第十七話
【第十七話】
前回に引き続き、『キノコの森』の攻略中。
ここには動物の姿をした魔物はおらず、キノコマンと粘菌の魔物のみが生息している。
キノコマンは正直イージーだ。タイマンで魂を抜けば簡単に勝てる。むしろ、戦力になるためウェルカムですらある。
俺のスキル【魂の理解者】の力でどんどん使い勝手のいい駒、じゃなくて代わりに戦ってくれる部下を増やすことができるからな。
一方粘菌の魔物は、細長く分岐したアメーバ状の生き物だ。
ゆっくりとしか動けず、近づかれなければ危険はないので、見かけても放置している。
『ここが最奥だ!』
そして、俺たちは危なげなく最深部のボス部屋…。
…の手前のスペースにやってきた。
ちなみに、攻略過程はカットだ。ガスマスクが壊れないようにキノコマンと戦っていただけで、見せ場などあったもんじゃない。
『皆、準備はいいな!?』
アカネが振り返って叫ぶ。
ガスマスクで口と耳が覆われているので、近くにいても聞き取りづらいから大声を出している。
『いいよ!』
アールが代表して声を張り上げる。
道中はアカネが先頭で道案内をして、俺一人でキノコマンと戦闘した。
だから他の人が準備するようなことは何もないんだが、形式というものは大事だ。
『それでは行くぞ!!』
アカネが一際強いかけ声を発し、俺たちはボス部屋へ雪崩込んだ。
『でかすぎだろ』
思わずそんな一言が漏れる。
ボス部屋はバカでかいキノコの木がまばらに生えた、障害物があるタイプの空間だった。
奥には、キノコの木と同じくらいにバカでかいキノコマンが佇んでいる。
十五メートルくらいだろうか。見上げないと顔が見えないぞ。
だが、これはもしかして……。
『トーマ、先制攻撃だ!配下を突撃させてくれ!』
『その前に皆、ちょっといいか!』
血の気の多いアカネを遮り、俺は頭に浮かんだ作戦を提案することにした。
ボスを放っておいて、皆を集めて作戦を話す。
『とんでもなくデカいが、あいつもキノコマンではあるはずだ!ということは…』
『あの大きさならいけると思うよ!』
ざっくり伝えると、声を張り上げてアールさんが賛同してくれる。
他の皆も異論はないようだった。というか、これが一番速いから拒否する理由なんてないだろう。
『それじゃあ、行け!キノコマンたち!』
作戦も決まったところで、ボス戦開始だ。
俺は配下のキノコマンたちに、ボスキノコマンに突撃することを命じる。
「…!」「…」「……」
キノコマンの群衆は言われた通り、微動だにしないボスに向かっていく。
『はあっ!』
それに少し遅れて、俺も駆け出した。キノコの木を遮蔽物にしながら、大きく右に回り込む。
「…」
一定の距離まで近づいてきたキノコマンたちを迎撃すべく、ボスがゆっくりと腕を持ち上げた。
小さいキノコマン同様、やつは動きが遅いみたいだ。ますます成功率が上がる。
「…!」
ボスは少し屈み、キノコマンたちに向かって腕を叩きつけた。
「…っ!」「…」「…!」
キノコの軍勢を吹き飛ばしながら、大きな揺れが襲ってくる。
『くっ』
俺は転ばないように立ち止まり、姿勢を低くした。
ボスの一撃で大勢の無辜の命が失われてしまったな。
すまない、キノコマン。だが、おかげで作戦は成功しそうだ。
『…よし』
揺れが収まると、再び走り出す。
振り下ろした腕を持ち上げる素振りの間に距離を詰め、あっという間にボスの足元に到着した。
動きがスローでよかった。他の魔物ならこうはいかなかっただろう。
「…」
屋根のような傘を傾け、目も口もない頭部を向けてくるボス。近くで見るととてつもない大きさだ。
【魂の理解者】は、対象の肉体の一部に手を突っ込めば発動する。その際、手を突っ込む肉体の部位はどこでもいい。
だから、足の先でもオッケー。
よって俺が思いついた作戦とは、キノコマンたちを囮にして俺が接近し、ボスの魂を引き抜くというものだった。
『終わりだ!』
目がないので分からないが、今視認できても攻撃は間に合わないはず。
俺は蹴飛ばされないようにして、ボスの足に右手を突き入れる。
そしてその奥にある魂をつか…。
つか…、あれ?
魂を……掴めない。
『まさか…』
ボスの魂が大きすぎるのか!
一般的な魔物の魂のサイズはテニスボールくらいだが、こいつのはバスケットボールくらいある。
掴めそうで掴めない、絶妙な大きさ。
「…!」
肉体の内に入られ、気分を害したボスがこちらを睨んでいる…ように思える。
あ、死んだわ。
完全に油断していた。
「…っ!」
ボスはつま先を払うように足をゆっくりと動かす。
サイズがでかすぎるし、回避行動を取ったとしてもゼロ距離では意味がない。
『……』
思考を巡らすが、生き残れるビジョンが見えない。
ここは大人しく、走馬灯を再生するしかないのか?
万事休すかと思われたそのとき…。
「『ファイア・プロミネンス』!!」
降って湧いた豪炎の波が、ボスの太もも辺りを襲った。
アールの魔法だ。
「…っ!?」
ボスの体に比べると小さな規模の炎だったが、熱かったのだろう。
俺への攻撃を中断し、手を患部に向かって叩きつけて鎮火を始めた。
『トーマ!本当に手詰まりかい!?他にできることがあるんじゃない!?』
その隙に、アールが大声で言ってくる。
他にできること?
俺にできることと言ったら、魂を引き抜くことだ。
だが、ボスの魂はでかすぎる。とても引き抜けそうにない。
ん?
『そうか!』
俺はつっこんだままの右手に添えるようにして、左手をボスの体に侵入させる。
片手で掴めなければ、両手で掴めばいい!
『鈍重な相手なら、それができる隙がある』
大きな魂を両手で抱えた俺は、思いっきり腕を引く。
「…!」
同時に、鎮火を終えたボスが叩きつけていた手をこちらに向けてくる。
ギリギリ間に合わないか?
魂の抵抗が強く、抜き取るのに時間がかかる。
「……!」
本能的に命の危険を感じた、ボスの魔の手がすぐそこまで伸びる。
あと少しだ。
もうほんの少し時間が稼げれば…!
今度こそ万事休すかと思われたそのとき…。
『「ファイア・プロミネンス」!!』
再び、アールの魔法。
差し出してきたボスの腕が炎に包まれる。
「………!」
一瞬腕の動きが止まったが、ボスは意に介さず俺に手を伸ばす。
対する俺は、地面を強く踏みしめて勢いよく魂を引き抜く。
だが俺の経験上、これでは相打ちだ。ボスの意識を奪うと同時に、パンチが俺の体をすりつぶすだろう。
流石に今度こそ、万事休すかと思われたそのとき…。
「…!?」
ボスの手が、ピタッと動きを止めた。
なぜかは分からないが、今だ!
俺は力を込めて体重を後ろに預けながら、大きなカブを抜かんとするおじいさんのように両腕を引く。
「っ!……!!!」
しかしここで、再びボスの腕が伸びてくる。
動いたり止まったり、なんなんだこいつは?
『だが、もう遅い』
反動で尻餅をつきながら呟く。
攻撃が遅延されたことにより、一足早く魂を引き抜くことに成功した。
万事休すはもう終わり。
「……」
ボスの動きが止まる。今度は、永遠にだ。
キノコ百パーセントの巨体は重力に従いゆっくりと倒れ、沈黙した。
『はあ』
疲れた。主にジェットコースターのように万事休すと九死に一生を繰り返したせいで。
俺は尻餅を着いた体勢のまま、抱えていた魂をぱっと手放す。
通常、肉体という器から解き放たれた魂は、飴が溶けるようにして消滅していく。
目の前にある魂も同様だ。ゆっくりと消えていっている。後は、抜け殻の肉体にトドメを刺すだけだな。
俺は消えゆく魂を尻目に、両手をバネにしてひょいと立ち上がった。
※※※
その後、アールの魔法で焼き払うことにより、『キノコの森』のボスは討伐された。
後で聞いてみたところ、二回目のアールの妨害の直後にボスの動きが停止したのは、シャボンが出した泡でカオルさんを浮遊させてボスキノコマンの顔に近づき、『止まれ』という言霊を発したからだった。
シャボンのスキルは【泡沫魔法】。
一言で言うと、生み出した泡で対象を包み込み、浮かせることができるという魔法系のスキルだ。
一方、カオルさんのスキルは【言霊使い】。
言ったことが現実になるという能力で、強力な効果が多い言霊系に分類されるスキルだ。その分制約が多いらしいが。
この二つのスキルを組み合わせ、声が聞こえる高さまでカオルさんを運び上げ、言霊で強制的に動きを止めたそうだ。
『なるほど』
ボスがいた広い空間で一同座り込み、こんな感じの説明をしてもらった。
ちなみに、ダンジュウロウさんとシノブさんは何もしていないが、彼らがついてきたのはダンジョン攻略の見学が目的だった。
何でも、勉強になるという理由でアカネが無理やり連れてきたとか。
ダンジュウロウさんは鍛冶で忙しく、シノブさんは忍者のロールプレイに夢中なため、今までダンジョンに挑んだことがなかったからいい機会だと思ったらしい。
『いやはや、ただのお荷物だった!申し訳ない!』
『面目ないでござる!』
『いいですよ!ほとんど苦戦しませんでしたし!』
いたたまれなくなったのか謝ってきたが、きちんとフォローしておいた。
実際、人手が多いというのはいいことだ。人数分のスキルの選択肢が生まれるからな。
『一分経ったみたいだね!』
とここで、アールが声を上げる。
ボスの肉体が消滅し、多くの素材をドロップした。
『ん?』
ほとんど炭と言って差し支えないキノコ系の素材の中に、見たことがないアイテムがある。
『スキルジェムの欠片』のような石だが、色が違う。赤色だ。
『これってなんだ!?』
とりあえず、博識そうなアールに訊いてみる。
『これはね、「ダンジョンジェムの欠片」だよ!「スキルジェム」みたいに十個集めると「ダンジョンジェム」になる!』
すると、意外なアンサーが返ってきた。
ダンジョンジェム?初めて聞く名前だな。
『詳しく知っているか!?』
『うん!「ダンジョンジェム」を特定の魔物に飲み込ませると、その魔物をボスとし、飲み込ませた位置を最深部とするダンジョンができあがるんだ!』
『ええええ!!そうなんですか!』
びっくりした声を上げたのはシャボンだった。
俺も寝耳に水だが、大なり小なり他の皆も驚いている。
なんだ、アールしか知らないことだったのか。
『実は、「水晶の洞窟事件」で倒したハイリザードマンから一個だけドロップしたんだ!それをシークのところに持って行って、鑑定してもらった!』
さらに驚愕の情報。
ハイリザードマン"(悪)"を倒したのはアールだった。その節は申し訳ありませんでした。
あとシークさんのスキル【鑑定】は、アイテムを対象にして発動するとそのアイテムの名前や効果、用途などの詳細な情報を得ることができる。
『このことは内密で頼むよ!混乱を生むだろうから、今のところオフレコで済ませているんだ!』
珍しく、鬼気迫る声色でアールが言う。
同感だ。この情報が知れ渡ってしまえば、ダンジョンの利権に目が眩んだ者たちによって血が流れる事態になるだろう。
『……』
俺は難しい顔を作り、赤い石っころ以外のほぼ消し炭たちをインベントリにしまい込む。
ほとんど俺しか働いていないので、ボスのドロップは俺の取り分でいいという取り決めになっている。
『こっちも確かに!』
アールも『ダンジョンジェムの欠片』を回収し終えたようだ。
ボスキノコマンがドロップした『ダンジョンジェムの欠片』は五個。
意外と少ないな。討伐に挑戦したプレイヤーの人数に応じてではなく、ダンジョンの難易度に応じてドロップ量が固定されているのか?
【検証組】なら、何か知っているかもしれない。
『とにかく、これは僕が預かってもいいかい!シークに安全な場所に保管してもらうよ!』
『分かった!』
『くれぐれもオフレコで頼むよ!』
『……』
こうして、五つの『ダンジョンジェムの欠片』はアールの手に渡った。
何はともあれ、これで一件落着だ。
今日は一度も死ぬことなく終わったな。
『じゃあ、帰るか』
俺は忘れていた。
ダンジョンボスを倒すと、ダンジョンは普通のフィールドになることを。
『トーマ後ろだ!』
ガイアが突然俺の名を呼ぶ。
『え?』
俺は後ろを振り向く。
「…」
ねばねば、どろどろとした粘菌の魔物がすぐそばまで這ってきていた。
『……』
これから起こることが瞬時に理解でき、俺は無駄な抵抗をやめた。
基本的にボス部屋はボス以外の魔物は近づかないが、ついさっきここはボス部屋ではなくなった。
なので、魔物は自由に入ってこれるわけだ。
『あああああっ!!』
俺は粘菌の魔物に纏わりつかれ、即座に肉体の支配権を奪われる。
さっきまでキノコマンの自由を奪っていたが、まさか自由を奪われる側に回るとは。
気をつけるべきは即死の胞子だけではなかった。
やるな、『キノコの森』。
『『許せトーマ!』』
しかし忘れてはならない。俺の仲間の一部は俺を容赦なくリスキルしてくる、血も涙もない鬼のようなやつらだ。
もう助からないと見るや、今回特に出番のなかったアカネとガイアは俺の胴を両断し、全身を岩石で潰した。
『ああああああっ!!!』
俺の声帯を借りた粘菌の魔物が断末魔を上げる。
当然、俺は死んだ。
魔物がまとわりついてるとはいえ、そんなに念入りに殺す必要あるか?
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