第6話 誇らしく思った


 ◇


 先生は、家に電話したりはしなかったのだろうか。


 事件の日から数日たっても親には怒られなかった。それどころか怖いぐらいに普段の様子と変わりが無かったし、隠しているようにも見えなかった。

 そして今日、学校から帰ってきたときの母の様子も変わらずで、それどころか気分が良いのか、母のお気に入りで昔流行っていた曲を鼻歌で歌いながら料理していた。


「何かあった?」


「今日午前中ね、買い物行ったんだけど、あの子のお母さんに久々に会ったの。あの子、えっと名前なんだっけ?あの同じクラスの大人しい女の子。小学校から一緒だった子なんだけど」

「・・・・・・明日香さん?」

「そうそう、明日香ちゃん。なんか最近忘れっぽくてやだわ」



 血の気が引き、心臓が波打った。


 母は、割とすぐに誰とでも仲良くなる人で、学校で授業参観をするたびにママ友を増やしている。明日香さんとは小学校の時から何度も同じクラスになったことがあるので、彼女のお母さんと仲良くなっていても不思議じゃない。


 事件のあった後、僕は、彼女には達人みたいに声をかけに行っていない。直接危害を加えたわけじゃなかったからだ。でも彼女は、あの事件の一部始終を見ている。今考えてみると、あの事件の日以来、彼女はどこか僕のことを避けているように思う。


 事件のことが、彼女のお母さん越しに母に伝わったのかもしれない。


「それで明日香ちゃんのお母さん、光の事も話してくれてね。中学1年の時、明日香ちゃんの掃除のバケツもってあげたの覚えてる?」

「え?いや、覚えてない」


 うちの中学はバケツに水を入れ、その水でぞうきん掛けをして掃除する。


「あ、そうなの?それでね。明日香ちゃん、その時そのバケツがすごい重くて困ってたんだって。そんなときに光が、自分が持って行くって言って、それを運んで水を捨ててきてくれてすごいかっこよかったんだ、って笑顔で私に報告してきたんだって教えてくれたの」



 愕然とした。

 彼女はお母さんには事件のことは報告していないのだろう。彼女のお母さんが母に伝えなかった可能性もわずかにあるが、事件の加害者だった僕の良いところをわざわざ伝えるなんてありえない。多分、明日香さんのお母さんは、持っている僕の情報がそれぐらいしか無かったのだろう。



「それ聞いてね。私、本当にうれしかったの。誇らしく思っちゃった。あんたは自慢の息子だよ」


 うれしそうに言う母の顔を、僕は見れなかった。

 数日前、実験の時に見た彼女の顔は、笑顔とは真逆の顔だったのだから。


「ごめん、先に今日の宿題済ませてくるわ」


 そう言い残し、制服を着替えないまま自分の部屋に入って、僕は扉を閉めた。






 次の日、彼女にも一言言いたくて、一言ごめんと謝りたくて、朝早くから学校に行って、教室で明日香さんのことを待っていた。彼女が早く来てくれれば、2人で話せる時間もあるだろうし、ちゃんと謝れるはずだと。


 もう大分クラスメイトが集まり始めた頃、謝れるかなと心配していたそんなとき、教室に入ってきた彼女と目が合った。

 彼女はサッと目をそらして、自分の座席に座り、近くの席に座る友人と話し始めた。



 僕の中の勇気がしぼんでいく音がした。



 ◇


 私は、中学を卒業して、互いが別の高校に行くまでに、ついに彼女に謝ることはできなかった。

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