VRMMO 【Original Skill Online】
@LostAngel
第一話
【第一話】
さて、今日もやっていくか。
俺、トーマは一息ついて周りを見渡す。
『始まりの街』は今日も人でいっぱいだ。様々な思惑を持ったプレイヤーと、純真無垢なNPCがあふれている。
今遊んでいるこのゲームは、いわゆるVRMMOというやつだ。名を【Original Skill Online】という。縮めて『OSO』と呼ばれることが多い。
βテストを終え、正式にOSOが発売されてからもうすぐ一か月が経つ。
俺は家電量販店に徹夜で並び、何とか発売初日に初回販売版を購入することが出来た。いわば第一陣ということだ。
いや、βテスターが最初にこのゲームを遊んでいるから、俺たちは第二陣というべきか。
とまあ、リアルのことはどうでもいい。ゲームの話だ。
VRMMOが一般的なゲームジャンルとして確立されてきた現代だが、OSOのリリースは大きな驚きを俺たちゲーマーにもたらしてくれた。
プレイヤー自身が考えたスキルを携えて冒険ができる。
この画期的なシステムが打ち立てられたOSOの前に、多くのゲーマーが注目し、舌なめずりをした。
いうなれば、”おれ、わたしのかんがえたさいきょうのスキル”で異世界風のフィールドを駆け回れるのだ。
こんな夢みたいなゲームに食いつかないはずがない。発売初日から購入希望のゲーマーが殺到した。
電機屋には長蛇の列が並び、オンラインストアではアクセスが集中しすぎてサイトが落ちた。
俺もそんなゲーマーの一人だったが、幸運にも発売初日に買うことができた。
そして、OSOを遊び始めて約一か月が経過した。そろそろ動くべき時だろう。
「おおい、トーマ!置いてくぞ!」
ここはOSOの世界。異世界風の街並みが広がっている。
今、俺を呼んでいるのはグレープ。リアルで実家がブドウ農家だからそう名付けたらしい。安直な奴だ。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるぞ」
かくいう俺もリアルの名前そのまんまのキャラクターネームだけどな。
適当に返事をしてグレープの元へ行く。男二人で始まりの街を練り歩く。
「今日も検証するのか?」
「いや、そろそろ旅に出よう。充分に情報を集めた」
これ以上は時間が惜しい。別に攻略組ではないから、変に焦る必要はない。が、冒険したいという欲が抑えきれなくなっている。
「ふい~。そうか。もう殺されなくて済むのか」
「そうだな」
俺はこの約一か月の間、ゲーム内とゲーム外の両方で情報収集に奔走していた。ゲーム外というのは、OSOの攻略Wikiや掲示板だ。
大抵のゲームというのは、そのゲーム内で情報が完結しない。プレイヤーが得たゲームの情報はリアルへと持ち込まれ、Wikiの文章を潤したり、掲示板でのコミュニケーションを活発化させたりする。
そんな情報の大波の中を、俺は身を潜めて眺めていた。ROM専というやつだ。
さらに、ゲーム内でも極力目立たないように情報を集めていた。おかげでかなり時間がかかった。
このゲームには、『オリジナルスキル』が存在する。読んで名のごとく、世界に一つだけの固有スキルというべき代物だ。
プレイヤーはこのゲームを始めて遊ぶ時、いきなりこの異世界風の世界に降り立つのではない。
上下左右が真っ白い、謎の空間に放り込まれる。ラノベで言うところの死後の世界とか、神様のいる次元みたいな感じだ。
で、その空間で何をするのかというと、作文を書かされる。もっと詳しく言うと、”おれ、わたしのかんがえたさいきょうのスキル”に関する説明文を書かされる。
なので、プレイヤーはあらかじめ、欲しいスキルを考えておく必要がある。それを怠ると微妙なスキルを持ったままOSOの世界で遊ぶことになる。そんなのは御免だ。
そして、この説明文は一句違わず運営への要望となり、受け取った運営があれこれとそのスキルについての審議をした後、折り合いをつけた仕様書みたいなのを送り返してくる。これには二、三日くらいの期間を要する。
そのため、OSOのソフトを購入したその日には遊ぶことができない。こういう仕様だからしょうがない。
俺もしっかりした説明文を書いた。この説明文は詳細に書けば書くほど自分のイメージ通りのスキルが貰える。要はめんどくさがらずちゃんとに書けってことだ。そうすれば、「思ってたのと違う」ということがなくなる。
俺、トーマの”おれのかんがえたさいきょうのスキル”は、名前を【魂の理解者】という。自分を含めた全生命の魂を覗くことができる。
一つの肉体と一つの魂がセットになって一個体の生物となる。しかし魂は見えないので、心は脳が作り出しているだとか、感情は移ろいゆくものだとかいう輩がいるが、そうではない。魂も肉体と同じように、ただそこにあるだけだ。
俺は肉体の内側にある魂を視覚化し、魂の代謝ともいえる、感情を知ることができる。
さらに、魂に干渉することができる。こっちの能力がこのスキルの真価と呼べるな。
相手の肉体に手を突っ込むことで、肉体の内側にある魂を掴むことができるのだ。また、その状態で手を抜き取ることで、魂を肉体から引きずり出すことができる。
魂を失った肉体は、自我を失って放心状態になる。再び魂を植え付ければ、意識が戻る。
戻るのだが、単に出したり入れたりして遊ぶのが本懐ではない。
持っている魂はいじくることができる。魂は理性と本能で形成されているから、そのバランスを崩してやる。そうすると、極端に頭のいい個体だったり、本能のまま暴れまわる個体の出来上がりだ。
さらに、自分の魂の一部を混ぜ合わせることで、俺に忠実な魂を作れる。カッコウの刷り込みみたいなものだ。俺を親と認識させ、自由に命令できる個体を作れるのだ。
まあ【魂の理解者】についてはこんな感じだ。後々、戦闘でも頻繁に使うから今わかってもらえなくてもいい。
「どうした、トーマ?考え込んだりして」
そして、ゲーム内でできたフレンド第一号が、このグレープだ。
彼のオリジナルスキルは【自己再生】だ。効果は単純で、負った傷が時間の経過とともに癒えていくというもの。ただし、致命傷はその限りでなく、心臓をつぶされたり首を刎ねられたりしたら普通に死ぬ。
「ちょっと頭の中を整理していただけだ。行こう」
「おう!」
俺たちは『始まりの街』の西門からフィールドに出る。
プレイヤーにとって、オリジナルスキルは個人情報のようなものだ。スキルを知られるということは、生殺与奪の権利を他人に握られていると同義だ。
オリジナルスキルはプレイヤーが持つ最大の手札であり、諸刃の剣でもある。スキルは便利で、種類によっては戦況をひっくり返すほどの代物であるが、公衆の面前で安易に使ってしまうと、掲示板で晒されたり、検証組による人体実験に巻き込まれたりする。
可能であれば、スキルは使わないほうが良い。これはリリース開始から一週間ほど経った頃からプレイヤーの鉄則になった。
しかし、そんなことも露知らず、第二陣の初心者プレイヤーは、人前で安易にスキルを使ったり、周りの人にスキルの内容を吹聴してしまった。まあ、しょうがない。”おれ、わたしのかんがえたさいきょうのスキル”を周囲に自慢したい気持ちもわかる。何も考えずにパーッと遊びたい人たちも、特に気にすることなくスキルを使っていた。
だが、俺を含めた慎重派は慎重だった。掲示板に張り付き、プレイヤーの趨勢を推し量った。その結果、むやみやたらにスキルを使うのは控えるべきだ、という結論に達した。
よって、俺は約一か月もの間、情報集めと他プレイヤーとのコネクション作り、仕様の検証に時間を費やしていた。
そんな中、グレープは実験体として優秀であった。ちょっとやそっとの傷は回復するので、検証に便利なモルモットと化していた。
グレープとの出会いは全くの偶然だった。『始まりの街』の広場で手持無沙汰にしていたので、俺から声をかけてフレンドになった。
「しかし、俺たちだいぶ出遅れたんじゃないか?俺を殺す時間でもっと有益なことができたと思うが…」
「甘いな、グレープ。仕様を理解することもゲームの攻略に貢献しているといってもいいだろう。数多のグレープの死も無駄ではなかった」
「本当にそうか?」
「そうだ」
「ならいいか!」
見ての通り、グレープは考えが及んでいないところがある。俺がいなかったら、とっくのとうに他のプレイヤーに食い物にされていただろう。
俺たちはくだらない話をしながら、街から西に伸びる街道を進んでいく。周りは見晴らしの良い平原だ。
実は、一緒に攻略して遊んでいるフレンドがもう一人いるのだが、今日はまだログインしていない。まあ、彼女なら一人でも旅ができるだろう。
このゲームは、町の中心のテレポートクリスタルを利用することで、街から街へ瞬間移動ができる。しかし、一度街を訪れる必要があるので、初見の街へは歩いて訪れなければならない。
そのため、俺たちも旅をする必要があるというわけだ。
「魔物は任せろ!もう死への恐怖はない」
検証と称してあらゆる死に方を経験したグレープに、恐れるものはない。ガッツポーズをする姿が勇ましい。
街の外、フィールドと呼ばれるエリアには魔物が生息している。まあちょっと大きくて獰猛な動物みたいなものだ。
街道沿いは魔物との遭遇率が低い方だが、ゼロではない。早速、狼のような魔物が一匹、茂みから飛び出してきた。名をプレーンウルフという。
「俺の剣を食らえ、オオカミっ!」
グレープが意気揚々と飛び掛かる。両手にはシンプルなつくりの剣が握られている。
このゲームに職業システムはないのだが、あえて分類するなら、グレープは剣士に該当する戦闘職だ。金属鎧と両手剣が初期装備。初期装備は死んでもロストしない。
飛び掛かったエネルギーを利用して、剣を振り下ろすグレープ。これに対してウルフはサイドステップを軽やかに踏んでよけた。そして隙だらけの彼の喉笛にガブリとかみついた。
「グエーッ!!」
謎の断末魔を上げてグレープは死んだ。命とは儚いものだ。
OSOの魔物には高度のAIが積まれている。鎧を身にまとったプレイヤーに対しては関節や首筋を狙うような行動をとる。
しかもこのゲーム、体力や魔力、攻撃力や防御力といったパラメータが存在しない。いや、実際にはあるのだろうが、プレイヤーが確認する術がないのだ。
なので、急所に攻撃をもらうとあっけなく死ぬ。どこまでもリアル志向なゲームである。
グレープが『始まりの街』でリスポーンするまで、少々時間がかかる。プレイヤーが死亡すると、一分間遺体が放置される。その後、何の前触れもなく遺体が消滅し、その場にプレイヤーが持っていたアイテム、お金、装備がすべてぶちまけられる。
リスポーン地点である『始まりの街』の中央広場からここまで、走っても五分はかかるだろう。
ならば、余裕があるな。
俺はグレープの首から牙を抜いたウルフと対峙する。
約一か月の準備期間で、『始まりの街』周辺の魔物の行動パターンもばっちり調査済みである。
一向に攻めてこない俺に、痺れを切らしたウルフが飛び掛かってくる。
攻撃速度がよほど速い相手でない限り、先に攻撃を仕掛けた方が不利だ。なぜなら、カウンターで急所を狙われるからだ。
そして、ウルフの攻撃速度は速いとはいえない。
よって、さっきの立ち合いのように俺はサイドステップを踏んで攻撃をよけると、ウルフの脇腹めがけて左手を突っ込んだ。
なんとも言えない感触とともに、左手がウルフの肉体の中に入り込む。この技は実際に肉体を切り裂いているわけではない。スキルの発動条件のようなもので、精神に干渉する行為といえばわかりやすいだろうか。
指に何かが当たる感触がする。これがこのウルフの魂だ。さらに左腕を突っ込み、しっかと魂を握りしめると、一気に引き抜く。
左手には白と黒のマーブル柄をした球体が握られている。白が本能、黒が理性の領域だ。
魔物は本能のままに行動する生き物なので、若干白の領域が広い。
俺は糸の切れた操り人形のように沈黙したウルフを捨て置き、右手を自分の胸に突っ込む。そして自分の魂をちぎり取り、その一部を取り出す。
そしてウルフの魂に自分の魂の一部を混ぜ込む。色の異なる二種類の粘土を混ぜ合わせるイメージだ。
最後に、出来上がった改良型魂をウルフに植え付ける。こうすることで、精神の潜在的な領域に俺という存在が入り込む。
するとどうだろう。完全に服従させることはかなわないが、俺を親のような存在として認識したウルフは、俺の命令に従う。子どもが親の言うことに従うみたいな感じだ。
大人しくなったウルフに近づき、跪かせる。荒々しい毛並みを撫でながら、グレープを待つとしよう。
数分後、グレープが走って戻ってきた。ウルフが唸り声をあげて警戒する。
「大丈夫だ、グレープは敵ではない」
俺は眷属となったウルフを落ち着かせる。
「すげーな、トーマ!使役系のスキル持ちだったのか」
俺は約一か月間、グレープの前で【魂の理解者】を発動したことがなかった。敵を騙すには、まず味方からだ。彼は口が軽そうだから、情報の流出を恐れたというのもある。だからグレープは少し勘違いしている。
OSOのリリースから一週間ほどで一部のプレイヤーのスキル情報が流出したため、攻略Wikiは大いに潤った。そのため、Wikiの執筆者たちは、スキルを大まかな系統に分類することにした。使役系はそのうちの一つで、魔物を使役するような内容のスキルが該当する。グレープの【自己再生】は肉体強化系にあたる。
「なんかすげー吠えられてるけど、俺、大丈夫だよな?」
「俺が近くにいれば大丈夫だろ」
グレープは未だ唸り声を上げるウルフに怯えているようだ。俺は特に気にせず進んでいった。
草が禿げて土が露わになった街道に沿って進むことで、新たな街にたどり着ける。徒歩のため時間がかかるが、仕方がない。移動手段として、商人の護衛依頼を受けて馬車に乗せてもらう方法があるが、おすすめはできない。
何を隠そうこのOSOには、プレイヤーキル、すなわちPKが横行しているのだ。
先ほど述べたが、プレイヤーが死亡すると持っているもの全てをぶちまける仕様となっている。そのため、プレイヤーはいわば足の生えた宝物のようなものだ。PKは真面目に魔物を狩って素材の買取でちまちま稼ぐよりも、よっぽど効率がいいお金稼ぎの手段だ。
このような背景もあり、街の外は魔物とPKプレイヤーにあふれる魔境となっている。もちろん、善意の塊のような優しいプレイヤーもいるが、用心に越したことはない。商人の護衛なんて引き受けてしまうと、即刻PKされて所持品と積み荷を全て奪われる。
PKがおいしいことが発覚してからというものの、掲示板ではアイテム、お金を全て預け、初期装備を身に着けてフィールドに赴くことが推奨されるようになった。
ROMってこの情報を得ていた俺は、もちろん初期装備だし、お金もアイテムも持っていない。グレープにもそうさせた。『持たざる者』になることが、PKへの対抗手段の一つだ。
そんなわけで初期装備の俺とグレープだが、ウルフを一匹従えているので、そこまで危険ではない。
この世界の魔物は意外と心強い。戦闘に秀でたスキルを持つプレイヤーに対しては無力に等しいが、対魔物ではよく働いてくれる。
OSOは異世界を題材にしておきながらリアル志向も兼ね備えているので、プレイヤーレベルの概念がない。つまり、自分で魔物を狩ろうが、使役している魔物で狩ろうが、どっちでもよい。むしろ後者の方が推奨されている。少ない労力で済むからだ。
そんなわけで、たまにエンカウントする魔物は配下のウルフに任せ、グレープと喋りながら街道を進んでいった。
これから向かうユルルンという街は、ある理由により最もプレイヤー人口の多い街だ。そして『始まりの街』は二番目にプレイヤー人口の多い街だ。何が言いたいのかというと、この二つの街をつなぐこの街道は、初心者がよく通る道だということだ。
そして初心者の中には、右も左もわからないまま街を飛び出してきたというプレイヤーが一定数いる。さらにそういうプレイヤーがいるということは、ひよっこ目当てのプレイヤーキラーがいるということだ。
しばらく進むと、何やら前方が騒がしい。遠目に見た感じから、人間同士の戦闘だと判断した俺は、一人と一匹に警戒を促す。
「しっ。PKの確率が高い。まずは様子を見よう」
「えっ?困ってる人がいるなら助けた方がいいじゃんか。行こうぜ」
「あっ、おい!」
俺の忠告も聞かず、グレープは前方に駆け出す。
仕方がない、やれ。
俺はウルフにグレープの殺害を命じ、ウルフは忠実に実行した。背後から襲わせたので、グレープには何が何やらわからないだろう。急に魔物が現れて襲い掛かってきたと嘘をつこう。
すまんな、グレープ。またいつか一緒に旅をしよう。
彼の命に思いを馳せながら、前方の戦いを見る。
街道に立つ四人の初心者らしきプレイヤーたちが十人ほどのプレイヤーキラーに襲われている。
なぜ彼らが初心者と分かったかというと、明らかに高そうな装備や武器を身に着けているからだ。
先に述べた通り、ある程度情報に精通していれば、値の張る装備でほっつき回ることが愚策であると理解している。だから彼らは初心者だ。
そして、恩を売りやすい相手でもある。
俺は初期装備の短剣を鞘から引き抜くと、そろりそろりと戦場へと近づく。
初心者の四人は近接職三人と後衛一人の編成であるようだ。近接職が三角形を構成して中心の女性を庇っている。その周りをぐるりと囲むようにしてキラーが輪を成している。
キラーのリーダーとみられる恰幅の良い男性が、号令をかける。
「野郎ども、かかれっ」
「おうっ」
キラーたちが手にしている武器を掲げ、一斉攻撃を仕掛ける。
今だな。完全に輪の中の獲物にしか注意が向いていない。
素早くリーダーの背後に駆け寄り、背中を一突き。
「がっ、な、なんだと」
わかりやすい断末魔を上げ、キラーのリーダーは死亡した。
俺の奇襲にその場にいる全員が硬直する。おい、手を止めてる場合か。
「今だよ、今。チャンスだろうが」
「い、いや、卑怯だなって」
俺の言葉に、初心者の男の一人が率直な感想を述べる。装備からして剣士だな。
って、なんだ卑怯って。助けに来てやっただろ。
「ここは俺たちが力を合わせて脅威を跳ね除ける流れだったじゃん…」
こ、こいつ。かぶれてる。自分が物語の主人公だと思ってやがる。
俺は未だ呆然としている近くのキラーにナイフを突き入れた。これで二人目。
どうやらこのプレイヤーキラーの集団、NPCのようだ。
OSOのNPCは単なる街の住人だけではない。プレイヤーに何でも教えてくれる善人もいれば、プレイヤーキラーのような悪人も存在する。
プレイヤーと違ってNPCはリスポーンしたりしないが、正当防衛である。情けは無用だ。
素早くナイフを引き抜き、別のキラーの喉笛を引き裂く。ウルフに命じ、他のキラーを襲わせる。
「何をぼさっとしてる。奪わなければ奪われるぞ」
「あ、ああ…」
どうやら初心者四人組は、OSOで人の死ぬ瞬間を見たことがないようだ。完全に委縮している。そんなんじゃこの先生き残れないぞ。
結局、四人がまごまごしている間に、俺とウルフで何人かキルした。NPCのキラーには数的有利を判断するような思考回路があるらしく、残りの何人かには逃げられてしまった。
NPCはプレイヤーのように、初期装備で身を固めるという概念がないので、装備のドロップがおいしい。また、そこそこお金も持っていた。下手にプレイヤーを狙うよりうまい。
「あ、悪魔…」
剣士くんがボソッと呟く。悪魔で結構。落ちるところまで落ちないと、一生負け組のままだ。
「それより、プレイヤーキラーのアジトを探すぞ」
「アジト、ですか」
タンクだろうか、大きな盾と槍を持った別の男が尋ねる。
「ああ、アジトだ。NPCのプレイヤーキラー(以下、盗賊)はフィールド上にアジトを形成していることが多い。元から叩いて、お前らのような被害者をこれ以上生み出さないようにするんだ。行くぞ」
「そ、そうだな。これが盗賊襲撃イベントってやつか!来た!」
「すまん、コースケはラノベが好きでな…。少々かぶれてるんだ」
剣士くんはコースケというらしい。他の三人は?俺は目線で自己紹介を促す。
「俺はマモルという。こっちの武闘家がリン。こっちの魔法使いがライラだ」
「形はどうあれ、助けてくれてありがとう。武闘家のリンよ」
「ら、ライラです」
リンはさほど気にしていないみたいだが、ライラは完全に怯えている。ただ盗賊を倒しただけなんだが、ショッキングな映像にあまり耐性がないのだろう。
このゲームは血が流れるし、四肢の欠損も普通に描写される。断面なんかは流石にきついので規制されている。ゲームの説明書に書いてあったと思うが。
「大丈夫?ライラ」
「もう大丈夫です。ありがとう、リン」
「すまんな、ええと…」
「トーマだ」
比較的話の通るマモルに名前を明かす。
「トーマか。うちのライラがギブアップみたいでな。せっかくのお誘いはありがたいが、アジトの襲撃は遠慮させてもらうよ」
「そうか」
「えー、行かないのかよ!」
周りが見えていないコースケが愚痴を漏らす。
「コースケ、パーティーメンバーの身を大事にしたほうがいい。アジトは俺が潰しておく」
「すげー!チートスキルってやつか!」
この話の噛み合わなさ、グレープを相手にしているみたいだ。
俺は適当に無視した。
「コースケ、行くぞ。向こうの街で会えたら、ぜひお礼をさせてくれ」
俺は四人とフレンドになった。恩を売れたかどうかでいうと微妙だったが、コネは多い方がいい。
マモルがコースケの襟首をひっつかみ、引きずっていく。その後ろをリン、ライラの順で歩いていく。
俺は去り行く四人をぼうっと眺める。完全に四人が離れたことを確認し、行動を開始する。
「よし、潰すか」
この約一か月の間で何度も行ってきたことの一つである、『アジト潰し』を敢行する。
盗賊は略奪した金品をフィールド上の特定のエリア、通称アジトにため込む。そのアジトを潰すことで金銀財宝をそっくりそのまま頂くという算段だ。
プレーンウルフは鼻が利く。俺は配下のウルフに逃げた盗賊たちの行方を探らせる。
街道から外れ、芝生に覆われた地面を歩くこと数分。死角の多い雑木林の中に野営地があった。ここが盗賊たちのアジトだろう。
粗雑な布で作られたテントが、中央の焚火を囲むようにいくつも設置されている。茂みの中からでは全体の様子は見えないが、盗賊の頭数は二、三十人くらいだろう。
NPCはスキルを持たないので、とにかく数の力でごり押ししてくる。必然的に盗賊が数十人ぐらいの規模になるのだ。
このまま飛び込んでも面倒なので、配下を増やすことにする。
さっき配下を作ったのと同じ手順で、野生のウルフの魂を引き抜き自分の魂を混ぜ、そして元の肉体に戻す。これを繰り返し配下を量産する。
時間と手間はかかるが、戦力増強が完了した。その数、三十匹ほど。
俺はウルフ軍団を従えて、アジトに踏み込んだ。
「な、ウルフの群れだと!」
予想外の魔物の襲撃に、戸惑う盗賊たち。
いけいけ、どんどん襲い掛かれ。
焚火を囲んでいた盗賊たちは慌てて武器を構えるが、ウルフの華麗なコンビネーションによって、一人、また一人とやられていく。勢いづいたウルフたちは、テントの中にいる盗賊の仲間を引きずり出し、首筋にかぶりつく。
五分もかからずに盗賊は全滅した。
アジトは正に、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。そこら中に血だまりが広がり、苦悶の表情を浮かべた盗賊の死体があちこちに転がっている。
放っておくと血の匂いで魔物が寄ってくるので、処理をしないとな。
そこら辺に落ちていた松明を拾い、中央の焚火から火を拝借する。死んでいる盗賊からアイテムとお金、装備を剥ぎ取る。テントの中もすべてチェックし、金目のものを回収してから火をつける。
全てのテントが燃えたのを確認し、最後に盗賊の死体たちを引きずって焚火に放り込む。NPCの遺体はプレイヤーのように消滅しない。きちんと火葬してやらないと、アンデッド化する。
これで証拠隠滅は完了。この一連の作業の間、ウルフたちに周囲を見張らせておいた。見られると都合が悪いからな。
少しのお金とボロボロの装備が主な収穫だった。たまに商人から略奪したレアな装備が手に入ることもあるので、今回は渋い結果であったと言わざるを得ない。
テントから周辺の木に燃え移った炎を見なかったことにして、俺とウルフ軍団はアジトを後にした。
目的の方向には街の外壁がうっすらと見える。ユルルンまではもう少しだ。
悲しいが、街の中に魔物を連れていくことはできない。ウルフたちとはここでお別れだ。
正直、グレープよりも愛着が湧いている。断腸の思いだが、俺がいなくてもやっていけるよな?
俺は初めに配下にしたウルフの頭をなでてやる。お前がリーダーになって、頑張ってやっていけよ。
配下たちは俺の魂を含んでいるので、俺と似たような思考回路で行動する。ずるがしこく生き抜いていけるだろう。
魔物を使役しているところを見られるわけにはいかないので、ここにウルフたちを置いていく。
じゃあな。後は好きに生きろ。
最後にそう命令して、くるりと後ろを振り返り雑木林を出ようとした。
が。
「あっ」
俺は、さっきまで仲間だったウルフたちに体中を噛まれて死んだ。
彼らは俺の思考をトレースしている。それが仇となった。俺がウルフの立場だったら、同じことをするだろうからな。
俺は『始まりの街』にリスポーンした。ここまでの苦労は一体何だったんだ。
気を取り直して再び西門に向かうと、グレープと一人の魔法使いが待っていた。
「やっぱり死に戻ってきた。ウチの勘は冴え渡ってるね」
彼女の名前はハッパ。俺の数少ないフレンドの一人で、スキル【爆発魔法】を持つ魔法使いだ。
「ウチを置いてきた罰が当たったんだよ。水臭いよ、検証に付き合ってあげたのに」
彼女はそう言うが、何度【爆発魔法】で殺されたことか。いない方が生存率が高いとまで断言できる。
【爆発魔法】は対象の生物の近くで爆発を起こし、相手にダメージを与える、魔法系に分類されるスキルだ。
爆発の威力は凄まじく、そこら辺の魔物なら一撃で倒せるのだが…。この攻撃は自らを含む味方にも有効なのである。
なので、大抵の場合巻き添えを食らって犠牲者が出る。しかも、爆発に巻き込まれると体の一部が吹き飛ぶという、リアリティのある仕様になっている。彼女のおかげで俺とグレープはグロ耐性を得たといっても過言ではない。
爆発の火力は調整できるが、火力と爆発範囲は比例するらしく、強力な一撃を狙うほど爆発に巻き込まれるリスクが上がる。
「さ、行こう。次置いていったら、ね?」
まさしく爆弾のようなプレイヤーだ。下手に逆らうと文字通り爆発四散する。
「悪かったよ、いつもの時間にログインしてこなかったから、今日は来れないと思ってたんだ」
俺は適当にごまかして、グレープと一緒に彼女の後をついていく。
彼女がいれば、別に魔物を使役する必要はない。戦闘は全て彼女に任せておけばいい。
「なあ、俺がプレイヤーを助けに行こうとした時、急に死んだんだが…」
「脇の茂みから急に魔物が飛び出してきて、グレープに背後から襲い掛かってきたんだ。俺は応戦しようと思ったが、間に合わなくてな」
ここも適当にごまかし、話題をそらす。
「そういえば、もうすぐリリースから一か月だな」
「イベント、なんだろうな。楽しみだぜ!」
爆発に巻き込まれるといけないので、ハッパを一番前において安全を確保している。そうなると暇になるので、グレープと情報交換する。
バアアアアアアアッ
爆発魔法は音と光がすごい。爆発源を直視していると失明するし、大きな爆発音はプレイヤーの鼓膜を容易に破る。
「え、なんだ。聞こえないぞ」
「もう一回言ってくれよ!」
失明は下を向くことで回避できるのだが、それ故に魔法の発動タイミングが分からない。
そして、ハッパというのは大雑把なプレイヤーで、常に最大火力をぶっ放す性格をしている。
「ウチも混ぜてよ!何の話してるの?」
「何か言ったか?」
「もう一回言ってくれよ!」
「ちょっと、無視しないでよ!何とか言ったらどう?」
「こうなるんだから火力を調節しろとあれほど…」
「本当だよな。毎回二人の聞こえない、聞こえないっていう文句は聞き飽きたぜ」
よって、ハッパとフィールドに赴く際には聴覚が犠牲になる。
俺たち三人は鼓膜が破れたまま(しかしグレープは時間経過で回復するので、破れる、回復するを繰り返す)、無事ユルルンの街に到着するのだった。
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