第四章 領地経営

第20話 農民生活

農民の朝は早い。日の出とともに畑に出る。


時給自足のため、やるべきことは盛りだくさんだ。畑仕事だけではない。家畜の飼育は牧人という職業の人に任せているが、果樹や野菜の栽培、パン焼き、馬の飼育など日の出から日の入りまで働きどおしだ。


しかし、ルイーゼには、案の定、楽勝だった。


組織から送られたという老夫婦は、優しい感じのおじさまとおばさまだった。とても上品で農民でないことは丸わかりなのだが、農業については実によくご存知だった。


「ルイーゼ様、農地には地力がありまして、同じ作物ばかり育てていますと、地力が落ちてしまいます。ですので、このあたりでは三圃式農業というのを行い、地力の低下を防いでいます」


種をまいて水をやれば、わんさか作物ができるということではないことをルイーゼは初めて知った。


「肥料は家畜の糞尿を使用するのが一般的ですが、裕福な農家は、肥料師に金銭を払って、魔法で農地を肥沃にしてもらうといったことも行っています。今回、私たちは自分たちで魔法を使います」


この世界の魔法は、実験室で行う化学化合物の精製を日常空間で行うというものだ。肥料の三要素である窒素、リン酸、カリウムを土壌に含ませると、作物がよく育つことを肥料師と呼ばれる魔法使いたちはすでに導き出していた。


だが、物理的な力作業は魔法ではどうにもならない。畑作業を含めた農作業全般は、リンクと組織から来たマッチョな美青年二人の三人で行っていた。彼ら三人が汗を光らせながら農作業に勤しむ姿をルイーゼとアンリは毎日木陰から見ていた。


「姉さま、農作業って、何だか素敵ですね」


「そうね。見ていて飽きないわね」


ルイーゼはリンクばかりを見ていたが、アンリはマッチョが好みのようだった。


ルイーゼとアンリは農家での作業は一切免除だったのだが、ルイーゼは少しは自分も役に立ちたいと思い、パン焼きと食事の準備をかって出た。


パンを焼くのは初めてだったので、おばさまから手ほどきを受けた。


「なんなのこのパン。柔らかくておいしい!」


こんなにおいしいパンは初めてだった。


おばさまは微笑んでいる。組織の人たちは、この柔らかいパンに驚くことなく、当たり前のような顔をして食べている。


(この人たちっていったい何なの? パン屋もびっくりのすごいパンなのにっ!)


おばさまの教えてくれる献立は、どれも美味なものばかり。リンクの料理は、男飯って感じのボリューム感があって、すぐに出来る焼き物や揚げ物が中心だったが、おばさまの料理はじっくりと調理する煮物や汁物が多かった。


「農民はこんなにおいしいものを毎日食べているのですか?」


「あら、そんなことないわよ。これはルイーゼちゃん向けの特別メニューよ」


ルイーゼたちがいるのは王都から20キロほど離れた郊外の農地だ。敷地は全部見回るのに半日かかるほど広大だ。屋敷もかなり大きく、しかも、ルイーゼの滞在のためにかなり内装を変えたらしく、アードレー家の離れよりも快適かと思うぐらい居心地がいい。


こんな感じで、楽しい農民生活が瞬く間に一週間ぐらい過ぎた。


「こんなんで本当に実習になるのでしょうか?」


ルイーゼはリンクに聞いてみた。


「ええ、なりますよ。農民の生活を見て覚えていただけばいいのです。本当の農家にルイーゼさんに滞在してもらうことも考えましたが、かなり危険だと思いましたので、この形にしました。ちゃんとこの地方のやり方で農作物を育てていますので、私たち男性三人の作業と似たようなことを他の農家でもしているはずです」


リンクたち男衆は朝から晩まで働き詰めだが、他の農家はここまで良質な労働力はないかもしれない。恐らく、一家総出で作業しているのだろう。実際、以前ここにいた農家は全員で作業していたそうだ。


「前の農家はどうなったのですか?」


「酒場で働いてもらっています。老夫婦はもう引退してもらって、未亡人と妹さんを給仕係として、四号店の開店時に採用してもらいました」


「ルイーゼの酒場」の四号店は、開店したばかりで、王都の南のポートタウンという港町で港湾関係の労働者や船乗りをターゲットとしていた。


「リンクさん、お体は大丈夫ですか?」


リンクが少し首を気にしているようだ。


「ええ、今は全然問題ないです。普段使っていない筋肉を使うようで、最初のころは筋肉痛が酷かったです」


そう言ってリンクは、こことか、ここはまだ痛いですと体を触っている。


(あー、私もリンクを触りたい。そう思ったりするのは、ふしだらなのかしら)


二人の関係は偽装夫婦になった後も、全く進展なしだった。

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