第三十六話
【第三十六話】
サイド:ハッパ
どうしよう?
トーマと、マスターのマスターさんが檻に閉じ込められちゃった。
プレイヤーキラーが横槍を入れてきた可能性があるから、ウチとロボーグは二人を置いて退却しちゃったよ。
むむむ…!
これは、いわゆるピンチってやつだね。
「どうする、ロボーグ?」
「そうだな…」
今は、ウチらが戦線から離脱して三十分後くらい。
やっと、戦線近くの【英雄の戦禍】のクランハウスに着いて一呼吸置けたから、リーダーのロボーグに聞いてみた。
ゴブリンと戦っているときの指示も的確だったし、この人は頼りになる。
「全隊が退いている今の状況では、ゴブリンの討伐よりPKプレイヤーを探すことに注力した方がいい。周囲を索敵して、怪しいプレイヤーを探してくれ」
「はいっ!」
元気よく返事したウチは早速、手で庇を作って遠くの方を探す。
さっきの、マスターのマスターさんのかけ声は戦場にいたほぼ全員に聞こえていたようで、戦っていたプレイヤーのほとんどがクランハウスに集まっている。
ここにいる皆はいわば、苦楽を共にした仲。
あの二人を閉じ込めるなんてこと、するわけない。
だから、犯人は違う場所、おそらく遠くのどこか目立たない場所にいると思うんだよね。
「特定の人物を檻に閉じ込める魔法系のスキルなら、術者の戦闘能力はそれほど高くないだろう。と考えると、犯人はスキルを使った後、全力で逃げると思う」
「そうだね!でも、戦闘が得意なプレイヤーと一緒に行動してるかもしれないよ」
「確かに、それも一理あるな」
ウチがパッと思いついたことを言うと、ロボーグがぐぬぬと唸った。
「これはいわば、ゴブリン側が得をする利敵行為だ。『スキルジェム盗難事件』ともなにか関連があるかもしれない」
「た、確かに!」
今度は、ウチが唸る番になった。
ロボーグもなかなかやるね。
「じゃあ、ずっと謎だった『スキルジェム盗難事件』が解決するかもしれないってことだね!」
「ああ、そうかもな」
よ~し、やる気出てきたぞ!
『スキルジェム盗難事件』は、トーマの家に押し入った【繁栄の礎】のメンバーたちによって、たくさんの『スキルジェム』が盗まれた事件だ。
実行犯たちはすぐに見つかってリスキルの罰を受けたけど、結局、盗まれたジェムがどこに行ったのかは分からずじまいだった。
でも、今日ついに、ウチとグレープが苦労して付与したジェムを盗んだ黒幕が暴かれるんだね!
「……」
って、息巻いたはいいんだけど…。
「いないね」
「…まあ、そう簡単には見つからないな」
ぐるーっと首を回して周りを探したけど、全然怪しいプレイヤーがいない。
というか、プレイヤー自体がいない。
ゴブリン領との境界付近のフィールドは平原で、視界を妨げるような木や丘なんかはほとんどない。
だから、ウチらがいる位置から遠くまで見渡せる。
見渡せるんだけど、この辺りは元々、ゴブリンと戦いに来たプレイヤーくらいしか寄りつかない不人気なフィールドだ。
そして、ゴブリンと戦いに来たプレイヤーたちのほとんどは、このクランハウスの前か中にいる。
なので、遠くの方には人っ子一人いないのも当然なのよ。
「……」
ウチはいったん索敵をやめ、顎に右手を添える。
犯人らしきプレイヤーの姿が見つからないということは、とっくのとうに逃げたのかな?
それじゃあ犯人は、トーマとマスターのマスターさんを拘束しただけ?
確かに、そうすればゴブリン側は優位になるけど、残ったウチらは退いて態勢を立て直せばいい。
だから結果として、大した損害にはならない。
となると…。
「ロボーグ。ウチの見立てだと、犯人には『二の矢』があるんじゃないかな?戦略を削いだウチらを追い詰める、なにかが」
「俺もそう思う。トーマとマスターを閉じ込める程度では、人間側は崩れないからな」
「そうだよね。…あっ!」
再び遠くを眺めながらロボーグと意見を交換していると、視界の端から一人のプレイヤーが飛び込んできた。
遠すぎて、裸眼だと見辛い。顔はよく分からないね。
見たことない男の人だ。ウチから見て、左から右に全力疾走している。
「なにか見つけたのか?」
「うん、怪しい人をね」
かと思えば、途中でピタッと立ち止まり、近くに黒い裂け目を出現させた。
あれが、あの人のスキル?とても檻には見えないけど。
裂け目はそんなに大きくない。
男の半分くらいの大きさで、紫や青の光がうねって黒へと収束しながら彼の腰くらいの位置で浮いている。
あれはまるで…、あれだ。
あれだよ。
ドキュメンタリーで、スペクタクルで、ビッグバンなやつ。
ついさっき太陽を見たから、もう少しで思い出せそう。
あれよ。
あれ、なんでも飲み込む黒いやつだよ。
黒い…、ブラック…。
「分かった!」
ウチがポンッと、拳を手のひらにぶつけたのも束の間…。
裂け目から、なにかが出てくる。
「ロボーグっ!今度はブラックホールだよ!」
そう答えて、ちらと隣を見てみる。
するとロボーグの目には、集合写真でカメラマンさんが持ってるような、長くて分厚いレンズのパーツが取り付けられている。
ははあん?
これを使ってズームし放題、覗き放題ということだね。
「あ、ああ。確かにブラックホールみたいだな。俺も捉えている」
ブラックホールから出てきたのは、真っ黒の腕。
そして、続けざまに真っ黒の脚、胴体、頭も出現した。
それは、人間を模した黒い魔物だった。
どうして?
あの魔物は、もう湧かないはずなのに。
「あれが恐らく、『二の矢』だ。前回のイベント期間限定で出現した『悪魔』に間違いない」
「だよね!?ウチの見間違いじゃなかった…!」
ロボーグがぽつりと呟いた衝撃の事実に、ウチも飛びついた。
この辺りでゴブリンと戦ってばかりいる彼でも、『悪魔』の外見を知ってるみたい。
って、今はそんなことどうでもいいか。
「ことは急を要する。俺はあの男を追うよ。どうやら、召喚できる『悪魔』は一体だけじゃないらしいしな」
言いながら、彼は右手の砲身を彼方に向かって指した。
そっちを見ると、謎の男性プレイヤーが左から右へ数百メートルくらい全力疾走、急停止、裂け目から『悪魔』を出す、といった行為を繰り返している。
裂け目から出てきた『悪魔』はじっとしていたけど、しばらくして周りをきょろきょろしながら辺りをさまよっている。
きっと、プレイヤーを探してるんだ。
「ハッパちゃんはまず、周りのプレイヤーにこのことを伝えてほしい。その後、一番近くにいる『悪魔』を任せたい。できるか?」
「もちろんっ!!」
あたぼうよ!
なんたって、ウチは…。
「【爆破の魔女】だからね!」
ドンと胸を叩いて、『任せてくれ!』のポーズをする。
「…こ、心強いな。じゃあ、頼む」
そう言うと、ロボーグは両足のジェットエンジンで空を飛び、謎の男に向かっていった。
その様子を見送ったウチは、まず何度か咳払いをする。
「ええ…、皆さん!」
そして、いきなり大きな声を出した。
「わっ!びっくりした!びっくりした!」
「お前の大声の方がびっくりするわ」
「なんだなんだ?」
なんだかんだ言いつつも、近くにいた戦友たちは注目してくれた。
「まずは、あちらをご覧ください!」
「ハッパちゃん、遠いんだわ。ご覧になれないんだわ」
「邪魔なんだよ、おめえのせいで見えねーだろうがっ!」
「おめーが邪魔だ。って、あれって…!」
「『悪魔』じゃん、一か月前の。なんであそこにいるんだ?」
ウチが『悪魔』の一匹の方を指し示すと、周りのプレイヤーたちはやいのやいのしながらも、口々に驚きの声を上げた。
「さらに、あちらも、あちらも、あちらもあちらもご覧ください!」
続けて、両腕を伸ばしたり引っ込めたりしながら、見える範囲にいる全ての『悪魔』をマークした。
「いや、多すぎだろ。確かに『悪魔』は珍しいが、野良の一匹や二匹くらい…!?」
「おい!偶然って量じゃねーぞ、あれ!」
皆も、事の重大さに気づいたかい?
「もう分かったね!ゴブリンの次は『悪魔』退治ってわけ!トーマと、マスターのマスターさんが檻に閉じ込められちゃったことと関係があるかもだから、皆、協力してくれない!?」
「おうっ!もちろんだぜ」
「マスターさんと、ついでに水晶のを助けるためだ!一肌脱いでやるよ!」
「『爆破の魔女』に頼まれたら、断れねえもんな!!」
「精一杯やらせていただきますから、もう爆殺はやめてくれ~」
ちょっぴり不安だったけど、ウチの提案に皆は気前よく返事してくれた。
それにしても、皆、聞き分けが良い。
ウチにリーダーの素質があったとはね。
天は二物を与えるとはこのことか。
「ということで、レッツゴー!…あ、まだ『悪魔』のことに気づいてない人がいたら、ジャンジャン教えてあげてね!皆で『悪魔』を倒しちゃおう!」
「「「おうっ!」」」
こうしてサクッと演説を終えたウチは、そのまま走り出した。
「おりゃああああっ!!!」
走って走って、一番近くの『悪魔』の下まで駆け抜けていく。
ウチから見て左側から走ってきたことを考えると、謎の男はウチらの隊列と平行になるように、『悪魔』を配置したとみて間違いないね。
つまり、『始まりの街』-『悪魔』の列 - ウチらの隊列 - ゴブリンの隊列 - ゴブリン領、のミルフィーユ構造ってわけよ。
最初にバランスブレイカーのプレイヤーたちを封じて、ゴブリンと『悪魔』で残ったプレイヤーたちを挟撃する。
これが、謎のプレイヤーの狙いだったんだ。
珍しく冴えてるね、ウチ。
冴えてるなら『悪魔』の一体や二体、いけるよね!?
「だからこのまま、お前を倒すよ」
配置された『悪魔』は数えきれない。ざっと見ただけでも、数十体は確認できた。
他のプレイヤーたちも手いっぱいだ。援軍は期待できない。
だから、ウチは孤軍奮闘。
なんか響きがかっこいいよね!孤軍奮闘って!
「はあ……、ふうっ…、ほおっ」
しばらく走ると、招かれざる客である『悪魔』の姿が大きくなってきた。
「……!」
索敵範囲に入ったのか、真っ黒い顔をウチの方に向ける。
対するウチは、やる気十分!
張り切って杖を構える。
「………」
『悪魔』は無言で、ウチに向かって手をかざした。
魔法がくる!
「ほっ!」
考えるより早く、ウチは体を動かす。
受け身とかも気にしないで、思いっきり横に転がった。
その瞬間、さっきまでウチがいたところから紫の霧が湧き立った。
「ふいー、危ない危ない」
見るからに体に悪そう。
さしずめ、毒の霧といったところかな。
魔法系のスキルは大抵の場合、自分にも効果が及んでしまう。
ウチの【爆発魔法】もそう。敵を倒すのに便利だったり、強力な魔法であるほど、自滅に気を遣わなければいけない。
だからもし、この『悪魔』のスキルが毒の霧を出すものだとしたら、それは『悪魔』自身にも有害だ。
なので、至近距離では使えないはず。
…多分。
「いくよっ!」
素早く体勢を立て直したウチは、『悪魔』に猛進する。
魔法が危険なら、撃たせないように封じればいい。格闘戦に持ち込み、スキルを使わせなければいい。
これが、この『悪魔』への対処法よっ!
「はあああああっ!」
ここ一週間以上にかけて人ゴブ戦争に参加し、ウチは色んな戦い方を学んできた。
特に、よく一緒に戦ったリーパーには近接戦の心得を伝授してもらった。
『ハッパは杖を持っているから、杖術が向いてるわ』
『じょうじゅつ?』
『杖を使って格闘をする戦い方よ。杖で叩いたり、突いたりすること』
『はえー、そんな戦い方が…』
『その様子だと、なにも知らないみたいね。…まあ、いいわ。私の戦い方と通じるものもあるから、よく見てなさい』
『うん!』
こんな感じで、ウチは杖術を勉強するようになった。
リーパーの教え方が上手くて、ウチの内なる才能が開花。
あっという間に、近接戦でゴブリンを倒せるくらいまで上達できた。
でも、まだまだウチは止まらないよ!
「見るがいいっ!」
彼女が教えてくれた杖術。そして、ウチのスキルである【爆発魔法】。
この二つを活かす。かけ合わせて、ウチだけの力にする。
「はっ!ほうっ!」
「……」
杖を手足のように振り回し、『悪魔』を翻弄する。
特にリアクションないけど、ウチにはビビってるってことは分かるよ?
「ほおうっ!はっ!」
右へ左へ。前へ後ろへ。
自由自在に動き回り、杖を振り、突く。
『悪魔』は防戦一方。腕をクロスさせてガードの姿勢だ。
そしてやっぱり、スキルを使ってこない。
ウチの予想は当たってたね!
「とおうっ!」
乗りに乗ったウチは、地面に刺した杖を軸にして体を回転させ、回し蹴りを繰り出す。
「…っ!」
それを脇腹に食らい、『悪魔』はたまらずよろける。
これで、ウチと『悪魔』、数歩分の距離が空いた。
「よっ」
ここでウチは、すかさず杖を構える!
対象は、『悪魔』の後ろ!
「爆発せいっ!」
威力は極限まで絞る。ウチが巻き添えを食うわけにはいかない。
「……っ」
ボアアンッと、小さな爆発が生じる。
『悪魔』の体を前に吹き飛ばし、ウチとの距離が再び縮まった。
「ふうっ…」
でも、ウチもノーダメージとはいかなかった。
目が少し眩んで、若干耳がキーンとしてるけど、大丈夫。
十分にやれる。
ウチは杖を思いっきり振りかぶる。
「どおりゃあああっ!」
そして、迫りくる『悪魔』の体に向かって、フルスイング。
奇しくも、ウチが爆発させまくるから、生産職の人にお願いして頑丈な杖を作ってもらっていた。
だから、これだけ乱暴に扱っても壊れない。
でも、『悪魔』は壊れたようだね!
「………」
ゴオンッという音とともに重い一発をもらった『悪魔』。
大きく前方に吹き飛ばされ、倒れたまま動かない。
「……どう?」
まだ、なにかあるかもしれない。油断は禁物。
ウチは息を整えながらも倒れた『悪魔』を見ると、ふっと体が消え、『スキルジェムの欠片』をドロップした。
よし、倒せた。
ウチが、一人で悪魔を倒せたんだ!
「よっしゃ、どんなもんだい!」
これが、杖術と【爆発魔法】を組み合わせた『爆杖術』!
誰にも真似できない、ウチだけの戦い方!
大きくガッツポーズをしたウチは、最後まで抜かりない。
忘れないようにしっかりと欠片を回収した後、次の『悪魔』を探しに走った。
サイド:トーマ
「……」
暇だ。
檻に閉じ込められ、多くのゴブリンに囲まれた俺だったが、あちらも俺を攻撃する手段がないらしい。
動物園の見世物みたいに、じろじろと視線を送ることしかしてこない。
「ギャアアアッ!ギャアルウアッ!」
ぎゃあぎゃあうるさいわ。
全く、三百六十度から騒音が響く空間に監禁するなんて、ノイローゼになったらどうするんだ。
「ギャギャギャアアッッ!ギャアアアア」
閉じ込められてからそろそろ十分くらい経ったと思うが、犯人のプレイヤーは現れない。
ま、そりゃそうだ。
犯人は、俺とマスターさんを閉じ込めるのが目的なわけで、俺の前に姿を現す必要はない。
なので、俺がなにをしようがここから出ることができない。
そして、待ち人は来ない。
ならば、どうするか。
………。
……さっ、ログアウトして、掲示板でも見るか。
通常、フィールドでログアウトする場合は、プレイヤーのキャラクター(もしくはアバターともいう)がその場に残ってしまう。
そうなると魔物に襲われたり、プレイヤーの追い剥ぎに遭うなりして死ぬことになるので、もちろん非推奨の行為だ。
だが、今、この状況では、俺を害する存在がいない。
なんらかの理由で、謎のプレイヤーが檻を消滅させる可能性もあるが、それがいつなのか分からないし、たとえゴブリンの群れのど真ん中で自由になっても、数の暴力で殺されるのがオチだ。
つまり、指をくわえて死を待つより、情報収集してから死ぬ方がいいだろう、という結論に至る。
じゃ、そういうことだから。
「ギャアアアッ!ギャアルウアッ!」
俺はやかましい音が絶えない檻に閉じ込められたまま、戦場のど真ん中でログアウトした。
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