第四十話

【第四十話】


 サイド:ロボーグ


「ちくしょうっ!」


 俺、ロボーグは苦い顔をして吐き捨てる。


 ゴブリンの戦線から逃れた俺たちを絡め取るため、『悪魔』を各所に配置。


 それがプレイヤーにばれ、いざ接敵したら、そのプレイヤーに相性の良いアイテム・武器を取り出して応戦。


 そして他のプレイヤーが来るまで粘り、追い詰められたら自刃して異次元空間の中身を全て吐き出し、さらに戦場を攪乱させる。


 なにもかも、あの男の思い通りじゃねえか。


 全部、やつの手のひらの上だったってことか!


「ガイア、アカネ!はやくっ!」


「ああ…」


「仕方がないか…」


 俺とアールを置いて逃げ出すことに対し、二人(とガイアの岩の鎧の上に背負わされてグロッキー状態のシャボンちゃん)は名残惜しそうにしていたが、アールに言われて踏ん切りがついたようだ。


 こちらを気にすることなく、一息に走り去っていった。


「ロボーグっ、来るよ!」


 暴走した裂け目を挟んだ向こう側から、アールの声が聞こえてきた。


 彼は魔法を使うから、本当は俺が前衛に立つべきなんだが、位置が悪くてそれはできない。


 というか、もう来ちまう!


「おうっ!」


 俺が大きく返事すると同時に、黒い裂け目が蠢いた。


 真っ先に黒い穴から飛び出したのは、白いなにかだった。


 獣の形をした魔物だ。それほど大きくない。


 といっても、これはOSOの基準であって、リアルで見る動物よりかは一回りでかいがな。


 とにかく、そいつはすぐに着地すると、俺に向かって突っ込んできた。


「ぐあああっ!」


「ロボーグ!」


 ものすごい勢いでやってきた魔物は、長い歯を俺の右肩に食い込ませる。


 思わず、情けない声が出てしまった。


「大丈夫だ、アール…!」


 それにしても、なんて力だ!


 貧弱な人間ボディだったら、一瞬で噛みちぎられていただろう。


「それより、自分の心配を…」


 俺はいつものように、アールに軽口を叩く。


 上半身にものすごい衝撃が襲ってくるが、問題ない。


 この体なら耐えられる。


 あのグレネードの効果はとっくに切れているし、特殊な金属でできた装甲で全身を覆っているからな。


「くそっ…」


 しかし、あの男を探すために、望遠用の目をつけたままだったのが災いした。


 これでは、近くで素早く動き回るものを捉えることが至難の業だ。


 かろうじて分かるのは、鋭く長い前歯と大きな耳。それに、白色の体毛だ。


 ん、待てよ?


 大抵の魔物は、リアルに存在する生き物をモチーフにしてデザインされている。


 となると、目の前のこいつにも、題材となる生き物がいる。


 先に挙げた特徴を持つ、現実の生き物といえば…。


 ネズミか!


「せめてチューって鳴けっ!速すぎて分かんねえよ!」


 俺は言いながら、左腕を引きつつ右肩を前に張って、かじりついているネズミの頭を固定。


 そして、左右の肩を入れ違うようにして手前に引き寄せ、左腕のブレードを横に振る。


「……っ、がっ!」


 振ったが、当たらない。


 こいつ、速すぎるだろ!


 標的を捉えるために俺が右肩を引いた瞬間、後ろ足で蹴り飛ばして横を走り過ぎていきやがった。

 

 車並みのでかさでありながら、至近距離からの一撃を避けるほどの俊敏さ。


 間違いなく猛者だ。俺が今まで出会ってきた魔物の中で、最も強い一体と言っても過言ではないだろう。


 まあ、俺は人ゴブ戦争しかしてこなかったから、猛者のハードルが低いだけかもしれないがな。


「って…、うおっ!」


 俺を意に介さず、走り去っていくネズミを流し見た後。


 視線を前に戻すと、驚愕の光景が広がっていた。


「これは、とんでもないことになるぞ…!」


 情報量が多すぎる。


 まず俺の左では、バカでかいウマがこれまた猛スピードで大地を駆けている。


 ウマはネズミの数倍の大きさ。色はブラウン。たてがみと尻尾、ひづめが黒色をしている。


 その奥、アールの近くでは大蛇が蠢いている。


 あれも非常識なサイズで、もはや小川と言ってもいいくらいの大きさだ。色は薄い緑で、これといった柄は確認できない。


 そしてアールが相対しているのが、ビッグサイズの…ニワトリか、あれ?


 裂け目で隠れているものの、望遠レンズのおかげで白い羽と赤いトサカがよく見える。


 さらに、俺から見て二時の方向にいるのは…。


「おいおいおい!まだ出てくんのかよ!」


 今俺が説明してるだろうが!少しは空気読め!


 裂け目の勢いは留まることを知らず、今度はバカでかいウシとトラを吐き出した。


 もう余裕がないから色々と端折るが、二時の方向にでかくて茶色いサル、三時の方向にでかい柴犬がいて…。


 おおよそ五時の方向に、もこもこのでかいヒツジが体を揺らして行進中。


 さらに俺に向かって、でかいイノシシが突進してきているというわけだ。


 ………。


 って、それはやばいだろっ!


「ブキィィィィッ!!」


「くそっ!」

 

 急いで脚部のジェットエンジンを噴射し、すれすれで二本の牙をかわす。


 俺は空気のしなる音を耳元で聞くと同時に、巨大イノシシとすれ違った。


「あっぶねえ…」


 それにしてもこの魔物たち、というかバリエーション、どこかで見たことがある気がする。

 

 だが、思い出せない。


 …思い出せないならいいか。後回しにしよう。


 今は、裂け目に注意を払わなければならない。


 黒い穴をくぐり、次に現れたのは…。


 まずい!

 

「アーーーールううううっ!」


「ちょっと無理っ!今、手が離せなくて!」


 少しぼやけちゃいるが、間違いない。


 アリだ!


 アリの大群が、裂け目からわらわらと這い出てるっ!


 きもいっ!俺は虫が苦手なんだよ!


「緊急事態だ!取り込み中でもトリ込み中でもいいから、裂け目を見てくれっ!」


「『ファイア・プロミネンス』!…って、アリかい?まずいね」


 くちばしの猛攻を避け続け、わずかな隙を突いて魔法を撃つアール。


 燃え盛る炎でトサカが焼き尽くされ、ニワトリは大慌てで走り去った。


 目の前から敵がいなくなり、改めて前を見た彼は静かに驚く。


 お前はアリ、大丈夫なんだな。


 って、そんなこと思ってる場合じゃない! 


「逃げるぞっ!」


「うん!」


 俺はアールと息を合わせ、裂け目から距離を取るように駆け出す。 


 ネズミもイノシシも、ウマもヘビもサルもイヌもヒツジも、一番近くにいた俺たちと戦おうとしなかったのは、あのアリたちを恐れていたからか!


「よりによって、なんでアリなんだよ!」 


 アリへの恐怖からか、つい憎々しげな言葉が漏れてしまう。


 裂け目から少しでも距離を取るため、アールと正反対の方向に走っている。


 お互い孤立してしまうが、致し方ない。


「それにしても…」


 OSOでアリの魔物なんて見たことがない。だから、あのアリの魔物の名前も分からない。


 しかし、裂け目から際限なく湧き出ている現状を見れば、やばいということは分かる。


 さっきは女性陣を勇気づける手前、かっこよく殿を務める宣言をしたが…。


 悪い、これ以上は無理だ。


「うええっ!」


 走りつつ、悲痛な声を上げる。


 ちらりと後ろを見たのがまずかった。


 ネズミの魔物並みに大きなアリが何匹も、手近のウシとトラに群がってやがる。


「…アリも他の魔物を襲うんだな」


 足を止めずに考える。


 これは普段から戦争に参加しているプレイヤーにしか分からないだろうが、ゴブリン領との境界線付近であっても、普通の魔物は湧く。


 なんの変哲もない、平原にいるような魔物がな。


 そして、ゴブリンはそれらの魔物と敵対しているようで、付近にいる魔物を狩って素材や食料を得るという習性をもつことが分かっている。

 

 ちょくちょく会う【検証組】のやつに教えたら驚いていたから珍しい生態だと思っていたが、どうやら違うようだ。


「しかし、何匹いやがるんだ?」


 ウシとトラという大きな獲物が二体いるためか勢いはそれほどではないが、黒の絨毯は四方八方に広がっている。


 まさか、このまま『始まりの街』まで進軍してこないよな?


「……さあんっ」


 ん、なにか聞こえたような? 


 左右を確認するが、誰もいない。


 立ち止まって耳を澄ませたいところだが、それはできない。


 そんなことをすれば、たちまちアリの餌食になっちまう。


「…ーグさあんっ」


 いや、気のせいじゃない。俺を呼ぶ声がする。


 女性の声のようだが、声量が小さく、誰の声か判別することができない。


 近くにいないとすると、俺の目に映らないほど遠くから呼びかけているのか?


 いや、それはない。


 この望遠用の目は、遠くのものを見ることに限っては優秀だからだ。


「…うえです、うえっ!」


 うえ…。上か!


 声に従って急いで見上げると、俺のほぼ真上に大きなシャボン玉があった。中には一人のプレイヤーが入っている。


 って、シャボンちゃん!?


 ガイアちゃんたちと一緒に逃げたんじゃなかったのか!?


「どうして、ここにいるんだ!?」


 向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も届くはず。


 俺は走るスピードを落とさないようにブレードを振りながら、大声で呼びかける。 


「実は、アイテムを渡しに戻ってきたんです!」


 彼女も手を振り返し、返事してくれた。


 それにしても、アイテム?


 シャボンちゃんが無理をして一人で来たってことは、この状況で必要なものってことだよな。


 そう考えると、アリを倒す、もしくは撃退するアイテムか?


 いや、そんなの聞いたこともない。


 第一、アリの数は百や二百ではない。あのあふれ方だと、下手すりゃ千匹以上いるかもしれない。


 それほど多くの魔物に効果を及ぼすアイテムなんて、俺が知る限りでは存在しない。


「これ、落とします!」


 俺が考えている間に、シャボンちゃんはインベントリからなにかを取り出したようだ。


 とても小さいが、望遠用のレンズを装着している俺には見える。


 赤い、石か?


 見たことがないアイテムだ。『スキルジェム』と形が似ているが、色が真っ赤だから別物だろう。


「いきますよっ!真下に落としますっ!」


「お、おう!任せとけ!」


 そのアイテムがなんなのか分からないまま受け取るのは怖いが、彼女は急いでいる。


 のこのこしてたらアリに追いつかれるし、先に受け取って、後からアイテムの効果を聞けばいいか。


「せーっ!のっ!…それっ!」


 シャボンちゃんは独特なかけ声を出した後、赤い小石をシャボンの膜に押しつけた。


 小石は抵抗なく膜を通過し、すぐにシャボンの外へ出た。


 そして、重力に従って青い空の中を落ちていく。


「くっ、間に合え…!」


 安請け合いしたが、落下地点はだいぶ前の方だ。


 もっと速く走らないと、キャッチできない。


 いや、タイミングよくキャッチできなくてもいいんだが、地面に落ちた衝撃で壊れるアイテムもあるから、可能ならキャッチしたい。


 運良く壊れなかったとしても、ちっこい石という形状のせいでコロコロと転がっていくだろうから、それはそれで拾うのがめんどくさい。


「『パーツ脱離』っ!右腕っ!」


 俺は少しでも軽量化するため、右腕の砲身を外す。


 スキル【機械の体】の強みは、カスタム性の高いパーツを自由に着脱できる点にある。


 だが、もちろん難点もある。


 それが、重量だ。


 体の素体となるフレームパーツの種類にもよるんだが、基本的には全装備の合計重量が重くなるにつれて動きが鈍くなっていき、一定以上になると動けなくなってしまう。


 そのため、各パーツの重量を考慮して、その日の装備を選ぶ必要がある。


 とまあ、俺も色々考えてたんだが、砲身のパーツはかなり重くてな。


 こいつのおかげで高火力の遠距離攻撃ができていたが、デフォルト移動速度が低下していた。


 だから、外した。

 

 これでもっと速く走れる。


「っとおっ…」


「大丈夫ですかっ!?」


 右腕がなくなり、バランス感覚が狂った。


 戦闘中に、というかフィールド上でパーツを換装する機会が滅多にないから、危うく転びそうになる。


 が、全く問題ない。


 俺はすぐに体勢を立て直し、前へ駆け出す。


 ついでに左腕のブレードを真上に上げて、シャボンちゃんに問題ないというメッセージを送っておく。


「こいっ!…っし……おりゃああああっ!」


 早速新しい右腕をはめ、走るペースを上げる。


 備えあれば憂いなし。


 こんなときのために、俺は予備のパーツを持ってきている。  


 さっきまでの俺の両腕は、右腕が砲身、左腕がブレードなわけで、この両腕だとものを掴むことができない。


 だから、人間の腕を模したパーツを用意していたってだけだ。


「うっ…」


 おニューの右腕を伸ばすが、間に合いそうもない。


 こうなったら、両足のジェットエンジンを使うしかないか。 


「…りゃあああああっ!」


 エンジン点火!


 ゴオオオッと音を立て、対象に向かって急加速する俺。


 もう、少し!


 あと一メートル。


 五十センチ。


 十センチ。


 一センチ。

 

 一ミリ。


「よしっ!」


 メカニックな指が、血のように赤い石の表面に触れた。


 俺はすぐさま手を開き、手のひら全体で受け止める。


 と同時に、エンジンをオフにして減速する。


「くっ!がっ、はあっ!」


 無理に急停止したため、地面にぶつかりながら転がる。


 この小石じゃなくて、俺がゴロゴロ転がってどうすんだよ。


「まあ、いいか…」


 だが、おかげで石は傷一つない。


 無事、アイテムの受け渡しに成功したようだ。


 それで、これをどうするんだ?


「で、これはなんてアイテムだ!?どうやって使えばいい!?」


 俺は再びアリから逃げるため走り出しながら、真上に漂っているシャボンちゃんに尋ねる。


 右手に握っている小石は、やはり俺の知らないアイテムだ。


 これがたとえ希少なものであっても、使い方が分からねばどうすることもできない。


「それは、『ダンジョンジェム』って言います!『スキルジェム』と似たような使い方をすることで、ダンジョンを生み出せるんです!」


 え、なんだそれ?


 『スキルジェム』のように使うってことは、俺が飲み込めばいいのか?でも、それでダンジョンができるってどういうことだ? 


 まさか俺がダンジョンの一部になるとか、そんなグロいことにはならないよな!?


「分からんっ!もう少し詳しく教えてくれ!」


「了解です!この『ダンジョンジェム』は『スキルジェム』と違って、魔物に飲み込ませるためのアイテムなんです!」


 魔物に?


「魔物に与えるとですね、その魔物をダンジョンボスとして、与えた地点をボス部屋とするダンジョンができるんです!」


 なんだと!?


 それじゃあ、プレイヤーがダンジョンを作れるということか!


 どうりで、聞いたことも見たこともないはずだ。


 攻略情報には疎い方だが、とても貴重なアイテムなんだろうな、こいつは。


 いまいち使い所には困るが、とてつもない効果を秘めたアイテムなわけだからな。


「よく分かった!だが、これで一体なにをすればいい!?」


「ゴブリンたちが多すぎて、侵攻を食い止められないときに使う最終手段だと、アールさんに言われて渡されました!」

 

「最終手段っ!?」


 シャボンちゃんの簡潔な説明に、俺はオウム返しをしてしまう。


 どうも分からない。ダンジョンを作ることと、ゴブリンの侵攻を食い止めることが結びつかない。


「つまりダンジョンを作ることで、大量の魔物を中に閉じ込められるんじゃないかってことです!!」


 魔物を閉じ込める?


 分かるような、分からないような。


 ダンジョンに入ったことがないから、仕様が分からないんだよな。


 もう少し説明してほしい。


「まだ未検証なんですが、ダンジョンができるとき、ダンジョンボスを中心とした一定範囲内を要して、ダンジョンが形成されると考えられているんです!」


 仮説であるという前提からは目を逸らしておくが、ようやく分かってきたぞ。


「そしてこれも憶測ですが、そのとき周囲にいる魔物たちは、巻き込まれる形でダンジョン内に閉じ込められるとみています!」


 なるほど。


「だから大量のゴブリンを閉じ込めることで、一時的に侵攻をしのげるんじゃないかとアールさんは言ってました!」


 よし…、大体理解した。


 まとめると、シャボンちゃん(とアール)が言いたいのは、魔物のトラップのことだな。

 

 トラップというのは、罠と言い換えてもいいが、ここでは捕集するとか捕まえるという意味の方が近い。


 あまりメジャーな言葉ではないが、タンクの能力ではなく、アイテムや魔法、スキルなどの効果でモブを集めたり、一か所にとどまらせることを指す。


 めちゃくちゃ簡単に言うと、足止めだ。


 大量のゴブリンが集まった状態で『ダンジョンジェム』を使えば、効率よく足止めできるのではないか。


 二人は、そう考えていたわけか。 


 だが残念ながら今の状況は、アールが想定していた状況とは微妙に違う。


 違うんだが、なんとなく、シャボンちゃんが俺にやってほしいことがなんなのか、分かってしまうのがたまらなく嫌だ。


 頼む!外れててくれよ!


「要はこの『ダンジョンジェム』を、アリに使うってことでいいのか!?」


「はいっ!!」


 念のため聞いてみると、清々しいほどの良い返事が返ってきた。


 ちくしょう!大当たりじゃねえか!


 また、アリを視界にいれなきゃいけないのか!


「アリに使ってほしいというのは、私の独断です!高速飛行ができる、ロボーグさんなら可能だと思ったんです!」


 そ、そうか…。


 つまり、裂け目が暴走したから、アールから『ダンジョンジェム』の使用を許可されたわけではない、ということなんだな?


 これは、失敗すると大変なことになるぞ。


 アールの怒ったところは見たことがないが、あの優男になにをされるか分かったもんじゃない。 


 って…。


「高速飛行をしてほしいってことは、なるべく裂け目の近くのアリに食わせろってことか!?」


「いえ、違います!」


「え!?それじゃあなんで…?」


「女王アリに食べさせてください!その方がより効果的だと思いますので!」


 おい!


 簡単に言ってくれるな!


「よろしくお願いします!上から見てるので分かるんですけど、このままだと『始まりの街』が危ないです!やばい数のアリです!地面いっぱい、アリだらけですっ!」


 シャボンちゃんは両腕を広げながら熱弁してくれる。


 なんか、かわいらしいな。ほっこりする。


 …いやいや、今は余計なことを考えている場合じゃない。


 彼女がそこまで言うということは、本当にやばいのだろう。


「ロボーグさんっお願いします!やってくれませんか!?」


「安心しろ!最初から断るつもりはなかった、俺に任せとけ!」


 シャボンちゃんの頼みに、俺はサムズアップで返した。


 本当は、すごく気分が悪い。


 今すぐにでも逃げ出したいところだが、プレイヤーの未来がかかってるとなったら話は別だ。


「あ、ありがとうございます!」 


 彼女は深くお辞儀をした。何度も何度も。


 なんて律儀な人だろうか。


 ぜひ、【英雄の戦禍】の女性陣にも見習ってもらいたい。 


「でもまあ、いいか…」


 魔物と戦うのが面白くて、βテストからずっとゴブリンを倒して遊んできたが…。


 たまには人のために命を懸けるのも、悪くはないな。



 ※※※



 シャボンちゃんと別れてから、数分後。


 ジェットエンジンを駆使してアリどもの上を飛び回り、なんとか裂け目付近の上空まで来た。


「くっ…、あまり高度を維持できないか」


 『ダンジョンジェム』をキャッチするときに消費しすぎた。燃料の残りが少ない。


 今ガス欠で落下すれば、一巻の終わりだ。あまり無茶はできない。


 が、あそこ…。


「でかすぎるし、キモすぎるな!」


 数百メートル前方の地面。


 そこでふんぞり返っている女王アリのところまで行くには、ある程度の無茶が必要だ。


「…ッ、……ゥッ、…ッ」


 アリの女王は大きな腹を蠢かせ、今もなお一般アリの卵を産み続ける。


 そのため、元々異次元空間に収まっていた分と含め、加速度的にアリの数が増えている。


 それに…。


 いや、詳細な説明は避けよう。これ以上は精神が保たない。


 やるか、やられるか。


 今はそれだけを考えることにする。


 やれるか、俺?  


「もちろんっ!」


 俺は自分を勇気づける。


 そして右手の『ダンジョンジェム』を力強く握り、控えめな速度で前進していく。


 女王アリ自体にかなりの量のアリが群がっているため、近づくことすら困難だ。


 まるで黒い布で覆われたように姿が隠されているが、ちょうどいい目印があるから問題ない。


「あの二体の、間だったよな…」


 ウシとトラの魔物だ。


 どちらの魔物もバカでかい。


 女王の右側にいるトラは、高さも幅も桁違いに大きく、せわしなく動き回ってアリたちを蹴散らしている。


 黒い尖兵たちは、黄色と白で彩られた四本の足に縋りつくので精いっぱいのようだ。


 一方、女王の左側にいるウシは、白地に黒の模様が入った馴染み深いデザインをしているが、その大きさは半端ない。


 恐らく数百匹に足から胴体、首筋にかけてまとわりつかれているが、未だ倒れない。


「まさしく規格外の魔物…。OSOの世界も広いな」


 俺は空を駆けながら、戦況を分析する。


 全く、この動物モチーフの魔物たちはなんなんだ?


 この辺りの魔物とは別格の強さを誇っているが、あの謎の男はどこで拾ってきた?


「ッ、モオオオオオオッッッッ!!!!」


「ぐうっ!……なんだ!?」


 もう少しで女王の近くに着くというときに、突如大きな鳴き声が響き渡った。


 姿勢を制御できない!まさか、音響兵器か!?


 いや、違う。


 これは…。


 俺は視線を左に移す。


「オオオオオオッッッ!!!」

 

 再び音が聞こえ、急いで耳を塞ぐ。


 見えたのは、大きく口を開けたウシの魔物の姿。


 こいつが大音量で鳴いていたのか!


「はあっ!…なぜだ!?」

 

 まずい。体が上手く動かない。


 あの音が全身に響き渡ったせいか、俺の言うことを聞いてくれない!


 徐々に高度が落ちている。


 このままだと、アリに襲われ…。


「…なっ!」


 落ちることを気にするあまり、下ばかり見過ぎていた。


 いつの間にか、前方から大きく跳躍したアリが顎を目一杯開き、俺めがけて突っ込んできやがった!


「くっそっ!」


 自由が利かず、左腕のブレードが動かせない。


 肝心なところで魔物のコンビネーションにやられた。


「ぐうううっ!」


 俺はアリに噛みつかれ、両腕ごと腹の辺りを挟まれたまま地面に落下した。


「ギチッ…!ギッチッ…!」


「きっも!やめてくれえっ!」


 視界が一瞬で黒に染まる。 


 反射的に両腕で顔を覆いたくなったが、顎によってがっちりと固定されており、それもできない。


 万事休すか?


「いや、まだだ…!」


 まだ、『ダンジョンジェム』はこの手にある。


 つまり、チャンスがつぶれたわけじゃない。可能性がゼロになったわけじゃない。 


「…お?」


 俺がそう思うと同時に、体の縛りがふっと緩くなった。


 もしかして、ウシの鳴き声の影響がなくなったのか。


 どうやら、天は俺を見放さなかったみたいだな! 


「う、おおおおおおぉぉぉぉっ!!」


「………ギギギィ」


 動けるようになった俺は両腕に力を込め、万力のようなハサミから逃れようとする。


 ギギギギギと金属が食い込む音を立てながらも、確かに顎が開いている。


 目の前のアリは、無機質な目でそれを眺めているだけ。


 いいのか?


 俺の体なら、ここから女王の下まで、簡単に行けるぞ?


「うおおおおぉぉっっ!!っはあああああっ!!」


 ある程度自由になったところで腕を閉じ、前に倒れ込みながらブレードをアリの頭に突き刺す。


 そして、そのままジェットエンジンを点火。


 アリを盾にしながら、強引に前進する。


「どけええええええええっっっ!!!」

 

 周りのアリは無視して、ひたすら突き進む。


 右手を胸の前に置き、『ダンジョンジェム』を守ることも抜かりない。

 

 これなら…!

 

 これなら、いける!


 急ごしらえの出たとこ勝負だが、女王のところまで…。


「なっ!」


 快進撃は急に終わった。


 足に力が入らない。


 燃料切れ…、か。


 くそっ!ウシとトラがこんなに近くに見えるのに!


 女王まであと数十メートルだったのに、ここで終わりなのか!?


「ギチッ!ギチギチギチィッ!」


「ぐっ、ぐうううっ…!」


 俺が止まったことで、周囲のアリも集ってきた。


 『ダンジョンジェム』は死守しているが、体のあちこちに噛みついてきやがる。 


 しかもこいつら、平気で金属のフレームを歪ませてくる。


 このままだと体が保たない。


「ぐうっ…」


 アリと密着しているから、インベントリを開いてパーツを付け替えることもできない。


 今度こそ、万事休すか…。


「まだ終わってないよ!」


 そんな誰かの声が聞こえた、すぐ後。


 目を背けたくなるほどの黒の中に、なにかが光ったような気がした。


「ロボーグ、僕を忘れてない!?」


 いや、見間違いじゃない。


 波だ。


 太陽の光を受けて反射した大波が、こちらに向かって押し寄せようとしている。


「狙い通り、シャボンから受け取ったみたいだね…」


 間違いない。アールの声だ。


 だが、なぜ俺がシャボンちゃんから『ダンジョンジェム』をもらったことを知っている?


 いや、俺が戻ってきた理由から逆算して、彼女が女王アリをダンジョンボスにする作戦を立てたことを予想したのか!?


「最後の仕事はロボーグに頼んだよ。僕は、もういく」 


 大きな波は幅もさることながら、めちゃくちゃな高さをしている。


 ウシとトラの魔物も含め、全てを流し尽くすであろう威力の水魔法。


 ということは、アールはこれを撃つために過労死することを選んだのか。 


「『ウォーター・サイト”シー”イング』…」


 アールが最後に、そう呟いた。


 同時に、波がウシとトラを直撃する。


 大きなしぶきが上がり、二体とおびただしい数のアリがこちら側に流されてきた。


 …なるほどな。


 英語で観光を表すサイトシーイングと、海を表すシー。両者をかけ合わせて、海水浴の魔法ってことか?


 作った魔法の命名権はプレイヤーにあるが、いくらなんでも適当だろ!


 もっと、なんかこう、かっこいい単語があったはずだ。  


「だが、面白いっ!」


 波が、女王アリをさらった。


 大量の水と一緒に舞い上がったアリの君主が、俺と目を合わせる。


「…ッ!!」


 そうだ。


 お前は今から、ダンジョンボスになるんだよっ!!


「はあああああっ!!」


 俺は強く意気込み、全力で全身を振ってアリを払いのける。


 機械の神よ、もう一度力をくれ!


 それと、この身は海水に朽ちることになるだろうが、どうか勘弁してくれ!


「どお…、っりゃああああああっっっ!!!」  


 大きな黒い頭が目の前に迫る。


 そして俺は、アリの体を踏み台にして右腕を前に突き出す。


 女王アリの発達した顎と、俺の右手にある『ダンジョンジェム』が出会って…。


 今ここに、OSO史上初である、プレイヤーメイドのダンジョンが生まれた。

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