第30話 アンリの過去後半:アンリの視点

私は母のいない現在に未練はない。そのため、過去に行けるなら行きたいのだが、過去に行くというのが、よく理解出来なかった。


リンクはいくつか重要な点を私に説明した。


一つ目は、母の死を避ける方法についてだ。十六年前の過去に転移後、十六年の間に母の死の原因である王を殺す必要がある。すなわち、母の命日までに王を殺す必要があるのだ。


二つ目は、私が二人存在してはいけないということだ。私の父が母と結ばれないようにする必要がある。もしも、二人が結ばれて、妊娠してしまうと、その瞬間に私は消滅するらしい。


父と母が結ばれないと私が消滅するように思うのだが、私という存在はもう確定していて、そうはならないらしい。それよりも同一人物が二人いると都合が悪いようで、先に存在している方が消滅するそうだ。


「あなたは大丈夫なの?」


リンクも二人いると問題になるのではないのか?


「俺は昨日転移してきたばかりで、過去には存在しない。お前のお母様は俺のいた世界で毎晩俺の夢の中に出てきたのだ。彼女が何を思い、どう闘ってきたのか、俺はずっと見てきた」


過去が変われば、異世界のリンクは別の世界の女性の夢を見ることになるそうで、この世界にはリンクは一人だけになるらしい。


ちなみに、存在が時間軸で連続していない異世界人や未来人が「組織」に自動登録され、未来人には三日月型のアザが、そして、異世界人には星型のアザが浮かび上がるらしい。リンクはとても見せられないところに浮かびあがったらしい。どこかは聞かないでおいた。


三つ目は、私の正体、すなわち、私が娘であることを過去の母には、今日のこの日までは明かしてはいけないということだ。正体を明かしてしまうと、母の脳内時間が急激に今日まで進んでしまい、廃人になってしまう危険性があるとのことだ。


そして、最後は、私の正体がバレないように、私の顔を変えるということだ。私は母に非常に良く似ているため、今の容姿では過去の母に私の正体がバレてしまう可能性があるのだ。


私は決心した。


「行くわ、連れて行って!」


「後悔しないな?」


「ええ」


「よし、では、まずはお前の髪の色と目の色を魔法で変えるぞ。これでかなりイメージが変わる筈だ。あとは少し肌の組織を魔法で変化させ、目鼻立ちを微妙に変える。こちらの方は、後で元に戻せるように過去の組織に依頼しよう」


私はその後、組織につれていかれ、送還の儀式によって、リンクと共に過去に送られた。


***


過去の世界に来て、私は未来人となり、三日月型のアザが胸の中央に浮かび上がった。「組織」の一員となったのだ。


顔を変え、魔法の指導を受け、来たる日に備えた。決行日は母が刺繍のハンカチを皇太子に贈る日だ。この日、母は皇太子の仕打ちに耐えきれず気を失うはずで、リンクが失神した母を運び出す手筈になっている。


リンクによると、この日から母は徐々に精神的に追い詰められて行き、皇太子も母を虐めることが一つの快楽になって行ったのだという。母にとって、人生の転換点となった日だ。


母に皇太子の悪意に触れさせる必要があるため、この事件は可哀想だが母に体験してもらうしかない。


私は医務室の外に停車している往診用の馬車の中で隠れて待っていた。


リンクが母を抱いて馬車までやってきた。すぐに馬車の中に入り、母をそっと座席に寄り掛からせている。ぐったりしている母をとても大切に愛おしそうに扱っていて、リンクがどれほど母を深く愛しているかが、ヒシヒシと伝わって来る。


だが、私はそんなムードは要らないとばかりに、大はしゃぎしていた。


(うわあ、姉さまだ! とてもきれいっ!)


私は若かりし頃の母を目の前にして、大興奮だった。


「アンリ、支えてやってくれ。怪我をさせるなよ」


「ええ、分かったわ」


私が母の匂いと体温を堪能していると、しばらくして、母が目を覚ました。


「ここは?」


「王都から5キロほど東の郊外です」


「あなたは?」


「アンリといいます。ルイーゼ様の二つ歳下です」


「何があったのかしら。私、戻らないと」


(ああ、声も仕草も表情も間違いなく姉さまだわ。本当に過去に来たのね)


私は母に着替えを渡した。母の太ももには小さなほくろがある。過去に来たことをもうほとんど信じてはいたが、駄目押しでほくろを確かめたかった。


「あの、そんな風に見ていられると、恥ずかしいのだけれど」


「これは私としたことが。失礼しました。目を閉じておりますので、どうぞお着替え下さい」


私は気づかれないように薄目を開けて、母の太ももを確認しようと構えていた。


「ねえ、後ろを向いていてくれる?」


「同じ女同士じゃないですか。今までも侍女に着替えを手伝ってもらっていたのではないですか?」


私は抵抗した。


「いいから、後ろを向いていて!」


「……。かしこまりました」


仕方ない、先は長いんだ。確かめる機会はまた巡って来るだろう。


そう思って、いったん諦めたのだが、機会はすぐに巡って来た。盗賊に襲われて、馬車が急停車したのだ。


「盗賊だ。俺が対応する。アンリ、ルイーゼ様をお守りしろ。絶対に馬車から出て来るなよ」


リンクからの指示が出た。盗賊もリンクもいい仕事をしてくれる。私は出来るだけ真剣な表情を作り、母の方に振り返った。


「分かったわ。ルイーゼ様、早くお着替えを」


私は母の太ももを凝視する。


(あったわ。やはり本物の姉さまだわ! 本当に過去に来たんだ!)


絶対に母を死なせはしないわ。アルバート王、覚悟しなさい!

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