第二十七話

【第二十七話】


 サイド:トーマ


 自宅前でグレープとハッパの二人と別れた俺は、ユルルンの街の中にあるダンジョン『螺旋の塔』に向かった。


 以前も説明したが、『螺旋の塔』は現在確認されているダンジョンの中で、最も難しいとされるものの一つだ。


 幅の狭い石段とレンガの壁と天井に囲まれた戦い辛い地形に、出現する魔物が未知数であること。


 この二つの特性が、我々プレイヤーたちの攻略を阻んでいる。


「すごい人だな」


 ユルルン北西部に位置する『螺旋の塔』の入り口前の広場は、プレイヤーでごった返している。


 少しは第三陣もいるだろうが、やはり事情通のβテスターと第二陣がほとんどだと思う。


 元々そこそこ人気があったはずだが、イベントが始まり、ここが『サクラジェム』と桜色の素材が稼げると踏んだ人が多いのか。


「あっ」


 さあどうやって塔まで行くかと考えていると、見覚えのある二人組を発見した。


 群衆の波間からちらっと見えた二つの顔。間違いない。


「すいません、ちょっと通ります」


 見知らぬ相手に対しては、礼儀を欠かさないのが俺のスタンスだ。


 えっちらおっちら人波を搔き分け、二人の元へ向かう。


「ちょっといいか?」


 そして、立ち止まりながら塔を見上げている二人組の一人、背の高い男の肩を後ろから叩く。


「なんだ、俺にな……に…か……」


「ちょっと、どうしたんす……か…」


「思い出したか?…思い出したようだな」


 そう。こいつらは昨日俺の家に侵入し、男の方はさらに俺をぶん殴った。


 装備の見た目が変わっているが、背格好が同じだ。


 それになにより、この反応。


 俺の見間違いではなかったようだ。


「知っていると思うが、俺はトーマという。二人の名前はなんだ?」


「い、いやあ、トーマなんて名前には心当たりがないな。人違いじゃないか?」


「そうっすね…。聞いたことないっす…」


 まさか、この期に及んで白を切るというのか?


 昨日もやりたい放題していたが、とんでもないやつらだな。


 そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ。


「そうか。俺は【検証組】と仲良くさせてもらっているんだが…」


「ファーストだ」


「ナナっす」


 伝家の宝刀よろしく【検証組】の名を出すと、二人はあっさり折れた。


 俺の脅し文句は、【検証組】を自由に動かせるから、お前らの元に差し向けるぞ、というものだ。


 それすなわち、強制的にスキルの検証に付き合わされ、高確率で過労死することを意味している。


 シークさんたちの恐ろしさは、今やOSOの全プレイヤーに知れ渡っている。


「ファーストといえば…。あのクランメンバーのほとんどに逃げられたっていう、【ランキング】のマスターか!」


「ぐっ、残酷な事実を突きつけるのはやめろ!俺は俺のアイテムの所有権を主張しただけだ!」


 メンバーの大量離反が、そんな理由で起きるわけないだろ。


 十中八九、このファーストの性格のせいだ。


「それはファーストの自業自得だからいいっす。話も長くなるっすし、時間の無駄っす」


「そうだな。二人が人間的に破綻しているのはよく理解できている」


 とりあえず言葉で追い詰めていく。


 もしかしたら、昨日の蛮行に対する謝礼をもらえるかもしれない。


 ていうか、俺に責められる前に謝れよ。


「ぐうの音も出ないっすね…。ところで、トーマも『螺旋の塔』の攻略にきたっすね?」


「ああ。『サクラジェム』を一個でも多く確保したいからな」


 も、ということは、二人もダンジョン攻略に来たということか。


 俺は暇そうにしているファーストを無視して、ナナと会話を続ける。


「じゃあ昨日のお詫びに、一緒に攻略するのはどうっすか?言うのもなんっすけど、私たち戦力になるっすよ」


「え!?トーマを誘うのか?」


 申し訳なさを感じたナナが切り出すと、ファーストが本当に嫌そうなリアクションを返す。


 もちろん、二人が戦力になるということは知っている。


 【絶対的優先権】のファーストと、【ナナ's道具】のナナ。


 【絶対的優先権】は、何か行動する意味を持つ言葉を発することで、それを聞いた相手よりも先に行動できる、という言霊系のスキルだ。


 強力なスキルだが、相手に言霊を聞かせなければならない、そのとき自分が行動可能な言葉にしか作用しない、という条件付きとなっている。


 また【ナナ's道具】は、ナナにしか使えない道具を七種類まで作ることができる、生産系のスキルだ。


 『ナナ's道具』は、普通に作るよりも製作に必要な素材が少なくて済む、ナナが望むような強力な能力を付与できる、などのメリットがあるらしい。


 ただ、自分及び自分を含む複数人が使用者の場合にしか使えない、作った道具の八種類目以降は古いものから自動的に壊れる、といった制約も存在する。


 確か、ファーストはβテスターで、ナナは第二陣のプレイヤーだったはず。 


 インターネット上の掲示板でも度々名前が挙がるくらいの実力者だ。


 直接会ったことはなかったが、二人とも俺より強いだろう。


「いいぞ。俺も二人の戦い方が見たい」


「やったっす!」


「いや気まずすぎる!思いっきりぶん殴った相手と何を話せばいいんだ?」


 俺はすぐに了承し、ここに即席パーティが結成された。


 『昨日の敵は今日の友』ということわざがある。


 過ぎたことは水に流して、協力していこうや。



 ※※※



 『螺旋の塔』から伸びる列に並び、待つこと数十分。


 やっと俺たちの番がきた。


 『螺旋の塔』挑戦の暗黙のルールとして、一パーティごとに間隔を開けて入っていく、というものがある。


 なぜこんな決まりがあるのかというと、このダンジョン故の悲しい歴史があったからだ。


 昔は、ダンジョンに挑戦する全員が一列になって『螺旋の塔』内部を進んでいた。


 しかし大きな集団の中には、よからぬことを考える者が少なからずいるもの。


 そんなプレイヤーの一人があるとき、列の途中にいた前の人を背後から攻撃してPKしてしまった。


 すると、どうなるか。


 PKプレイヤーの後ろのプレイヤーが義憤に駆られ、そのPKプレイヤーをキルしたのだ。 


 すると、どうなるか。


 PKプレイヤーの後ろのPKプレイヤーの後ろのプレイヤーが義憤に駆られ、PKプレイヤーの後ろのPKプレイヤーをキルしたのだ。


 すると、どうなるか。


 (以下略)


 といった形で、『PKのドミノ倒し』が起こったのだ(『螺旋のPK事件』)。


 この『螺旋のPK事件』以降、『螺旋の塔』へ挑戦するには後ろを警戒する人員を連れてくることが推奨され、人の入りに数分の間隔を設けるようになった。


 なので、数十分待つのは必要なこと。


 人命より大切なものなど、OSOの世界にもないのだ。


「ついに…、っすね」


「一度も来たことがなかったからな、ユルルンに住んでたのに。こんなに待つものなのか」


「俺に聞かれても知らん。初めてなんだから」


 待っている間、三人で陣形を話し合う。


 個人的には、スキルで確実に先制攻撃できるファーストに先頭を任せたいと思っていたが、肉弾戦が通用しない魔物が来ると詰むので、俺にやってほしいと言われた。


 ファーストは武器を持たない。色んな武器を所有しているが、持ってこないし持とうともしない。


 彼はコレクターであり、【ランキング】のクランハウスには色んな武器、防具があるのだが、それらは全て保存用兼観賞用だそうだ。


 このコレクター気質により、現在ファーストは初期装備の布の服と短剣しか装備していない。


 つまり、俺とほぼ同じ格好だ。


 直近のアップデートに伴い、『装備の不滅』の仕様が生まれた。


 だから周りには店売りかプレイヤーメイドの装備を身に着けているプレイヤーが多く、俺とファーストは人ごみの中で結構浮いている。


 なお、ナナはしっかり装備を考え、自分の命を重んじている多数派だ。


 明らかに初期装備ではない、ゆったりとした動きやすそうな布の服に、腰にはでかいドライバーのようなものを差している。


 さて、話を戻そう。


 結果として、俺が先頭、ナナが真ん中、ファーストが三番目ということになった。


 ナナは『ナナ's道具』を活かして臨機応変な戦い方ができる。


 だが、彼女を一番前にすると俺が真ん中になり、ファーストの【絶対的優先権】の言霊に巻き込まれてしまうため、このような順番になった。


 聞くところによると、ナナは彼のスキルを無効化する『ナナ's道具』を身に着けているため、ファーストの声を聞いても平気らしい。


「行くぞ」


「はいっす」


「おう」


 前のパーティが入ってから数分待った俺たちは、『螺旋の塔』入口に入る。


 ダンジョンの中は薄暗く、等間隔に置かれた燭台に乗っている蝋燭の明かりしか頼りにならない。


「……」


 しかし、進まなければ得られない。


 早速、階段に足をかけてみる。


 どうやら、反時計回りの螺旋階段を昇っていくようだ。


「これで二階か」


 数分かけて一階分の石段を上がると、左手に部屋があった。


 これが宝箱の配置されている小部屋か。


 『螺旋の塔』では、塔の内壁を伝うように巻かれる螺旋階段の内側に、一階ごとに小部屋が存在する。


 そして小部屋の中には、なんらかのアイテムが入った宝箱が湧く仕様になっている。


 だが、宝箱の中身はピンキリだ。希少な素材、装備が出ることもあるし、ゴミしか入っていないこともある。


「開けにいくか?」


「いや、いらないっす」


 だよな。


 今、俺たちは宝箱目当てではない。『サクラジェム』も桜色の素材も手に入らないからな。


 入ってきたばかりで休憩も必要ないので、小部屋はスルーする。


 ただ無言で、足を止めずに螺旋階段を昇っていく。


 数分間隔を空けたとはいえ、前のパーティが先行してくれている。


 そんなに魔物はやってこないだろう。


 と、思っていたのだが。


「きたぞ」


 後ろを歩くナナとファーストに注意喚起する。


 階段の先から、ニュッと魔物の頭が見えた。


 緑色と黄色の、大きなヘビの頭。


 細く裂けた口元から、ピンク色の舌を出したり引っ込めたりしている。


 まだ二階分も上がってないのに魔物と遭遇するなんて、明らかに変だ。


 ひょっとすると、前のパーティが崩壊したのだろうか?


 となると、この魔物は先行するプレイヤーたちを倒した相手ということになる。


 俺の知識にはない珍しい種類だし、おそらく強いのだろう。


「トーマ、頼むっす」 


「ああ」


 ナナの言葉に、俺は振り向かずに答える。


「……」


 ヘビの魔物は特に鳴き声を上げず、唐突に動き出した。


 口を大きく開けた鎌のような頭が突っ込んでくる。


 速い。予想以上のスピードだ。


「はっ」


 しかし、俺もそれなりに場数を踏んでいる。


 素早く半身になって右側の壁に張り付き、攻撃を回避した。


「これで終わりだ」


 そして、そのままガラ空きの胴に向かって右手を突き入れようとするが…。


「なっ!?」


 俺はあることに気づき、思わず声を上げてしまう。


 ヘビの胴体の一部が異様に膨らんでいる。


 もしかしてこれは…。


 飲み込まれたプレイヤーか?


「トーマっ!危ないっす!」


 はっ!


 ナナの一喝により、上の空だった俺は正常な思考を取り戻す。


 あまりに生々しい光景に、ついぼーっとしていた。


「っ!」


 俺は慌てて、ヘビの腹に釘付けになっていた両目を無理やり動かして辺りを警戒する。


 だが、遅かった。


 音も無く天井を這っていた二匹目のヘビが、俺の真上で大口を開けていたのだった。

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