第二十二話
【第二十二話】
信じていたはずの狼に殺され、俺はリスポーンした。
非常にまずい事態になった。
魂を抜いただけで『ゴブリン・ワイズ』の肉体にトドメを刺していないため、やつはまだ生きている判定になっている。
それにより、『大図書館地下』が攻略扱いにならない。
したがって、このダンジョンを攻略したという名誉を得るためには、もう一度最深部へと向かわなければならない。
ということで、俺は再びダンジョンへと潜った。
しかし、度重なる戦いで集中力が切れており、配下の狼もおらず、道中の魔物をスルーすることも、本棚の上を通り抜ける裏技も使えない。
当然の結果として、魔物にキルされ続け俺は単独での攻略を諦めざるを得なかった。
となると、誰に助けを請えばいいのか。
俺のフレンドのほとんどはユルルンか『始まりの街』にいるし、エリクシルにクランハウスのあるシークさんもアールも、留守にしがちだから来れないだろう。
どうする、詰んだか?
初めて来た街の中で途方に暮れていると、誰かが俺の肩を叩く。
「誰だ?」
振り返ると、男が立っていた。
どこかで見たことがある。だが、思い出せない。
俺の記憶力は人並みくらいはある。一度会った人は、もっと鮮明に覚えているはずだ。
だから、会ったことはないのは確か。
「お前が、あのトーマだな?」
まずい。もう指名手配されていたか。
ダッと逃げようとするが、肩を強く押さえつけられて走れない。
「安心しろ。捕まえに来たわけじゃない」
男は、かろうじて俺に聞こえる程度の声量で話し始めた。
この語り口、暗い話をするのに慣れている。
PKプレイヤーか?
「ダンジョン関係で二度やらかしたお前のことだ。今死に戻ったのもダンジョン関係だろう?」
「まあ、そうです」
男が話しているのは、一度目が『水晶の洞窟事件』、二度目が『ダンジョンジェム事件』だ。
俺のことをよく知っているうえに、頭が切れる。
下手にごまかして余計に時間を浪費するより、正直に話した方がいい。
「現在逃亡中のお前が、なぜかダンジョン攻略をしている。おかしいよな?」
確かに、正常な人から見るとおかしいだろう。
だが、残念ながらこのゲームのプレイヤーに正常な人は少ない。
よって、俺がやったことにおかしいことはない。
「これにはわけが…」
「待て、言うな。当ててやろう。お前はダンジョン攻略という功績をぶら下げて、自首するつもりだろう」
めんどくさいのでさっさと経緯を話そうとすると、男が遮って推理を披露する。
「そうだ」
抜群の洞察力だ。
いや、人の心理を読むのが上手いといった方がいいか。
「まだ俺の顔にぴんとこないのか?割と有名だと自負していたが…」
「来ていない。いきなり話しかけてきてなんだこの人、と思っている」
どうせ心の内が読まれているので、思ってることをそのまま言う。
さっさと自己紹介してくれ。
俺のことは知ってるだろうから、俺はしなくていいな?
「『魔王』、といえば分かるか?」
「…『魔王』ね」
一言でピンときた。
『魔王』。
このゲーム、OSOがリリースされる前に実施されていたβテストで最も活躍し、また最も多くのプレイヤーをキルしたプレイヤーだ。
彼の悪行は、大体こんな感じだと聞いている。
彼はまず、テスト最終日までは、とあるプレイヤーたち四人のグループ『勇者パーティ』と協力して攻略に挑んでいた。
しかし最終日、β-ドラゴンが彼らによって倒された後、急に反旗を翻して宣戦布告。
仲の良いフレンドたちの『四天王』とともに、眷属の魔物を侍らせて『始まりの街』を包囲した。
これに、『勇者パーティ』を筆頭とする、正義のプレイヤーたちが応戦。
さらに日頃からPKをしたい、悪いことをしたいと思いつつ、攻略のために抑圧されていた悪のプレイヤーたちが『魔王』一味に加勢した。
この超大規模な戦いが、後に言う『勇者と魔王事件』だ。
そしてこの事件が起こった後に、彼らには『勇者』だの『魔王』だのという異名がつけられた。
まあ細かいことなので、気にせず事件前の時系列でもこれらの名前で呼んでいるが。
それはさておき、気になる『勇者と魔王事件』の結果は…。
…決着が着く前にβテストの期間が終了したので、引き分け。
なんとも締まらない。βテスト最終日とかいうギリギリの日取りにやるからこうなる。
「で、俺に話しかけた理由は何だ?」
「…驚かないんだな」
「驚いてほしかったのか?」
「そうじゃない。驚かないお前が異常だと言いたい」
「そういうのはいいから早くしてくれ。用はなんだ」
この男、なんかめちゃくちゃ強いらしいが、俺のイメージはβテスト最終日に戦争を吹っかけた考えなしのやつだ。
俺はβテスターの殆どを尊敬しているが、『魔王』は別だ。
「お前のダンジョン攻略に協力してやろう。条件付きでな」
「だったら結構だ。じゃあな」
即答した。
こいつ、俺と同じ匂いがする。
アールに泣いて謝って協力してもらおう。
彼なら、『条件』なんて狡いこと言わないだろう。
「分かった。条件はいらない。タダで協力してやろう」
踵を返して立ち去ろうとすると、慌てて訂正する『魔王』。
「それでも結構だ」
アールだって、泣いて謝ればタダで協力してくれる。
彼なら、恩着せがましい態度なんて取らないだろう。
「分かった。金をやる。俺と一緒に攻略してくれるなら、白金貨一枚やる」
「断る。両替できないからいらん」
白金貨は、金貨100枚分の価値を持つ通貨だ。
単位が大きすぎるので、基本的に『預かり屋』でも両替できないという、まさに宝の持ち腐れ。
そんなことも知らないとは、やはり信用ならない。
「それじゃ、俺も忙しいんでな」
交渉は決裂したとばかりに、俺は彼にそっぽを向いて数歩離れる。
さーて、アールのクランハウスはどこだ?
「分かった。金貨100枚、いや200枚出す。だから、俺とダンジョン攻略してくれ」
その言葉を待っていた。
俺は足を止める。黒い笑みを浮かべて。
瞬時に真顔に戻して、勢いよく振り返る。
「じゃあ行くぞ」
「お前、結構最低だぞ。俺より邪悪だとは…」
失礼な。
『最低』の中に良い方なんてないし、邪悪さを比較することなんてできないだろう。
俺と『魔王』はどっちも最低で、等しく邪悪な存在というだけだ。
俺は『魔王』を置いて、さっさと『大図書館』の入口に入るのだった。
※※※
『魔王』はやっぱり強かった。
いや彼自身がというより、彼のスキルが強い。
彼のスキルは【魔物図鑑】。
初期装備として空白のページの本を与えられ、異なる種類の魔物を倒すごとにページが埋まっていく。
ページを埋める文字は独自の言語らしく、彼にも他のプレイヤーにも読めない。
ただ、見出しである魔物の名前は日本語らしい。
じゃあ図鑑を使って何ができるのかというと、魔力を消費することで、ページに記載されている魔物を召喚できるそうだ。
召喚できる魔物の種類や数に制限はなく、魔力が続く限り何体でも魔物を召喚できる。
また召喚した魔物が、図鑑に載っていない魔物を倒した場合でも、本人が倒した扱いになってページが埋まるらしい。
もはや、召喚した魔物を戦わせるだけでいい。本人がいる意味がない。
そう思ったが、これが半分その通りらしい。
俺の【魂の理解者】で配下にした場合と異なり、召喚した魔物は完全服従で、『魔王』の命令に忠実に従う。
簡単な命令であれば、本人が近くにいなくとも実行し続けるという。
なので、魔物を召喚し「その辺の魔物を狩れ」と命じることで、『魔王』は働かずに魔物狩りができるというわけだ。
ただもちろん制約もあって、召喚した魔物を倒しても素材アイテムがドロップしない。
これにより、非人道的なマッチポンプ式アイテム集めは、流石にできない。
スキル【魔物図鑑】についてはこんな感じだ。
『大図書館地下』内の移動中、隣にいる『魔王』から根掘り葉掘り訊いた。
召喚した魔物が道中の魔物を狩ってくれるし、『魔王』が地下五階までの攻略ルートを記した地図を持ってきていて道に迷わないので、俺は現在暇だ。
ちなみに、本棚が倒せることはだいぶ前に発見されていそうだが、その頃には迷路の攻略ルートが開発済みだった。
よって、下手に地図を書き換えるよりも、攻略ルートに従って進む方が速いし楽だということで、攻略Wikiでは本棚を倒す行為は非推奨、とされたらしい。
また、第六階層以下は攻略ルートがない。そこまで到達できるプレイヤーがわずかだからだ。
これも『魔王』から訊いた。
下手に出ればべらべらと吐いてくれる、便利な話し相手だ。
「ここを曲がれば階段だ。行くぞ」
地図を見ながら『魔王』が言う。
この分なら一人でも余裕で攻略できそうだが、なぜ『魔王』は俺に固執したんだ?
見たことのない強そうな魔物と鉢合わせた際も、数の暴力で蹂躙していた。
何が狙いだ?
まあ、楽して最深部に行けるし、後でお金ももらえるし、どうでもいいか。
俺は『魔王』と、彼が召喚した数十匹の魔物とともに、『大図書館地下』の地下二階に降りるのだった。
※※※
はい、地下二階~地下九階の攻略、カット。
地下五階までは地図で効率よく進み、地下六階~地下九階は純粋に迷路で遊んでいただけだったので、省略する。
近づく魔物を、召喚した魔物の数と種類でごり押ししたため、ついぞ俺と『魔王』は一回も戦闘しなかった。
【魔物図鑑】が強すぎる。
色んな『オリジナルスキル』の上位互換だろ、これ。
「無駄に広いな」
「本当に無意味だから、その通りだ」
というわけで、『大図書館地下』の最深部、地下十階に到着した。
てくてくと前方を歩いていく、俺と『魔王』。
あらかじめ、ダンジョンボスを倒したことは伝えてある。
だから、彼は召喚した魔物たちを全て帰還させている。
ただ、ダンジョンボスじゃない魔物がいるんだな、これが。
「グルウウアアッ!!」
ビュンッと風を切る音、視界外から俊足で駆けてくる薄水色の毛並み。
俺が手懐け、俺を裏切った狼だ。
「騙したな、トーマ!」
「”ボス”は倒したも同然だといった。こいつはボスじゃない」
『魔王』を前に行かせていたので、狼のヘイトが彼に向く。
全速力で迫る両の爪。
どうする、『魔王』?
これは試験といってもいい。
元腹心の狼を倒すことができれば、俺はこいつを尊敬に値するβテスターとして認めよう。
「俺が使役してたんだが、反抗されて殺された。とにかく倒してくれ」
「お前…」
何か言いたげな『魔王』だったが、即座に跳んで狼の突進をよける。
今の攻撃を躱せるのか。肉弾戦も相当に強いな、こいつ。
狼の連撃が襲い、図鑑を広げて魔物を召喚する隙がない『魔王』。
距離を取るなど、決して許してはくれないだろう。
格闘で応戦するしかないぞ。
「この悪魔め…」
『魔王』は俺に恨みを吐きつつ、繰り出される爪と牙を全て躱す。
「とんでもないやつに出会ってしまったな」
しかし、その口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
なんで嬉しそうなんだ。
最下位同士で争っても無駄だぞ。同率でドべだ。
「ふっ」
大ぶりの攻撃をヒラリと躱した『魔王』は、懐から短剣を取り出した。
これも初期装備だ。
どんなスキルの持ち主であっても、必ず初期装備に短剣が渡される。
「今楽にしてやる」
狼が足を踏ん張って跳躍する。
その瞬間に合わせて距離を詰めた『魔王』は、狼の首筋に刃を突き刺した。
「グゥッ…」
致命的なカウンターをもらい、途端に勢いを失った狼。
数歩ほど歩みを進めた後、ぐったりと倒れて動かなくなった。
ああ、狼よ。すまない。
命令するばかりで、俺はお前に何もしてやれなかったな。
「こいつがいなくても、お前は強くなれる。だから心配するな」
どうやら『魔王』は、俺が優秀な駒を失ったことに落胆していると思い込んでいる。
何やら嬉しそうにしながら近づいてきて、俺の肩にポンと手を置いてくる。
「悪いな。狼が魅力的で図鑑に乗せたかった。殺すしかなかったんだ」
試験は合格だ。
だが、お前は落第だ。
「え?」
俺は、初めてプレイヤーに対して【魂の理解者】を使用した。嘘だ、リリース初期の検証期間に何度もグレープで試した。
即座に手を突き入れ、魂を掴み、手を抜く。
至近距離、涅槃の速度で行われたこれらの行為に、『魔王』は当然反応できるはずもなく…。
「金貨はいらん。お前とのコネもいらん」
俺の一言を、ただ黙って聞くしかない『魔王』。
魂を失ったその肉体は、重力に従ってゆっくりと崩れ落ちた。
「狼は俺の仲間だった。俺は仲間を侮辱するやつを許さない」
”倒すのはいいけど、蔑むのはダメだったのか。………なんで?”
倒れる『魔王』の目は、そう物語っていた。
こいつもアイコンタクトの使い手か。かなりのゲーマーだな。
「それが、俺だからな」
一度会っただけで、人を理解できると思うな。
そう思いつつ俺は、手の中にあった『魔王』の魂を握りつぶした。
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