4話 髪の色
恵斗です。
この回から
名前の読み方は「パジェロ」と同じイントネーションで読んでください。
よろしくお願いします(ぺこり)
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恵斗には家族がいない。
厳密に言うと、「血が繋がっている」家族はいない。
本当の両親は『交通事故で死んでしまった』と以前安曇に聞いた時に教えてもらった。
写真も残っていない。
なので恵斗は両親の顔も知らないのだ。
この「上村」と言う苗字も、施設から取ったものである。
施設で一緒に暮らしている子どもはみんな上村と言う苗字を名乗っている。
だから恵斗は、自分の本当の苗字も知らなかった。
夢から覚めた恵斗は、ゆっくりと起き上がった。
もしあの夢の少女…ベルナデットの言う通りだとすると、恵斗は4歳より前はあの世界にいたと言う事になる。
本当にそんな事が有り得るのだろうか。
目を擦りながら恵斗は下に降りた。
洗面所で顔を洗い、まだあまり覚醒しないまま歯ブラシを手に取り歯磨き粉をつける。
しゃこしゃこと歯を磨きながらふと目の前の鏡を見て、恵斗は完全に目が覚めて手を止めた。
「…は?」
口から泡立った歯磨き粉を出し、目を丸くしている姿と言ったらなんと間抜けな事か。
しかし、仕方がない。
今この瞬間、大変な事が起こっているのだ。
恵斗の髪は真っ黒な黒髪である。
いや、だった。
今鏡に映っている恵斗の髪の色は、黒色に混ざってインナーカラーを入れたかのようにところどころが緑がかった青色になっている。
「なっ…、」
試しにもう一度顔を洗って見直してみた。
しかし、やはり何度見ても変わらない
「何で…、何だこれ!」
角度を変えてもやはり同じだ。
これもあの世界に関係があるのか…!?
あの夢はやっぱりただの夢じゃないと言う事なのだろうか?
色々頭の中で考えながら髪を触っていたら、後ろから「うわあ!」と何かに驚いた声が聞こえて来た。
「恵斗にいちゃんが髪染めてるー!!」
声がした方向を見ると、同じ施設で暮らしている子どもたちが何人か洗面所の前に立っていた。
「にいちゃんが不良になっちゃった!!」
「髪があおい!!」
まずい。あまり騒がれても困る。
「いや…おいお前ら、ちょっと待て。あのな、」
「せんせー!安曇せんせー!!恵斗にいちゃんがグレたー!!」
恵斗の止める声も聞かずに、子どもの1人が施設の園長である
「ちょっ、待ってって!!」
安曇は前の園長の娘にあたる30代の若い女性だ。
元々は近くにある中学校の教師だった。
怪我をして園長を続ける事が困難になった先代の跡を継ぐために教師を辞めて、現在は園長としてここの運営をしている。
教師だった頃から施設にはよく来てくれていたので、恵斗や他の子どもたちは今でも「安曇先生」と呼んでいる。
そもそもな話をすると、恵斗は生活態度は品行方正な方なのである。
成績は学年で大体10位以内には入る。
周りの生徒とトラブルになった事もない。
ちなみに、運動に関してはからっきしダメなので論外とさせてもらう。
とにかく、不可抗力とは言えこんな髪になってしまった恵斗を見たら安曇は恵斗が非行に走ったとショックを受けるかもしれない。
「安曇先生、こっちこっち!」
どうしようかと恵斗が考えている間に、先程の子どもが安曇を連れて洗面所に歩いて来るのが見えた。
呼んでくるの早すぎないか!?
「どうしたの……、まあ!恵斗!」
恵斗の髪を見た安曇は、予想通り驚きの表情を浮かべていた。
「あ、あの…おはよう、安曇先生」
僕はひくっ、と作り笑いを浮かべてみた。
鏡を見なくても分かる。不自然の塊である。
「おはよう…、恵斗、その髪の色は…」
安曇は口を押さえて色が変わった恵斗の髪を見ている。
「ち、違う!!これにはその、深い訳が、」
困った。何と説明すればいいんだ。
恵斗は漫画のように手をあたふたさせながら狼狽えてしまっていた。
「あー!!安曇先生が泣きそう!!」
「恵斗にーちゃんいけないんだー!!」
子どもたちの言う通り、安曇は目を潤ませている。
恵斗は居た堪れない気持ちになった。
そりゃそうだ。
施設の子どもが急にグレ…いや、俺はグレていない!
そこら辺にいる普通の男子中学生が急に髪を青くなんかしたら、一体何があったのだと考えるだろう。
いつも優しい安曇の事は、子ども園の子どもたちは皆大好きだ。
もちろん恵斗だってそうである。
本当の母親のようにだって思っているのだ。
だからあまり心配はかけたくなかったと言うのに、これである。
「お前ら静かにしろよ!!!せ、先生!!!これは…、」
「違うのよ皆、ごめんなさいね。…恵斗、ちょっといいかしら」
安曇は目を拭いながら恵斗を別室に促した。
「は、はい…」
恵斗はニヤニヤする子どもたちに小声で毒づきながら、安曇先生の後について行った。
*
たくさんの古い本が本棚に立ち並ぶ、安曇の書斎。
「座って。ちょうど土曜日でよかったわ。学校に行く前だったらゆっくり話が出来ないもの」
書斎に入った恵斗は、椅子に腰掛けた。
何を言っても言い訳にしかならないと思ったが、恵斗はこの髪が決して染髪ではないと安曇に伝えておきたかった。
お茶を淹れた安曇が戻って来たところで、恵斗は意を決して口を開いた。
「あの、先生…本当にこれは染めた訳じゃ、」
「いいのよ恵斗、大丈夫。分かっているわ」
恐る恐る発した恵斗の言葉を聞いた安曇はニッコリと笑った。
「えっ…」
予想外の答えに、恵斗はそれしか声が出なかった。
「あまりにも雰囲気が似ていたから、さっきはついびっくりしたの。ごめんなさいね」
そう言った安曇は、お茶を飲んで一息ついた。
「似ているって…誰に?」
「…
羽白。
恵斗はその名前を久しぶりに聞いた。
10年前に少しだけこの施設にいた男性である。
確か安曇と同じ歳くらいだったと記憶しているが、あやふやであった。
「羽白さんに?」
短い間だけど、この施設で一緒に過ごした年上のお兄さん。
どうしてここにもいたのかも、顔も声もあまり覚えていない。
ただ、自分や他の子どもたちとよく遊んでくれた事は覚えていた。
「…そう言えばちゃんと見せた事はなかったわね。ここに写っているわ」
安曇は本棚から古いアルバムを取り出して開いて見せてくれた。
「これが羽白よ。覚えてる?」
自分や子どもたちの後ろに写る安曇の横に立っている短髪の男性。
「………、」
そうだ、この人だ。
恵斗はうっすらと羽白について思い出した。
確かにどことなく顔つきが自分と似ている気がする。
しかし問題はそこではなく、写真に写る羽白の髪の色だった。
「この色…染めてるの?」
羽白の髪の色は、緑がかった青い髪であった。
恵斗は部屋にある鏡で自分の頭部を見てみた。
やはり今の自分の髪の一部も、同じ色に染まっていた。
「信じられないかもしれないけど、生まれつきなのよ…羽白の村の人は全員同じ髪の色だって教えてくれたわ」
「……村?」
そんな突然変異を起こした村がこの世に存在するのか?
そう考えていた恵斗は、ベルナデットが言っていた言葉を思い出した。
『安曇先生に聞いてみなさい。あなたがここに来た時の事を』
ベルナデットの声が頭で木霊する。
「……………」
「羽白がね、ここからいなくなる時に言っていたの」
恵斗はハッとして安曇を見た。
「『恵斗が全てを思い出したら、自分と同じ髪の色になるだろう』って」
「…何で、何で羽白さんがそんな事、」
羽白がなぜそんな事を言うのか。
そもそも、なぜ羽白と恵斗の顔つきが似ていて髪の色まで同じなのか。
「…羽白さんは、俺にとって何なの?」
「それを話すと長くなるわ。…まず言うと、ここにあなたを連れて来たのは羽白なの」
「………!」
羽白の村の人は全員髪が緑がかった青色であると先程聞いた。
だとしたら。
羽白と同じ髪の色になりかかっている恵斗も、同じ村の人間、と言う事なのだろうか。
「…………」
恵斗はまだ何も思い出せていない。
けど、顔つきが似ているのであれば羽白と恵斗は血が繋がっている可能性がある。
まさか、羽白が自分の父親なのか?
恵斗は写真に写る羽白をもう一度見た。
「恵斗も14歳だものね。そろそろ話す時が来たようね…あなたがいた世界と、ここに来た時の事について」
安曇先生の言葉を聞いた恵斗は、写真を持ったままとうとう声が出ずに固まってしまった。
『今は夢だけど、いつか現実になる』
頭の中で再びベルナデットの言っていた言葉が木霊していた。
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