共感覚令嬢。私は人の想いが花に見える【短編】

千八軒

共感覚令嬢

「ずいぶん大ぶりなお花なのですね」


「は、鼻‥‥?」


 ふと口をついて出た指摘に、豪奢ごうしゃな正装に身を包んだ紳士ジェントルは、慌てて自身の顔の中央を押さえてしまった。

 ああ、すいません、勘違いさせてしまいました。お鼻ではないのです。お花。



 ずいぶんとたくさんのスイセン自己愛の花と、大きな赤いユリ虚栄心を背負ってらっしゃったので……。


「シルフィーヌ嬢、すいません、私の顔はどこか変だったでしょうか?」


「いいえ、変なところなどありません。とっても、素敵だと思いますわ」

 にっこりと微笑みかける。


 微笑まれた彼、は照れたようにあたまをかく。赤いバラあなたを愛しているがぽんぽんと咲いた。


「アルフレド様、わたくしはこれにて失礼させていただきます。ほかにもご挨拶をしなくてはいけない方が多くいらっしゃるので……」


 スカートのすそをつまみ、ふわりと膝屈礼カーテシー。そのままドレスをひるがえし、彼の前を離れた。


 本当に、いやになってしまいます。

 晩餐会に参加する方々ときたら、みな虚栄心と、自己愛にあふれた方ばかり。

 こんなにも同じ花ばかり見ても目が飽きてしまう。


 キャッスル・オブ・ハルペルシェで開催された晩餐会はぜいをつくした盛大なものになりました。

 帝国内の諸侯が一同に集い宴を開く。とりわけこの会場では、貴族の高級子弟が集められ、若者たちの社交の場になったようです。


 皆様たくさんの思惑をもって集まっていらっしゃるらしく、様々な花が咲き乱れていて。その中でも、特に目を引くのが、白いスイセン自尊心と、赤いユリの花虚栄心


 さきほどから何度も声をかけられて、困ってしまいますわ。そういう花を背負った方ばかり来られるのだから。


 そんなことよりも、今日はできるだけ、目立たないようにしておきませんと。余計な騒動に巻き込まれると


 私は、できるだけ急いでいる風を装い、壁際に移動した。

 社交の場で一人でいる女性を壁の花と呼ぶそうですけれど、私もそうありたいものです。


 私が壁に背をつけると、会場では、楽団の流麗な音楽に合わせてダンスが始まる。各々相手を見つけペアになり、会場はダンスパーティの様相となったようです。


 その中でも、数人の女性たちに囲まれて得意げな方が目についた。先に挨拶をした、アルフレド・ザボン・オクチュアード様。帝国に名高い五大侯爵家のひとつ、オクチュアード侯のご子息。

 数人の貴婦人の中心に居られ、誰と最初に踊るか? で揉めているようですね。


「お盛んなこと……」


「――まったくだな」


 独り言に返事があって、驚きました。隣を見ると私と同じように壁を背にしたまま広間をにらむ、精悍な男性がいました。


「む、失礼……、つい声に出てしまったようだ」


 私の視線に気づくと、深々と頭を下げる。首筋あたりからもさもさとハシバミ和解の葉が生えてきて、最後にポポポンと可愛らしいカンパニュラごめんなさいが咲いた。


「大丈夫ですわ。そんなにお気になさらないでください」


 私は彼の顔を見る。

 ずいぶんと険しい表情をされているけれど、雄々しく美しい方ね。


 凛とした佇まいに、どことなく影のある表情。きりりとした眉。淡い髪色から北方の方でしょうか。帝国の一般的な貴族階級の軍正装をされていますが、腰に純白の毛皮をあしらっているのがお洒落ね。


 でも、それは外見の話。


 失礼した、と再び広間の中央に視線を移した彼の周囲に咲くのは、あまりにたくさんのトリカブト敵意の紫。アザミ復讐の赤紫も添えてずいぶん毒々しげなブーケね。


「もし……、どなたかを殺すのですか?」


「――――!?」


 目を見開き、振り返る彼。背後に、シャクナゲ警戒ハナズオウ不信が咲き乱れる。


 ――念のためと思い、鎌をかけたつもりだったけど、図星のようですね。相当後ろ暗いことを考えていたのかしら。


「お前、何を知っている……」


「お前ではありません。シルフィーヌ・ド・ラベンタリアと申します」


 射殺いころさんばかりの視線をサラリとかわし、私は名乗る。


 彼の表情をますます険しさを増し、アザミの花で顔が隠れようとするほど。これは、『触れるな』というところでしょうか。


「あちらでお話ししませんか? 私は敵ではないと思いますけど」


「わかった……」


 もっと何かを言いたげな声でしたが、素直に従ってくれました。


           ◆◆


「俺は、北方辺境伯オラトリオ家が跡継ぎ、ベルクント・アダムス・オラトリオという」


 北方辺境伯といえば、帝国の北を守護するかなりの大貴族。武勇に長け、荒々しい武闘派という噂の。

 オラトリオのお世継ぎということは、かの極北の白狼と呼ばれた、アドルフ・ユニス王の末裔でいらっしゃるということね。何を隠そう、私は白狼アドルフ王の英雄譚の大ファンなのです。


 そのことを伝えると、オラトリオ様は、おおアドルフ王をご存じかと頬をほころばせ、彼の肩にはそよそよとアルメニア共感が咲いた。


 それで、彼の警戒は解けたらしい。ぽつぽつとオラトリオ様は身の上話を聞かせてくれた。


 オラトリオ様にはお姉さまが一人いたが、ある貴族子弟に騙されもてあそばれたそう。婚約を餌に、近づき純潔を奪い、挙句にそんな約束など知らないと捨てられたのだという。


「姉はショックで、病みついてしまった。父は帝国との関係を悪化させるわけには行かず、辺境伯家は泣き寝入りをすることになったのだ」


 北方辺境伯が帝国に封じられたのは20年前のことであると記憶していた。きっと苦渋の決断だったのでしょうね。


「奴はあろうことか、『北方の蛮族あがりのオオカミ女が何を勘違いしているのか』と衆人の眼前で、罵倒したのだ。我々の祖先は、誇りを第一とする気高き民だ。誇りを汚されたままではいられぬ」


 オラトリオ様の周囲に紫のピオニー憤怒が咲き誇る。クローバー復讐オトギリソウ恨みも生えてきた。


「ではあなたは、姉上のために、この場で、その貴族子弟を討とうとされていたと」


「いや、それは……」


 彼の肩にニゲラ戸惑いの花が咲く。


「晩餐会の場で、そんなことをすれば、おそらく一族もろとも極刑は免れぬ。だが――、ただ文句の一つも言ってやろうと、この度の催しに参加したのだが……な」

 

 キンセンカ悲嘆の花も咲いた。


「毎夜、病み疲れ、髪をかきむしり、泣き叫ぶのだ。そんな、愛する姉の姿を見ると心が張り裂ける。なんとかしてやりたいのだが、どうすればいいかわからないのだ……」


 と、うなだれた。


「何もせずともいいと思います」

「なんだと」


 ――今から、きっとあなたの望むことが起きますよ。


 そう言って、私はオラトリオ様を広間の方へ誘導した。ちらりと見えたのだ。他の人を圧倒する、荒々しいまでのピオニー憤怒の花が。


 広間が騒がしい。しばらくして、悲鳴が上がった。見ると真っ赤な炎髪を逆立てた、帝国の皇女が、許嫁の五大侯爵家の次男坊アルフレド・ザボン・オクチュアードに強烈な平手打ちを見舞い、そのまま婚約破棄と絶縁を突き付けたのだ。


 皇帝一族は、国力強化のために、五大侯爵家との縁談を代々すすめていたが、アルフレドはそれを利用し、好き勝手なことをしていた。オラトリオ様のお姉さまだけでなく、その他の女性にも手を出しまくっていた。素行もよいとは言えず、良識のある貴族はみな辟易していたのだ。


 そんな中、ついに切れた帝国皇女が、婚約破棄に踏み切ったのだった。

 数々の罪状を突き付けられ、地に伏す、侯爵令息。

 

 あ、自暴自棄になったのか、皇女様に掴みかかった。あ、あーあ。二度目の平手打ち。とっても痛そうね。涙とよだれでボロボロ……。


 アルフレド・ザボン・オクチュアードは間もなく衛兵につまみだされていた。

 皇女様は周囲の貴族子弟たちに拍手喝采で迎えられている。本当に嫌われていたのね、アルフレド。彼の取り巻きの娘たちもすごすごと何処かへ消えてしまったようね。


「ああなってはもうおしまいでしょう? 貴方が手を汚す必要もないですわ」


 帝国本国の力も近年増していると聞く。もう五大侯爵家に遠慮する必要もないという事なのでしょう。

 

 私は、皇女様にすさまじい数の怒りの花が咲いていることを通りすがりに見ていた。あーあ、これは今日こそ何かあるわね。とアルフレドの側から離れなくちゃと思っていたのだ。


「短気を起こしてはいけない、という事ですわね」

 オラトリオ様の顔を見、にっこりと笑いかけた。


「どうやらそのようだな」

 オラトリオ様の周囲にはオリーブ安らぎ月桂樹勝利の葉が揺らめいていた。


「ありがとう。君のおかげで我が命と一族の名誉が守られたようだ。その……、今更なのだが、君の名を教えてほしいんだが」


 あら、この方少し前に名乗ったのを覚えていない様子。まぁそれほど余裕がなかったのでしょうね。


 私はいたずらっぽく微笑むと、少し意地悪をすることにした。


「私は、どこにでもいる貴族令嬢ですわ。ただ一つ変わったことがあるとすれば」


 ――私には人の想いが花に見える。共感覚。

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