記憶を全て失ってしまっていた。
無理に傷を抉りたくない。
行く宛てもなさそうだし、少しでも心が安らぐならと考えた安曇は、椿に2人を施設に置いてほしいと頼んだ。
幸いにも、椿も同じ考えだった。
退院した羽白と恵斗は、その日から施設で一緒に暮らす事になったのだ。
恵斗はここに来る前の記憶がないとは思えないくらい明るく、周りの子どもたちとすぐに馴染んでいた。
しかし、羽白は違った。
恵斗以外の子どもたちはおろか、安曇と椿にも心を開こうとはしなかった。
そしてどこに行っているのかは分からなかったが、数日間施設に戻らない時もあった。
何があっても、羽白の態度は頑なに変わらなかった。
あの夜が来るまで。
2人が施設に来てからひと月程経った日の深夜。
突然、羽白の部屋から大きな叫び声が聞こえて来た。
「やめろ!やめてくれ!!」
声を聞いた安曇や他の子どもたちは、羽白の部屋に駆けつけた。
「羽白!どうしたの!?」
羽白は悪い夢にうなされていたのか、未だに叫び続けていた。
安曇たちが自分の部屋に来た事にも気がついていない。
どうしたらいいか分からず、思わず安曇は羽白を抱きしめた。
「…っ!!やめろ!!俺に触るな!!」
羽白は狼狽えながら、安曇を押しのけようとした。
「大丈夫!大丈夫だから!」
安曇は羽白の背中をさすりながらゆっくりと囁く。
羽白の呼吸は、安曇の胸の中で次第に落ち着き始めた。
「……っ、
そのまま羽白は、静かに泣き始めた。
茅…一体誰の事だろう。
安曇は疑問に思ったが、今は置いておく事にした。
そのまま安曇は羽白が泣き止むまで、一晩中彼を抱きしめていた。
この出来事を境に、羽白は変わって行く。
数日後の朝、羽白から安曇に初めて話しかけて来たのだ。
「おはよう……安曇」
「羽白?おはよう」
「……この間は、その……悪かった」
罰が悪そうに羽白は謝る。
「いいのよ」
安曇はそう言って羽白に笑いかけた。
安曇の笑顔を見た羽白は、顔を赤くしながらそっぽを向いた。
「羽白にいちゃん顔まっか。へんなのー」
「恵斗!!!」
恵斗にからかわれた羽白は、顔を更に赤くして恵斗を追いかけ始めた。
それからも羽白は変わり続けた。
恵斗以外の子ども達とも打ち解け、一緒に遊ぶようになった。
時には足が悪い椿を介抱したり、安曇が家事をする時は一緒に手伝ってくれた。
安曇と羽白は歳が1歳しか違わない事が分かり(安曇が歳上)、2人で話す時間も増えた。
以前の羽白とは全く別人、いや、今の羽白が元々の姿だったのかもしれない。
それに加え羽白は、よく笑うようになった。
そんなある日の事。
「今日、この後予定あるか?」
学校での勤務を終え、夕方施設に来た安曇に羽白が話しかけた。
「今から?ないわよ」
「なら…ちょっと話したい事があるんだ」
そう言った羽白は、安曇を連れ出して近くの公園に向かった。
「急にごめん……どうしても2人で話したくて」
「大丈夫だけど……、どうしたの?」
羽白は初めて自分から話しかけた日のように顔を赤くしている。
「……伝えようか、ずっと迷っていた事があるんだ」
「うん」
「こんな気持ちは抱いてはいけないって思ってた…けど、もうどうしても抑えられない」
そう言った羽白は、安曇をまっすぐ見た。
「俺は…、安曇の事が好きだ」
「え…っ?」
羽白からの告白に安曇は驚き、そして胸が踊った。
安曇もいつからか、羽白に対して淡い想いを抱いていたのだ。
「本当?」
「急にこんな事言って迷惑かも知れないけど……もし迷惑だったらそう言って欲しい」
羽白は照れくさそうに俯いた。
「ううん、嬉しい。私も羽白の事が好きなの」
安曇の返事を聞いた羽白は、びっくりしたように顔を上げた。
「……俺たち、同じ気持ちなのか?」
「うん」
「……、そうか、…よかった…」
羽白は嬉しそうに笑い、安曇を優しく抱きしめた。
「…好きだから、安曇には全部知ってもらいたい。だから…今から話す話を聞いて欲しい」
安曇は羽白の胸に顔を埋めながら聞いた。
「何を?」
「俺と恵斗の話」
安曇は思わず顔を上げて羽白を見る。
「えっ?」
羽白は不安そうな表情で話を続ける。
「今から俺が話す内容にとても驚くだろうし、信じられないかもしれない。でも…」
「信じるわ」
安曇ははっきりと言った。
「安曇……」
「あなたと恵斗の事だもの。信じるわよ」
「……、ありがとう」
そう言ってもう一度抱きしめ合った2人は、公園のベンチに移動をした。
そしてそこで羽白は安曇に自分の事を全て話した。
自分がこことは別の世界から来た事。
自分の村の話や、家族・友達の話。
『茅…』
安曇は話を聞いているうちに、羽白が泣き明かした夜に言っていた名前をふと思い出した。
茅とは、羽白にとって一体どんな人物なのだろうか?
「茅って言うのは、向こうの世界の人?」
安曇の質問を聞いた羽白は驚いた顔をして安曇を見た。
「…どうしてその名前を…」
どうやら羽白は、あの夜に茅と言う名前を呟いた事を覚えていないらしい。
「ごめんなさい…あの日、羽白が呟いていたの。どうしても気になって…」
好き合っているとは言え、聞いてはいけない事を言ってしまったのかもしれないと安曇は思った。
「いや、いいんだ。…茅は、俺の姉だ」
「お姉さん?」
「ああ」
羽白はゆっくりと、ここに来るまでに何があったのかを話し始めた。
「茅は……、恵斗の母親なんだ」
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