第35話 契約占領

「実際に武力で侵攻するのは最終手段です。契約的に占領を進めましょう」


リンクからそう言われて、アードレー家は経済的に困窮する貴族に対して、領地経営の業務代行ビジネスを始めた。


平たく言ってしまえば、アードレー家が手数料を取って、徴税業務などを代行したのだ。


多額の手数料を支払っても、今までの数倍の収益をもたらしてくれるアードレー家の業務代行サービスに多くの貴族が飛びついた。


その結果、今や国内貴族の四分の三超がアードレー家に領地経営を委託している。徴税だけではなく、官吏の人事も徴兵も防衛もとにかく全てお任せで、経済、政治、軍事の全てをアードレー家に握られている状況であった。


まさにアードレー家に契約的に占領されてしまっている状態なのだが、当の貴族たちは、今まで以上に贅沢ができるうえに、面倒な領地経営をする必要がなくなったため、願ったり叶ったりであった。彼らは楽して遊べればよく、自治権など必要ではなかったのだ。


また、少しでもアードレー家のやり方に注文をつけると、すぐに契約解消され、領地経営から手を引かれていてしまうため、全てをアードレー家に委ね、何も文句を言わない貴族がほとんどであった。


そんな状況が全く見えていないアルバート王は、アードレー家を討伐しようとしていた。ルイーゼの逃亡も許せないが、境界線に兵を配置するなど謀反ではないか。


「アードレー公爵家の振る舞いは断じて許せん! 討伐のための派兵を貴族に募れ。総司令官はグリム大将に任せる、すぐに行動に移せ」


宰相のマルクスは逃亡中で不在のため、リットン宰相代理にアルバートは勅令を下すが、リットンの反応が悪い。


「どうした、リットン。何か言いたいことがあるのか」


リットンは国内情勢を正しく把握していた。アードレー家と契約している貴族は、仮に外敵に攻められても、アードレー家の契約貴族の全軍が防衛してくれる。逆に言えば、アードレー家に逆らうと、契約貴族全てを敵にまわしてしまう。そのため、契約貴族だけではなく、全ての貴族がアードレー家に矛を向けることはないのだ。


「恐れながら、貴族からの派兵はまず見込めません」


アルバート王は怪訝な表情をした。


「なぜだ。王の派兵要請には応じるのが貴族の義務であろう。あれか、マルクスの申しておった領地経営契約か。忌々しい奴め。派兵要請は出せ。要請に応えない貴族は同罪だ。一緒に潰せばよい。あと、傭兵を集めろ」


「傭兵は集まりません。アードレー家に雇われた方が身入りがいいためです」


王は国内全てを敵にするつもりなのか。あまりの王の愚鈍さにリットンはめまいがしそうだった。


「貴様、そこを何とかするのが貴様たちの仕事だろうが。出来ない出来ないと言うのが仕事なら、子供でも出来るぞ。もういい、戦のことはグリムに聞く。グリムを呼べ」


グリム将軍が巨体を揺らせながら入室してきた。


「グリム、アードレーを討ちたい。勝算はあるか?」


「アードレー家の当主を狙い打ちするしか勝機はありますまい」


グリムが顎髭をなでながら、きらりと目を光らせた。いったい何のための演出だ、とリットンは思ったのだが、


「おお、勝てるのだな」


とアルバート王が食いつくのを見て、安い演出でも効果があるものだと、リットンは感心した。


「はい。四万の兵で陽動を行い、その隙に精鋭一万で当主を目標に特攻を仕掛けます」


「仮にその特攻が成功したとして、当主が死んでも、アードレー家は総崩れとはならないように思いますが、どういった作戦を用意しているのでしょうか」


リットンはグリムの答えを期待した。どのような作戦なのだろうか。


「文官に戦の何が分かる。大将の首を取れば、兵に動揺が走り、壊滅するのは時間の問題だ」


リットンは心の中で天を仰いだ。もう何も言うことはない。脳筋同士で破滅の道を進めばいい。リットンはアードレー家に保護されているマルクスを頼ろうと決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る