第三十七話
[第三十七話]
キイイィィッと軋む音を立て、冒険者ギルドの扉を開ける。
「やっぱり人が多いな」
時刻は十六時すぎだから、人が多いのは当然だ。
部活のないプレイヤーたちが依頼を受けに来るだろうし、逆に狩りを終えたNPCたちが依頼の達成報告にやってくるだろうからな。
俺は足を止めずに、カウンターの方へ向かう。
「…窓口はどこにしようか」
クリステラさんの姿を探すが、今日はいないようだ。
しょうがないから、知らない人に取り次いでもらおう。
そんなことを考えながら列に並んでいると、後ろから声をかけてくる人物があった。
「やあ、トール。昨日ぶりだね」
フクキチだった。
「あ」
俺は彼を一目見た途端、いいことを思いついた。
依頼なんかでせこせこタメルを貯めるより、彼に調薬した薬を売ればいいじゃない。
「トールもひょっとして金欠かい?」
「フクキチっ!俺が作った薬買ってくれるか!」
「えっ、ちょっ!?…確かに、いつか薬を卸してほしいとは言ったけど、依頼受けに来たんじゃなかったの?」
「俺はタメルを稼げればいい。それで、これは買ってくれるか!?」
そう言いながら、俺はフクキチを列から外させる。
そしてギルドの壁際に移動しつつ、回復効果:中の体力回復ポーションを見せた。
「ちょっと待ってね。……すごいよこれ!出回っているポーションは苦いのが多いから、NPCから敬遠されがちだったんだけど、これなら高くても買ってもらえそうだよ!」
「そうか、それならよかった」
やはり、味はNPCへの嫌悪感に影響するんだな。
プレイヤーに味覚がないのにもかかわらず、ポーションや食べ物のアイテムに味が存在するのはおかしいと思っていたんだ。
途端に、俺とフクキチは悪い笑みを浮かべる。
「トールの旦那、おぬしも悪よのう。ポーションでガッポガッポとは」
「なあに、フクキチ様ほどではありませんよ」
フクキチは、俺が飲みやすく、NPCに高値で売れるポーションを作れることを把握した。
そして俺は、フクキチがNPCの買い手に太いコネクションがあり、物さえあればすぐにでも売れることが分かった。
こうして、お互いの商売事情を理解した俺たち二人は、黒い邂逅を果たすのであった。
※※※
依頼を受けに来たが、思わぬビジネスチャンスが生まれた。
冒険者ギルドを出て、俺は歩きながらフクキチ先生の授業を受ける。
「通常、プレイヤーが個人でポーションを売るためには、商人ギルドと調薬ギルドの両方の承認を得る必要がある。この人は安定した品質を持ったポーションを作れますから、売ってもいいですよ、って具合でね。これは僕たちのような、売る人と作る人が別の場合でも必須だ」
商売はまだいいかと思って、アイテムの販売に関して調べていなかったのでとても助かる。
「でも僕は、ポーション販売の認可を受けていない。なぜなら、まだ仕入れ先を確保できていなかったっていうのもあるんだけど、税金みたいな、売り上げの分け前をギルドに差し出す義務が生じるのが嫌だったんだよね」
なるほど。
ギルドがその人と商品の安全性を保証する代わりに、ピンハネするということか。
彼は南に向かって歩き出しながら、話を続ける。
「トーマが僕に提案をしてきたということは、トーマも調薬ギルドの認可を受けていない。違う?」
「ああ、その通りだ」
俺は首肯する。
それに頷きながら、フクキチが角を曲がる。
数分歩いた後、とあるレンガ造りの建物の前で彼は足を止めた。
「それなら都合がいいよ。どちらかのギルドで認可を受けている状態だと、足がつきやすいからね」
足がつく?
フクキチ、やっぱりなにか企んでるな?
「フクキチです。開けて頂けますか」
彼が囁くような声で自分の名を名乗ると、古い木造の扉がゆっくりと開く。
「…入れ」
扉の間から顔を覗かせたのは、一人のおじいさん。
彼は俺を一瞥した後、掠れた声でそう言った。
「さ、どうぞ?」
「お、お邪魔します」
ドアから入ってすぐは、下に降りる石造りの階段だった。
俺はカツン、カツンと音を立て一段ずつ降りていく。
やがて階段を降り切ると、木造のドアが目の前に現れた。
なにも説明してもらっていないが、ここは一体なんなんだ?
「開ければすぐに分かる」
顔に出ていたのか、おじいさんがすぐに答えてくれる。
さらに、フクキチがノックもせずにドアを開けた。
「おお…」
中の部屋は、工房と呼ぶにふさわしい場所だった。
白いレンガで覆われた壁に、細長い木材を縦横に組んだ天井。
中央には大きく頑丈そうな正方形のテーブルがあり、手前側の側面には蛇口とシンクで構成された流し台が併設されている。
さらに、左右の壁際には雑多にものが置かれている棚、奥の壁には暖炉がある。
「ようこそ、”秘密の工房”へ。ここなら僕のツケで、なんでも生産活動ができるよ。素材はないんだけどね」
じゃじゃーん!という効果音がつきそうな感じで両腕を広げ、フクキチがそんなことを言う。
”秘密の工房”というからには、一般には知られていない生産場所なのだろう。
あと、『僕のツケ』というワードから推測するに、あのおじいさんから借りていると見た。
かなり値が張るだろうに、気安く俺に提供してくれるなんて感謝しかないな。
ただ、もう一つ嬉しいのが…。
「もう、ホテルの部屋を汚さずにすむんだな…」
これから危険な行為をしようとしているのに、俺はそんなのんきな言葉を漏らすのだった。
※※※
「体力回復ポーションの密造に必要なものは、主に三つ。ヨクナレ草と新鮮な水と、大量の試験管だ」
工房の中心にある大きなテーブルを囲み、俺とフクキチは作戦会議を始める。
今度は俺が教える番だ。調薬はそこそこやってきたから、自信はある。
「このうち、ヨクナレ草と水はトーマが用意できる。そうだよね?」
「ああ。アヤカシ湿原に行けばヨクナレ草は一杯採取できるし、『アクア・クリエイト』で純水が作れる」
「ということは、後は試験管か。それなら、僕がなんとか用意できるよ。でも、おそらく原料の砂が足りない」
砂?
確か、ガラスって砂を高温で熱して加工して作るんだったか。
完成品を取り寄せるんじゃなく、原料から生産するのか。
というか砂が足りないって、どれだけポーションを作らせるつもりだ?
「だから、トールにはここから東にあるフィールド、ココデ海岸で砂を採取してきてほしいんだ。これは依頼じゃなくて、直接する『お願い』」
商売に関わるアイテムの収集だ。これも本来は冒険者ギルドを通さなければならないのだろう。
でも、フクキチは『お願い』という形で道理を通そうとしている。
俺も彼も、ギルドに黙ってポーションを密造する算段だ。
「行ってくれるかい、トール?ヨクナレ草と砂の採集に」
「もちろん」
俺は即答する。
フクキチがここを明かしてくれた時点で、俺に断る選択肢はない。
味の良いポーションは、確実に売れる。
そして売れれば売れるほど、俺とフクキチの懐が温かくなることは確定だ。
「あと個人的に、トールにお願いしたいことがあるんだけど…」
その後、怪しげな表情で迫るフクキチと俺は、更なる密談を進めていくのだった。
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