第27話 針紛失事件

ニ週間が過ぎた。


ここの仕立屋の針子は、午前番と午後番の二交代制だ。両方に入っているものも多い。ルイーゼは午後番で、午前は別のものがルイーゼの席で縫製をしているらしい。隣のリリーは一日番だ。


ルイーゼははっきり言って皆の中でかなり浮いていた。まず、綺麗すぎた。変顔でずっと縫製しているのはかなりキツく、三日目から開き直って変顔をやめたのだ。


「顔治ったの?」


三日目にリリーに言われた言葉だ。


「ええ、朝起きたら治ってたの」


「よかったね」


「ええ、よかったわ」


といった不毛な会話がリリーとルイーゼの間で交わされた。


次に話す言葉がおかしい。アクセントと言い回しが一人だけ変なのだ。隣のリリーがよくルイーゼに話しかけてくるのだが、ルイーゼの話し方が面白いようだ。


「そこの布を取って」が「そちらにあらせられる布をこちらに渡して頂くことを希望します」みたいに聞こえるらしい。


「そんな表現、誰もしないわよ。まるで貴族のお嬢様みたい」


とリリーからズバリ言われてしまった。


ルイーゼは雰囲気もおっとりしていて、ハングリーさがまるでない。一人だけセレブが混じっている感じだった。だが、さすがに貴族の子女が針子として働くわけがないため、豪商の妾の娘かなんかだと思われていたようだ。


そんな異質感たっぷりのルイーゼではあったが、刺繍の腕が良く、仕事も速かったため、職場には好意的に受け入れられていた。


最初の一週間はルイーゼの存在が物珍しかったらしく、いろんな人が立ち替わり話しかけてきたが、質問が一巡してようやく落ち着いたころ、リンクが店に来て、仕事場までルイーゼを迎えに来たことがあった。


どうやら組織の衣類をここに全て発注しているらしく、リンクは大得意客のようだった。


おかみさんはリンクのルイーゼへの態度に驚いた。まるでルイーゼがリンクの主人であるかのように非常に丁寧に接しているのだ。おかみさんはルイーゼの脳内順位をリンクよりも上にした。


翌日、ルイーゼはリンクについての質問攻めを受けることになった。


「あの人とはどういう関係?」


という質問が最も多かったが、


「紹介して」


という図々しいお願いもあった。


そして、さらに一週間が過ぎたある日、ルイーゼが作業場に入っていくと、いつもと違う緊張感があった。リリーがおかみさんに厳しく詰め寄られている。


入り口近くの針子に何があったのか聞いてみた。


「リリーの針が一本足りないらしいの」


針がないということは、衣服に混入してしまっているという可能性が高い。針の本数チェックは午前番の開始と終了、午後番の開始と終了の一日合計四回行われている。


リリーの針は午前の開始時点では揃っていたのだが、終了時点で一本足りなくなったらしい。ただ、リリーが縫製した衣服からは見つからなかったそうだ。


針をなくしたものの処分は解雇だ。


リリーを叱責していたおかみさんがルイーゼに気づいた。


「ルイーゼさん、すいません。ドタバタしてしまって。午後のお仕事の時間ですね」


そう言ってルイーゼに愛想良く笑ったおかみさんだが、リリーには厳しかった。


「リリー、あなたはグビよ。荷物をまとめて出ていきな」


ルイーゼは何か言おうとしたが、止めておいた。どういう理由があれ、針の管理が出来なかったリリーに非があり、おかみさんはルール通り、解雇しようとしているに過ぎない。


だが、リリーは奇妙なことを言っている。誰かがリリーを陥れるために針を隠しているというのだ。


ルイーゼは自分の席まで歩いて行って、リリーに言った。


「私が真相を突き止めてあげるわ。リリーは一度帰って。後で連絡するわ」


リリーは孤児院で育って、ここで働いて孤児院の食費の足しにしている。肩が凝るのが辛いが、子供のために頑張ると言っていた。


リリーが孤児院出身であることを軽蔑する針子が何人かいて、リリーに嫌がらせをすることがあるとは聞いていたが、ルイーゼがいる午後にはそういったことはなかった。


また、リリーがルイーゼと親しくしているのを妬む人も出ているらしいという話も聞いてはいたが、そんな馬鹿なことがあるとはルイーゼは信じられないでいた。リリーの妄想ではないかとも思ったのだ。


リリーは今は出ていくしかないと観念したらしく、ルイーゼにお辞儀をして、出て行った。目を真っ赤にはらして、悔しそうな表情をしながら。


「おかみさん、すいませんが、1時間だけこの部屋をこのままの状態で、私に預からせていただけますか。それから、アードレー家に使いをお願いしたいです。ルイーゼが困っている、と伝えてくれれば大丈夫です」


おかみさんが、アードレーの名を聞いて顔色を変え、コクリコクリと頷いて、部屋を出て行った。


ルイーゼは針子たちに向かって話を始めた。


「もうあと数日いるつもりだったけど、今日で終わりにするわ。私はルイーゼ・アードレーよ。公爵令嬢なの。改めてよろしくね。一人ずつ私の前に出て来てくれるかしら。針がついていないかどうか調べたいの」


全員が騒ぎ始めた。


「私たちの仲間のリリーを助けるためでしょう? ほんの数分協力するだけのことよ。さあ、あなたから来て。それとも、まずは自分で調べてみる?」

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