第三話

【第三話】


 それはそれとして、早速マイハウスの様子を見に行こう。


 俺は来た道を戻るようにして街の外を目指した。


 数分後。マイハウスの前に到着すると、なぜかドキドキしてきた。


 初めての俺の城。ちゃんとオーダー通りにできているだろうか。思ったより広くて寂しさを覚えないだろうか。


 そんなことが頭を過ぎるが、考えていても仕方がない。


 俺は石のステップを三段ほど上がり、ドアに手をかけた。


 中に入ると、真っ暗だった。


 OSOの建築様式は、現実世界のそれとは異なる。どう違うのかというと、窓がないのだ。


 先に述べたように、マイハウスというのは襲撃されたり、放火されたりが日常茶飯事なので、家屋の強度低下につながる窓ガラスを張る意味が薄いのだ。


 もちろん、オーダーすれば窓を取り付けることができる。しかしそれは犯罪者の侵入経路を増やすに等しいので、推奨されていない。


 いくら何でも治安が悪いんじゃ…と思う人がいるかもしれない。だがマイハウスには『預かり屋』のように、無尽蔵にお金、アイテムを貯蓄できるストレージボックスが置けるのだ。


 ……後は皆まで言うまい。


 さて、俺は暗い中電気のスイッチを探し当て、明かりをつける。奇麗な玄関と奥に伸びる廊下が照らし出される。


 これだよ、これ。狭すぎず、広すぎず。


 ちなみに我が家は、玄関で靴を脱がなくてもよい洋風スタイルになっている。なのでそのまま廊下を通る。


 廊下は右側が全て壁で、左側には手前から、和室、洋室(ダイニングキッチン)、寝室、寝室(来客用)って感じだ。


 OSOでは入浴や排せつをする必要がないので、浴室やトイレはない。


 まずは和室に入ってみる。ふすまを引くと、畳張りでちょうどよい広さの部屋が現れた。靴を脱ぎ、中に入って明かりをつける。


 向かって左側の壁は押入れとなっており、正面には床の間がある。何も飾られていないので、骨とう品や掛け軸なんかを置きたいな。


 右側にもふすまが張られており、なるほど洋室とつながっているらしい。そこまで細かくオーダーしなかったが、マドリさんのアドリブで便利なレイアウトになっている。 


 後は真ん中にちゃぶ台でも置いて、押し入れに布団でも入れておけば、完璧だな。


 俺はそのまま右のふすまを開け、洋室に入った。


 明かりをつけて見てみると、中々オシャレになっている。オーソドックスなフローリングの床に、無地の白い壁紙。奥にはカウンター式のキッチンがある。


 しかし、テーブルやイスといった家具、冷蔵庫や電子レンジといった家電やフライパンなどの調理器具は備わっていない。


 マドリさんのスキル【インスタントビルド】では、内装のあれこれを生み出すことができないのだ。


 だから、自分で欲しいものを買ってインテリアを整えなければならない。それはそれで楽しそうだから俺は良いけどな。


 そして、家具、調理器具はNPCの店に売っている。シンプルな機能、見た目のものしかないらしいが。まあ、生産職のプレイヤーが頑張って作っているらしいので、彼らに期待である。


 家電は売っていないので、プレイヤーで開拓していくしかないようだ。しかし、スキルで作れる人がいるので、これも別に心配していない。


 洋室も見たところで、次は寝室を見に行こう。


 洋室の向かって右側にドアがあったので、そこから廊下に出る。


 奥にある二つのドアの内、手前の方を開けて中に入る。


 明かりをつけると、がらんとしている。ベッドもクローゼットもないので、当然っちゃ当然だ。


 ビジネスホテルの一室くらいの広さ。それ以上でもそれ以下でもない、今の時点では普通の部屋だ。


 内装で個性を出していくのが楽しみだな。


 入浴や排せつの必要がないのに睡眠をとる必要はあるの?と疑問が浮かぶかもしれないが、実はある。


 なんと、寝具で眠りに就くと、ログインしたままインターネットを扱えるのだ。


 これが意外と便利らしい。Wikiや掲示板を多用する俺にとっては、この機能のために自分の家を持つことに決めたといっても過言ではない。


 なので、寝室は必要なのだ。ハウスをただの倉庫としか使っていない攻略勢クランとは違うのだ。


 特に注目するところもないので、早々と部屋を出、一番奥の部屋に入る。


 ここも寝室用の部屋で、手前の部屋と同じ作りになっている。


 それだけ。じゃあ、個人的お気に入りの和室に戻って次にやることでも考えるか。


 そう思って廊下に出ると、


ドガアアアアアンッ!!


 ちょうど洋室の向かいの廊下の壁がいとも簡単に崩れ去った。俺がいるところも含めて、廊下全体を砂煙が覆う。


 ああ、まさか三十分ももたないなんて。


 現実逃避をしていると、砂埃が徐々に晴れていき、犯人の顔が明らかになる。


「え?」


 無数の岩石を身にまとった、ゴーレムみたいな人型が拳を振り切った状態で静止していた。


 でかい。二メートル以上はあるだろうか。いや直立したら三メートルか?


『ニヒルゥゥゥッ!!』


 ゴーレムが何か叫んでいる。


 って、ニヒルってあのニヒルか?


 俺が呆けて立ち竦んでいると、ゴーレムは自分が空けた穴から外に出ていった。


 これがOSOで家を持つということか。


 なるほどクランハウスの方が負担が無くていいな、と一人思う俺だった。



 ※※※



「本当に、済まない……」


「ちゃんと謝れるじゃん」


「貴様……!」


 埒が明かないので、割って入る。


「ニヒルさん、やめてくださいよ」


「ニヒルでいいよ、トーマ君」


「そうだ、コイツに尊敬するべき点などどこにもないっ!」


「ま、まあ落ち着いて、ガイアさんも」


 壁ぶち抜き事件があっておおよそ三十分後。


 犯人のガイアさんと呼ばれる女性魔法使いと、ニヒルと呼ばれる性別不詳暗殺者がうちに謝りに来た。今は和室で三人座りながら、両者の言い分を聞いている。


 話を要約すると、ニヒルは有名なPKクランである【暗殺稼業】のクランマスターであり、彼(彼女)によってPKされたガイアさんがお礼参りにクランハウスを襲撃、流れ弾で隣家の俺の家が攻撃されたということだった。


 というか、俺の家、PKクランハウスの隣なのか…。


「毎度毎度アホみたいに殺されるから悪いんだよ。何で魔法使いが岩をまとってぶん殴ってくるの?」


「うるさいっ!よりによって貴様にプレイスタイルをとやかく言われる筋合いなどないわっ!」


 ガイアさんのスキル【大地参照】は魔法系のスキルで、指定した地面付近の土壌を操ることができる、というものだ。


 彼女はそれを利用し、大量の岩石を身にまとうことによって、魔法使いでありながら近接戦闘をバリバリこなすという、面白いプレイスタイルを取っている。


 ただ、顔面まで埋めると視界が悪くなり、呼吸ができないため、顔がほぼむき出しになるという弱点を持つ。


 また、ニヒルというプレイヤーは有名なPKプレイヤーで、βテスターでもある。彼(彼女)は投げナイフによる中距離からの暗殺を好み、戦闘職のプレイヤー相手であっても驚異のキル率を誇る、その道のプロだ。


 まあつまり、そんな二人が相対すると何が起こるかというと、ニヒルによる顔面的当てゲームになる。


 そんなわけで、ニヒルにキルされたガイアさんが律儀にも謝りに来てくれて、なぜかニヒル自身もついてきたという状況だ。


「トーマに免じて不問にしてやるが、次会ったが貴様の最後だ、ニヒル!」


「口だけは達者なんだから」


 ニヒルはニヒルに笑うからニヒルという名前にしたらしい。静かな笑みに殺意が見え隠れしていて、恐ろしい。


 彼(彼女)は依頼される形で暗殺を請け負うのが主らしいが、ガイアのような『カモ』に対しては日常的にPKしているとのこと。


「貴様………!」


 実はガイアさんもβテスターだ。きっとβテストで何か因縁があったのだろう。


 そんな『カモ』がまた沸騰しそうだったので、仲裁に入る。


「とにかく、事情は分かりました。今回の修理費用は、ガイアさんとニヒルの二人が半額ずつ出す形でいいですね?」


 話がいつまで経っても終わらない。俺は両者の目を見て落とし処を提示する。


「……わかった」


「いいよ」


 ふーっ。俺は胡坐を崩し、立ち上がる。


「全く、勘弁してくださいよ。今日建ててもらったばっかりだっていうのに」


「これだけ早く出来るってことは、マドリの建築だね?いいよね、ウチも彼女に作ってもらったんだ」


 子供みたいに無邪気に話しかけてくるニヒル。


「それにしても、私に驚かないんだ?私がPKプレイヤーだってことも知ってる風だったし」


「私も疑問だ。PKが怖くないのか?」


「あんまりですね。こういうオンラインゲームは何でもありですから、怖がってる暇ないですよ。それに俺は今殺されても失うものはありません。ストレージボックスもまだおいていませんし」


 マイハウスに置けるストレージボックスというものは、特殊なアイテムに位置している。住居を持つプレイヤーが冒険者ギルドに行って貸与されるという仕組みで手に入る。


 無限にお金、アイテムを収納でき、ホイホイ出回ると運送、保管の概念が崩壊してしまうので、このようになっている。


 便利な半面、何かを収納した状態でマイハウスから持ち運ぶことができない、マイハウスの中でしか実体化できないといった多くの制約が課せられているアイテムだ。


「こりゃあ中々逸材だね。トーマOSO向いてるよ」


「癪に障るが、同感だ。死への恐怖は簡単には手放せないからな」


「そうですか?このゲーム割とすぐ死にますから当たり前なような気もしますが…」


 OSOには痛覚が無く、無限に死に戻れるから死への恐怖なんて二、三日でなくなってしまった。


 ぶっ壊れのスキルがあるから魔物強くしてもいいでしょ、という理屈で魔物がやけに強いし、PKがごく普通のことのように頻繁に起きるので、逆に恐怖を抱いている人を教えてほしい。


「ウチに来ない、トーマ?こんな思考の持ち主だし、君えぐいスキル持ってるでしょ」


「やめろニヒル。私の目が黒いうちは貴様に好き勝手はさせん」


「ニヒルには申し訳ないが、断らせてもらう。ソロで自由にやっていきたいんだ」


「ええー。もったいない」


 一体何がもったいないのだろうか。


「そんなわけなので、解散です!」


 話し合いを強引に締め括る。なんだか疲れた。少し休ませてほしい。


 ここからが地獄だぞ、というOSOの洗礼を受けたような気がして、俺は眩暈を覚えるのだった。

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