鯨よりも深く:変身、マーメイドフォーム!

 日曜日。

 朝、ゴツンとおでこに何かが当たって、目が覚めた。

「いったぁーい……何よ……?」

 もぞもぞと上半身を起こすと、枕元に指輪が転がっているのに気づく。

(……コイツ、あたしを起こすために、上から落ちてきたな!?)

 先月、突然現れて指にはまり、さんざんあたしを振り回した指輪。ママが魔法界から持ってきた物だとかで、ピンク、青、黄、緑、紫の石が花の形に並んでいる。

 なかなか抜けなくて、

「小学校にアクセサリー付けていったら、先生に怒られるから!」

と一生懸命お願いしたところ、その日の夜には渋々、外させてくれたんだけれど。

 以来、放課後や土日に、はめろと要求してくるのだ。学校行くときに指に居座られても困るので、要求されたら大人しく従うことにしている。

「わかったよ……はめるから、その前に、パジャマくらい着替えさせて……」

 ベッドから降りているとき、いきなり、指輪が強烈なブルーの光を放った。


「ええーっ、また!?」


 また指輪が勝手に、右手の人差し指にはまってる!

 着替えてもいないのに、何だか足元がヒラヒラしてる!

 急いで鏡を見ると、前回は全身ピンクだったけれど、今回はブルー系で、水着にパレオを巻いたような格好。パッと見、人魚っぽい? いやそれより、このパターンってことは。


「えみかー、起きてるのー?」

「ちょ、ちょっと待って! また指輪が!」


 階段下からのママの声に返事しているうちに、窓が開いた。


「やっぱりーっ!!」


 指輪に引っ張られて、体が窓の外へ飛び出したかと思うと、急に方向転換。家の近くを流れている川にダイブする。


(ぎゃー! 溺れる、溺れるーっ!!)


 川の中を引っ張り回され、ザバッと水面から顔を出すと、どこかの橋の真下だった。


「え……人魚?」


 橋の上から川を覗き込んでいた女の子と、目が合う。

 ていうか、この子、ウチのクラスの山田の妹じゃん!

 見られたよ、どうしよう、とアタフタしながら、水の中で上半身だけ謎ポーズを決めた。


「あ、あたしは、ご町内の平和を守る、魔法少女マジカルピンク! 今はピンクじゃないけど! よろしくね!」


 山田の妹(確か小2)は、ものすごく何かを理解した表情になった。

「そっか! 今は、マーメイドフォームなんだね!」

 ……納得してくれて良かった。そうか、これはマーメイドフォームなのか。

「あのね、マジカルピンク」

 あたしよりも理解力の高い妹ちゃんが、両手を合わせて拝むようにして、見下ろしてくる。

「昨日の帰りに、キーホルダーを川に落としちゃったの。おともだちと、おそろいなの」

 なるほど、それで橋の上に。そういやこの橋、ウチの小学校の学区内だわ。きっと、山田家の近所なんだろう。

「探してあげるよ。どんなの?」

「くじらさん!」

「鯨のキーホルダーね、OK」

 この川、真ん中は結構深くて流れも速いので、先生からは「絶対に川で遊んではいけません!」と注意されている。でも、ま、マーメイドフォームなら大丈夫だよね。

 落ち着いて潜ると、水中でも普通に息ができるし、よく見えることに気づいた。変身凄い。

 金属製の鯨を見つけて手に取ったとき、もっと深いところで、何かがキラッと光る。気にはなったけれど、今はこのキーホルダーを返さなきゃ。

 水面に顔を出し、魚のようにピョンと跳ねて、ひとっ跳びで橋の上に着地。右手を広げて、妹ちゃんに差し出す。

「これ?」

「そう! マジカルピンク、ありがとう!」

 手を振りながら帰っていく妹ちゃん。その後あたしは、橋から川に飛び込んだ。


(さっきの光……あれ、何だろう?)


 深く潜ると、落ちていたのは、蓋の開いたコンパクトだった。キラッと光ったのは多分、鏡だな。手を伸ばして拾った、その瞬間、


(ちょっとー、何でいつも、いきなりなのーっ!!)


 また指輪が強く発光して、川の中を引っ張り回された。家の近くで水上に飛び出し、開けっ放しの窓から自分の部屋へ。部屋がびしょ濡れになるんじゃないかと心配したけれど、窓をくぐると同時に変身が解けたら、濡れた服も髪も元通り。朝起きたときのパジャマ姿だった。変身凄い。

笑香えみか、帰ってるの?」

 コンコン、とノックされたので、「あ、うん」と答えると、ママがドアを開けて顔を見せた。

「今日は何色だった?」

「青……」

「そうなの、ママも見たかったわー。着替えたら降りてらっしゃいね」

 とことんマイペースなママが、言いたいことだけ言って去る。あたしは、変身が解けても手に持っていたコンパクトを見た。

 まじまじと観察すると、小さい女の子向けみたいな感じで、赤と金色のキラキラした飾りがたくさんついている。まだ新しくて綺麗だし、川に落としてからそんなに時間も経ってないと思う。持ち主も探してるんじゃないかな? さっきの妹ちゃんみたいに。

「――落し物は、届けないとね」


 着替えて、朝ごはんを食べた後、あの橋の上で拾ったことにして、コンパクトを交番に届けてきた。誰だかわからないけれど、持ち主のところに戻るといいな。



〈続〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る