第二十五話

【第二十五話】

 

 サイド:マディウス 【魔王軍】


「明日は皆で公式放送を見よう。そして、必ずトーマに勝つぞ」


「『魔王』さ、どうして『魂使い』にライバル心燃やしてんの?」


 トーマに宣戦布告をした数日後。


 久々に皆で集まったので議題をぶつけると、早速『四天王』の一人、ゾーイが疑問をぶつけてくる。


「簡単なことだ。『大図書館地下』ではやつにしてやられた。やられたらやり返すのが普通だろう」


「ふーん。ま、楽しそうだからいっか!」


「そうだ、楽しいぞ。余裕綽々そうにしているトーマを負かすのは」


「ちょっと、ゾーイに変なこと吹き込まないでよ」


 単純なゾーイに教えてやると、同じく『四天王』が一人、リーパーが抗議してくる。


「吹き込んではいない。事実を伝えているだけだ」


「大体ね、私は【魔王軍】ってクラン名も、『魔王』が私たちを『四天王』呼ばわりすることも許していないからね」


「それならそれでいい。俺は俺で勝手にやるからな」


「相変わらず、よく回る口だな」


 今まで黙っていた、ドラコが口を挟んでくる。


 この男も『四天王』の一人だ。


「大丈夫だ、トーマほどではない」


「なにが大丈夫なのかは全くもって分からないけど、『魔王』がそんなに熱くなるなんて、トーマって人は相当強いんだね」


 『四天王』最後の一人、ガムキャットが話に加わる。


「いや強くないぞ。いや、強いのか?」


「どっちよ?私たちは面識ないんだし、知るわけないでしょ」


 なにか情報を持っているかと思って鎌をかけてみたが、無駄だったようだ。


 このようにリーパーは冷たい女だが、それは裏を返すと、常に冷静であるともいえる。


 それでいて、対魔物、対プレイヤー問わず戦闘能力が高い。たまに暴走するが、大抵はクランのことを第一に考えて動いてくれる。


 クランの利益を追求するメンバーとしても、一緒にOSOを遊ぶ仲間としても、間違いなく俺のクランになくてはならない存在だ。


「とにかく、だな。最近は鳴りを潜めていたが、俺たち『魔王軍』で第二回イベントを素敵に彩ってやろうというわけだ」


「ごまかしたな」


 ドラコは短い言葉をスパッと切り込んでくる。どんなときでも鋭い男だ。


 今もこうして斜に構えているが、いざフィールドに出ると感情に任せた短絡的な行動が多い。


 なので、賢いプレイヤーというわけではないが、物事を直感的に捉えて素早く動くことに長けている、と俺は勝手に分析している。


「彩るって、また何か企んでるね?」


 ガムキャットは客観的に物事を考え、俺たちをサポートしてくれる縁の下の力持ちといったところか。


 どうも本人が裏方を望んでいるようで、表立った活躍はないものの、広い人脈を活かした諜報活動やリサーチなどに精を出している。


 正直、俺も彼の全てを知っているわけではないが、ここまで一緒にやれてきている。とても頼りになる仲間の一人だ。


「楽しそう!またいっぱい暴れていいんだよね!?」


「ああ、また頼むぞ」


 ゾーイは純粋さに手足が生えて服を着て歩いているような存在だ。


 いつもエネルギッシュで、何事にも全力に取り組む。


 クランのムードメーカー、あるいはマスコットのような役割を果たしている。


 それととにかく戦闘、特に魔物と戦うのが好きで、やってほしいことを頼む暇もなく所在が分からなくなることが多い。


 だが、【魔王軍】の中で一番お金を稼いでいるのは間違いなく彼女なので、自由にやらせている。


 俺も使役した魔物を各地に繰り出して素材集めの金策をしているんだが、毎週の稼ぎが一桁以上違うのが謎だ。


「絶対に勝つ。待っていろ、トーマ」


 話すことは話したので、さっさと切り上げる。


 さて、トーマと競うことにしたが、個人戦とは一言も言っていない。


 覇者として君臨するのは、俺たち【魔王軍】だ。



 サイド:ファースト 【ランキング】


「いやあ、いつ見ても愉快だなあ」


「そうっすか?どう考えてもこんなに要らないっすよ。二人しかいないんすから」


 なんだか広く感じる【ランキング】のクランハウスの一室。


 俺はテーブル一杯に転がっている『スキルジェム』を眺めながら、宝石のような輝きを堪能していた。


 このアイテムはコレクションしがいがある。他の宝石系アイテムとは異なり、込めたスキルの種類によって光る色が変わるからな。


 交友関係は広くないが、プレイヤーたちを訪ねて周る価値があるかもしれない。


「そんなせせこましい性格だから、デュアルたちに逃げられるんすよ」


「だって、クランメンバーのモノは俺のモノだろう」


 ナナは今日もうるさい。毎度毎度、口数が多くて仕方ない。


 確かに、これらの中には元メンバーのデュアルたちが取ってきてくれた分もあるが、大部分は俺が悪魔を倒して手に入れたんだから、正当な主張だろ。


「はあ。その根性、また叩き直さないといけないみたいっすね」


 俺がもっともらしいことを言うと、彼女がため息をつき、『マルチドライバー』を取り出す。


「いいか、落ち着け。今すぐその道具を捨てろ」


「ただの道具じゃないっす!『ナナ's道具』っす!」


 それはどっちでもいいだろ!


 ナナは『選択式耳栓』を耳に着けているので、俺のスキルが効かない。


「違いが判らない男に、遠慮はいらないっすね!」


 にじり寄ってきたナナが、『マルチドライバー』の先を俺の腕に当てる。


「がぎゃああああああっっ!」


 俺は数十万ボルトだかの電気を浴びて死んだ。



 ※※※



「それで、次のイベントの準備はしたっすか?」


「してるわけないだろう」


「………」


「今から考えます、はい」


 数分後、死に戻りから復帰して街のテレポートクリスタルから帰ってくると、またもドライバーを出して脅してくるナナ。


「だが、まだ内容も分かってないし、することもないんじゃないか?」


「それはそうっすけど、だからといってジェムを見せびらかすような時間の使い方は許さないっす」


「分かった。分かったから、それをしまえ」


「ほんとに分かったんすか?」


「ああ、分かったから」


 ナナは半信半疑だったが、俺が繰り返し言うと『マルチドライバー』を引っ込めてくれた。


 疑い深いやつめ。


「でも事実として、俺のスキルは万能だ。本当に準備することがない」


 装備品は複数種類、保存用のものがストレージボックスに入ってあるし、消費アイテムも常に有り余るほど用意してある。


 そのことは、無駄に几帳面なナナも分かっているだろう。


「だったら、他のクランの偵察に行くっす!」


 だから心配いらないと説き伏せようと思ったら、いきなり何を言い出すんだ。


「やだよめんどくさい」


「………」


「分かりました、行きます」


 三度凶器を突きつけられた。


 …脅されては仕方がない。


 俺とナナは早速、外出の準備を始めた。



 ※※※



「まずは『ダンジョンジェム事件』の立役者、『魂使い』のトーマの家からっす!」


「トーマって、『大図書館地下』を攻略したってやつだっけ?本当に強いのか?」


「それを今から確かめに行くっすよ!」


 行き先を聞いてみると、最近ぶいぶい言わせているソロプレイヤーの名前が出てきた。


 とはいえ、なんでそんなにテンションが高いんだ?


 俺とナナは現在、『透明電車ごっこ』という、一定の間隔で輪っかができている一本のロープを持って、電車ごっこをしながら外を歩いている。


 めちゃくちゃ恥ずかしいが、ナナいわく、これで遊んでいる間は透明になってるから大丈夫らしい。


「姿は見えないっすけど、声は普通に聞かれるっすから、静かにするっすよ」


 ユルルンマーケットのある『南東門』の近くなので、人通りがそこそこある。


 人をよけながら進むのが大変だ。


 というかこれなら、透明にならずとも人混みに紛れていけばよかったのでは?


「で、家に近づくまではいいとして、どうやって中に入るんだ?」


「私の調べによると、トーマの家は指紋認証のドアを採用してるっす。だから指紋が手に入ってしまえば、簡単に侵入できるっすよ」


 バリバリの犯罪行為じゃねえか。それも空き巣。


 片棒を担がされるのは御免だが、電車ごっこをしているところを大勢に見られるのはもっと御免だ。


 大人しくついていくしかないか。透明になると聞いて、嫌な予感はしたんだよな。


「ここっす」


 街の外壁をぐるりと周っていくと、こじんまりとした一軒家に到着した。


 確かにこの形状は、指紋認証付きのドアだな。


 ていうか、なんで人の家の防犯事情を知ってるんだ?


「それじゃ、指紋を取るっすよー」


 ナナが気の抜けた声を出し、ドアの指紋を読み取らせるところに粉を振りかける。


 刑事ドラマで指紋を採取するときのような流れで、シートに指紋を写し取った。


 すごい手慣れてるし、こいつ普段から泥棒してるんじゃないか?


 なんて思ってると、ナナが指紋を読み込ませ、ドアのロックを解除した。


「これで潜入成功っす」


 俺の方を向いて、どうだ、と言わんばかりのキメ顔をして扉を開けるナナ。


 それを程よく無視した俺は、ちんまりとした彼女の頭越しに家の中を覗き込む。


 すると、家主が廊下に立っていた。


「誰だか分からんが、誰だ」


 透明な俺たちが見えないので、開いたドアの向こうをぼやっと眺めながら詰問してくる男。


 こいつがトーマか。


 なんというか、覇気がないな。


「…どうするっす?バレたっす」


 天衣無縫なナナの、若干焦った声。


 なんでここまで用意周到なのに、家主と鉢合わせることを想定してないんだ?


「急にすまないな。別に怪しい者ではない」


「姿を隠してまで不法侵入してきて、それはないだろ」


 透明化したままトーマに語りかけるも、速攻で不審者認定された。


 こいつ、意外に聡いぞ。


「いや、本人が怪しい者ではないと言っているのだから、それはもう怪しい者ではないだろう」


「確かに、出会い頭で殺されていないし、一理あるな」


「ええ…?」


 俺が無理のある暴論を展開すると、何故か納得した様子のトーマ。


 しかしさらっと言っていたが、出会い頭で殺されるような経験が普通なのか?


「茶でも出そう。透明なままでいいから、上がってきてくれ」


 ええ…?


 本当に、空き巣の俺たちが言うのもなんだが、どこの誰かも分からないやつを家の中に招待していいのか?

  

「分かった。しばし待て」


 だが、これはチャンスだ。


 俺はいかにも普通です、という風に受け答えし、中に入れてもらおうとする。


 ただ、ここで致命的な誤算があった。


 『透明電車ごっこ』の欠点は、透明になってる者どうしも相手が透明に見えるので、非常に進みづらいということだ。


 扉の前に来るまでの何段かの石段という関門を突破した俺たちは、完全に油断していた。


「わっ!」


 前を進むナナが家の中に入ろうとした瞬間、ドアの敷居に足を引っかけ、盛大に転んだ。


「うおっ!」


 ロープでつながっている俺も、巻き添えになって転倒する。


 そして『透明電車ごっこ』のもう一つの欠点は、ロープが使用者の腰の高さ以上に位置してないと、透明化が解除されるということだ。


 つまり、俺たちはきれいにすっ転んで、姿を曝してしまった。


「え?」


 トーマの素っ頓狂な声。


 彼の両目が、俺たちの顔と電車ごっこの縄を行き来する。


 …終わった。


「もしかしてお前ら、電車ごっこしてたのか?」


 うわああああああっ!!


「まあ、現実で友達がいないならそれもありだと思う。否定はしない」


 変な勘違いされてるって!


 あと冷静に分析するのやめろ!


「おらああああああっ!!」


 俺は思いっきり地面を踏みしめてナナを飛び越しながら、右手を握り締める。


「やっぱり不審者じゃねえか!」


「『俺が先に殴る』!!」


 トーマが慌てて臨戦態勢を取るが、遅い。


 スキルによる言霊を発動し、トーマの腹に拳を叩き込む。


「ぐええええっ!」


 ひどい声を上げながら、廊下の奥にすっ飛んでいったトーマ。


 下に何か着ていたのか拳が潰れたが、それは今はいい。


「今だ!逃げるぞ!」


「はいっす!」


 面を割られた上に恥まで上塗りされ、暴力まで振るってしまった。


 もはや偵察なんて言ってられない。


 俺たちはドアから出て、一目散に現場から走り去り、【ランキング】のクランハウスへと逃げ込んできた。


「なあ、ナナ」


「なんすか」


「これ以上目立つ真似は避けた方がいいと思うんだが…、また偵察に行くか?」


「もういいっす。それに『透明電車ごっこ』を置いてきたっすから無理っす」


「じゃあ、お開きということで…」


「はいっす…」


 こうして、二人ともテンションだだ下がりという結果で、俺たちのイベント準備が終わった。


 そして数時間後、『電車ごっこの縄を落とされた男女二人組を探しています』という見出しの、【OSOすぎる速報】の号外が街中にばらまかれた。


 トーマめ、なんという仕打ちを!


「なあ、ナナ」


「なんすか」


「地に落ちた名誉と尊厳を底上げする『ナナ's道具』はあるか?」


「そんなのあるわけないっす」



 サイド:ビル 【カオスメーカー】


「ビル、魔力は大丈夫そう?」


「ああ、ポーションもあるし、平気だ」


 手持無沙汰にしていると、相棒が心配してくれる。


 普段は浮かれているように見えて、その実、要所要所でしっかりしている。

 

 流石は相棒だ。


「ならいいよ。…ようやく来たね。こんばんは、今日もいい夜だ。…え、普通だって?」


 来客が遅れてやってきた。


 早速相棒が話し始める。


 しかし会話の相手は、社交辞令というものを知らないらしい。


 まあ当然と言えば、当然だが。


「…分かった、手短に話す。これ、何か分かる?キラキラしててきれいでしょ?……分かったよ」


 何回かの会話を経て、相棒は懐から緑色に光る小石を取り出した。 


 その様子を、俺は少し離れて静観する。


「これはね、『スキルジェム』っていうんだ。…こうやって使う」


 軽快な話の流れで、相棒は小石を口元に持っていき、一息に飲み込んだ。


 途端に、来客が騒ぎ始める。


「…冗談じゃないって、ほら」


 相棒は短剣を取り出し、自分の腕を傷つける。


「治っていってるでしょ。……え、信用ならない?別に毒じゃないから、心配しないでよ」


 時間を巻き戻したかのように傷口が塞がったのを見て、来客はさらにどよめき立った。


 そんな彼らを宥めながら、相棒はもう一つの石を取り出す。


 今度は赤色だ。


「……まあ落ち着いて、『スキルジェム』はもう一種類あるんだ。これ。赤い方が今から見せる能力で、緑の方は傷が回復する能力だからね」


 そして、先ほどのように赤い小石を飲み込む相棒。


「……もうちょっと待ってよ、今から発動させるからさ。いくよ?」


 さらに杖を掲げ、適当なところに向ける。


「ドカン」


 続けて一言唱えると、爆発が起こった。


 パッと周囲が一瞬明るくなり、大きな音が響き渡る。 


 たちまち来客がパニックに陥り、何かを喚き立て始める。


「……大丈夫だよ、安全に使えばね。きみたちがこの力を使うときは、僕みたいに遠くを爆発させるんだよ?自分も巻き込んじゃうからね」


 相棒の優しい声色で、来客は幾分か落ち着きを取り戻したようだ。


「あと、きみらは杖を使わなくていいよ。使わなくても魔法が打てるんだって、きみたち」


 補足説明も忘れない。


 相手の理解力を過信するのは禁物だ。『言わなくても分かるだろう』という常識は彼らに通用しないのだから。


「……はいはい、別に僕らを信用してくれなくて構わないからさ、きみらで試してみてよ」


 相棒がインベントリを操作し、ジャラジャラと緑と赤の『スキルジェム』たちをその場に落とす。


「一粒飲んだら効き目は一時間。覚えておいてね。それじゃ、僕たちの用はこれだけだから、失礼するね」


 伝えたいことは伝えた。


 踵を返し、来客から離れる相棒。 


 相棒が隣までやってくると、俺もそれに倣い、来客に背を向けてこの場を後にする。


「くるよ?」


「分かっている」


 杖を構えてちらと後ろを見ると、ちょうど来客がこちらに手を向けており…。


 俺と相棒の至近距離で爆発が起こった。

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