第四十五話

【第四十五話】


『ランキングの発表は以上だ!サクラジェムを持っている全てのプレイヤーはランクインしているから、後でウェブサイト上に掲載されるランキングを要チェックしてくれ!』


 第二回公式イベント『サクラ個体とサクラジェムで春満開!』の目玉とも言える、サクラジェム取得個数のランキング。


 俺は数多のプレイヤーを押しのけ、見事一位を勝ち取ることができた。


「どうした?祝ってくれないのか?」


 それはいいんだが、周りのプレイヤーたちは不服なようだ。


 笑顔を隠し切れずに立ち上がった俺は周囲を見ると、全員が詐欺師を見るような胡散臭い目つきで睨み返してくる。


「……」


 おかしい、俺は勝ったんだぞ。


 ここは、胴上げでもして俺の1位を祝福するべきだろう。


『なに、もう時間がない!?諸君らすまない!今回の配信はこれにて終了とさせて頂く!あと、ランキングの報酬はメニュー画面から受け取れる。受け取りの締め切りはないから、時間のあるときにもらっておいてくれ』


 もはや俺以外、誰も白峰社長の言うことを聞いていなかった。


「ほら、少し重いかもしれないが、全員でかかればいけるだろ」


 俺はそう言うなり、両腕を上げてウェルカムのポーズをする。


 しかし、苦楽を分かち合ったゲーマー仲間のはずの彼ら彼女らは微動だにしない。


 全員石像にされたみたいに、強張った顔で見つめてくるだけだ。


「………を使った?」


「なんだ、3位?1位にもよく聞こえるように言ってくれ」


「どんな卑怯な手を使った!!お前が1位のはずがないだろう!!」


 3位改め『魔王』が言い放ったのは、おそらくこの場の皆が薄々思っていたことだった。


 なぜ、トーマが1位?


 777個もの『サクラジェム』なんて、手に入れられるはずがない!


 きっと、そのような感想を抱いていることだろう。


『それと、サクラジェムを交換して限定アイテムを買えるショップもこの後追加されるから、メニュー画面からチェックしてくれ!こちらは期間限定となっているから、忘れないでほしい』


 お、ショップも予定通り追加されるようだな。


 後で覗いてみることにしよう。


「卑怯な手?俺はただ、チームで協力しただけだ。【検証組】と『フロンティア』で活動するプレイヤーたちに協力してもらったんだよ」


「【検証組】と?」


「『フロンティア』?」


 俺の端的な解答に、グレープとハッパが言葉を漏らす。


 よく分かってなさそうだな。無理もない。


 グレープは俺と別行動の時間が長かったから、俺がシークさんたちと協力関係にあることを知らないんだろう。


 それに、ハッパは主にユルルンで活動している。『フロンティア』がどういうものか分からないのも普通だ。


「エリクシルのダンジョン『大図書館地下』をクリアしたときに恩を売ることができてな。それで【検証組】とパイプができたんだ。あと『フロンティア』っていうのはOSOの専門用語で、攻略最前線のフィールドって意味だ」


「へえ、【検証組】の人たちと…」


「そうなの?楽しそうだね、『フロンティア』!」


 とりあえず、二人には納得してもらったようだ。


 今は他の人もいるから、詳しいフォローは後でしておくか。


『それでは、次回のイベントで会おう!またなっ!』


 あ、配信が終わった。


 紹介することが多かったし、今回は少し長めだったか?


「でもさ、彼らと協力したとしても777個は多くない?空き巣の件でトーマは、『サクラジェム』を一個も持ってなかったでしょ?」


「確かにそうだな。接収後に俺も確認したが、すっからかんだったぞ」


 グレープとハッパを大人しくさせたと思ったら、今度はニヒルとYが参戦してきた。


 空き巣の件とは、俺がナナと共謀して方々のクランハウスに侵入し、『サクラジェム』を奪った事件のことだ。


 あれで数百個のジェムが手に入る予定だったのだが、いいところでナナとファーストに裏切られた。


 しかもその後、Yたちに犯人とバレて散々リスキルされ、所有していたジェムを全て没収されるという始末。


 つまるところジェムを増やすつもりが、逆に全部失ったわけだ。それもイベントの折り返しの大事なときに。


「ああ、それは事実だ。あのとき、俺が持っていた『サクラジェム』は0個だった。だが、別のプレイヤーが持っていたとしたら話は別だろう」


「それが【検証組】と、『フロンティア』の面々だったと?」


 『サクラジェム空き巣事件』の後、幾度となく俺を葬ったガイアが訝し気に聞いてくる。


「そうだ。正確には金庫番をしてくれたのが【検証組】で、『サクラジェム』をくれたのが『フロンティア』のプレイヤーたちだな」


「なるほど、『大図書館地下』の十階か!」


 同じく、俺殺戮マシーンのアカネが正解を導き出す。


「そうだ。あそこには、無限に広がる空間がある。それを倉庫として使わせてもらい、『フロンティア』の攻略勢からもらったジェムを保管していた」


 元々、ダンジョンだった『大図書館地下』を開放したのは俺だ。


 少し頼めば、シークさんも快く応じてくれた。


「じゃあ、『フロンティア』のプレイヤーたちはどうやって懐柔したの?言っちゃあなんだけど、あそこの人たちが素直に協力してくれるとは思えないんだけど」


「俺もそう思う。あいつらは俺以上に戦闘狂の節がある」


 今度は、アールとマスターさんが尋ねてくる。


 二人は、現在『フロンティア』にこもってるプレイヤーとパーティを組んだ経験があるから、他の人より事情に詳しいんだろうな。


「それは、【検証組】にお願いした。最新の検証結果と引き換えに、『サクラジェム』を譲ってもらったんだ」


「なるほど。彼らは攻略に熱心で、イベントに関心がないと読んだんだね?」


「ああ。最前線で活躍するくらいだ。ランキングの上位を目指したり、限定品を手に入れるよりかは、『サクラ個体』と戦うこと自体の方が楽しいんじゃないかと思ってな」


「それに、戦闘回数が多いあいつらなら『サクラジェム』の取得個数も多い、か」


「そうです。それも狙っていました」


 俺は順序立てて説明し、二人の疑問を解消する。


「それでは、人ゴブ戦争に参加したのはブラフだったんですか?初めからゴブリンの侵攻を食い止めるつもりはなかったと?」


「そうなのか、トーマ?」


 お次は、シャボンとロボーグが痛いところを突いてきた。


 付き合いが多くなって最近分かったが、ロボーグは女性に甘い。


 特に、儚げなキャラメイクをしたシャボンにはデレデレで、ほぼ言いなりになっている。


「そんなことはない、本気だった。ただ、裏でジェムを集めていたことを隠す目的もあったというだけで、やる気がなかったわけじゃない。事実、俺とセツナはゴブリンの街に到達したし、ゴブリンの親玉である『ゴブリン・キング』とも戦った。勝てなかったが」


「トーマの言ってることは本当だよ。私が証人だ」


 俺が適当に言い訳していると、狙いは分からないがセツナが援護してくれる。


 俺にとって、【検証組】と『フロンティア』のプレイヤーたちの協力を仰ぐというのは裏ミッションだった。


 誰にもばれないようにことを運び、窓口であるシークさんとの接触も必要最低限に抑える。


 そうした意味では、派手で目立つ人ゴブ戦争は良い囮だった。もちろん、失った名誉を回復する意図もあったが。


「そうだったんですか…。とてもじゃないですが、人ゴブ戦争のトーマさんが真面目すぎたもので…」


「そうなのか、トーマ?」


「真面目というか、少し真剣だっただけだ」


 シャボンがさらっと失礼なことを言い、ロボーグが見た目通り機械的に問い質してくる。


 ロボーグはどうでもいいが、シャボンは油断ならないプレイヤーの一人だ。


 聞くところによると、彼女は頭が足りないガイアに代わって【知識の探究者】のブレインを担っているらしい。


 あのクランはトップのアールが頭の切れる存在として有名だが、俺としてはシャボンの方が脅威だと思う。


 なにせ、今のように遠慮がないからな。いつどこで俺の嘘を指摘されるか、全くもって予測できない。


「というわけで『魔王』。俺の勝ちだ」


「くっ…!」


 説明する過程で、俺がやってきたことをここの全員に理解してもらえただろう。


 これで俺にランキングの勝負をしかけてきた『魔王』も、負けを認めざるを得ないはず。


「『四天王』と、スキルで使役した魔物だけでは及ばなかったみたいだな」


「なにを勘違いしている。俺は、俺の力だけで『サクラジェム』を集めた」


「そうなのか?」


 少し面食らってしまい、俺もロボーグみたいになってしまった。


「そうだ。『四天王』のやつらは持ち場を離れたり、サボったり、挙句の果てには他のやつにジェムを譲ったりしてたからな。例えば、『爆破の魔女』に」


「ぎくうっ!」


 いきなり二つ名を呼ばれ、分かりやすく飛び上がったハッパ。


 ああ、そうか。


 ハッパは『四天王』のリーパーと仲が良かったな。


「バレてないつもりだったか?全て知っているぞ」 


「い、いやあ。ウチは遠慮したんだけどねえ。リーパーが『魔王』…様にやるくらいならあげるって言って、押しつけてきたというか…」


「おい、そこまでは知らなかったぞ。よりによって、本人に言っていいセリフじゃないだろうが」


 数秒のやり取りでハッパの恐ろしさを悟った『魔王』は、なぜか俺を睨みながら言ってきた。


 まるで、教育していない俺が悪いかのような言い草だ。


「まあいい。プレイヤーたちの駆け引きこそ、イベントの醍醐味だからな」


「そ、そうだよね!分かってもらえてよかったよ、『魔王』様!」


「あいつは社交辞令も知らないのか?」


「ハッパにはそんなもの必要ないからな。気に入らなかったら爆発させればいいし」


「…ぶっ飛んでるね」


 傍で聞いていたセツナも理解してくれたようだ。


 理解が早くて助かる。


「ええと、いいかい。配信も終わったことだし、ぼちぼち解散にしない?ランキング報酬やショップを見たい人もいるだろう」


 なんてベラベラ喋ってる内に、アールが音頭を取る。


「すまない、気を遣わせたな」


「いいよいいよ。積もる話もあるでしょ?適当に締めとくから、『魔王』と話しといていいよ」


 家主の俺が頭を下げると、アールはなんでもないことかのように流してくれた。


 『ダンジョンジェム』の存在を無断で暴露した件で不信を買ったと思っていたが、なんだかんだ彼は俺に優しくしてくれている。


 懐が広いな。


 いや、すでに諦められてるだけかもしれないか。


「というわけで、解散!ランクインした人も惜しかった人もお疲れ様!今日もOSOを遊び尽くすよ!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 アールが声を張り上げて総括すると、全員が元気よく合図した。


 流石は、大規模クランのリーダーを務めるだけある。飲み会の幹事に欲しいタイプだ。


「いやあ、ハッパやったな!」


「へへーん、少しは見直した!?」


「俺たちも頑張ったが、『爆破の』は越えられなかったな。ま、次のイベントで追い抜けばいいか」


「ええ?言うねえ、Y!ウチの進化は誰にも止められないよ!」


「ちょっと待った!俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」


 集会が終わるや否や、すっくと立ち上がって談笑しながら廊下に出ていくグレープ、ハッパ、Y。


 Yはともかく、ソロのグレープとハッパは予定があるのか?


 もうイベントは終わったんだぞ。


「私たちのクランは…、11位か。惜しいなあ」


「しょうがないよ。僕たちは他クランのプレイヤーとパーティを組まないといけないからね。まともな前衛職がいないし」


「うちは魔法使いしかいないですから、当然と言えば当然ですよ。色んなプレイヤーさんから重宝されるという強みがありますが、こういうイベントには弱いです。今後の課題ですね」


「なるほど。パーティで『サクラ個体』を狩ったら、獲得した『サクラジェム』を分配しないといけない。だから、よその人との混成パーティだと獲得量が少なくなってしまうというわけか!そこに気づくとは、やはりシャボンは偉いな、よしよし」


「ちょっと、子どもじゃないんですから撫でないでください!それより、こんなことも分かってなかったんですか、ガイアさん。サブマスターとしてどうかと思いますけど…」


「…泣いていいか?」


「はいはい。泣いても喚いてもいいから、とりあえず外に出よう?」


 スイッチが切れて内輪ムードに入ったガイア、シャボン、アールの三人も、仲良く話しながら俺の前を通り過ぎていく。


 やはり、シャボンは頭が切れる。それに引き換え、ガイアは…。


 まあそれはいいとして、ここでOSOに存在するクランについて説明しよう。


 OSOのクランは一般的に、戦闘職、生産職ともに欠点を補い合えるような人員を結集することで、戦闘と生産の効率を高めるのがメジャーだ。


 が、中には色物クランもある。


 その最たる例が【知識の探究者】だ。


 アールをクランマスター、ガイアをサブマスターとするこのクランは、構成員が全て魔法使い。


 いや正確には、魔法系のスキルを扱うプレイヤー、だな。


 アールのお触れで、新しくクランに加入する人は魔法系スキルを持つプレイヤー限定と明言されている。


 なぜこんな条件を設けたかというと、彼いわく『仕様は一人一人違えど、魔法の知識と経験を共有できるし、パーティにおける魔法使いの需要は依然として高いから、縛っても問題ないと思った』かららしい。


 と、説明はこれくらいにして…。


 皆待ってくれ。


「アカネも善戦したな。『螺旋の塔』での活躍、俺たちも聞いたぞ」


「そ、それはありがとうございます。マスター様に褒めて頂けるとは光栄です」


「ははは、アカネちゃんは律儀だな。マスターも俺やアカネちゃんと同じく、ただの一プレイヤーだぞ」


「ロボーグ殿、そう申されましても。マスター様は『始まりの街』を救った英雄であり、私の目標ですから」


「俺としては、変に気を遣われるのは苦手なんだが…」


「そうですか?いや、しかし…」


「今までやってきた仲だろ、変にかしこまらなくていいんだよ。ほれ言ってみ、マスターって?」


「マスター、…どの」


「余計な一言がついていたなあ?」


「マスター…どの」


「俺はタメ口で呼んでほしい」


「……。ロボーグ殿!マスター殿!もう勘弁してください!」


 ロボーグとマスターさんがからかうと、アカネが顔を真っ赤にして和室を飛び出していった。


 その後をゆっくりと追う形で、二人も帰った。


 流石に、刀は抜かなかったか。俺がもし同じことを言っていたら、確実に両断されていたと思う。


 まあ、それはどうでもいいんだ。


 今、一番疑問なのは…。


「本当の本当に、誰も俺を祝ってくれないのか?」


「普段の行いのせいだろう」


「こればっかりは、マディウスに全面同意だね」


「1位なのに祝福されなくて草」


 悲痛な声を上げる俺に、残されたマディウスとニヒル、セツナが心ない一撃を刺すのだった。

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