塔のてっぺんから

(注)2019年の記事です



 今でもよく思い出すことの一つに、「塔から落ちた」がある。


 塔と言っても本物ではなく、小学校の組体操で「タワー」と呼ばれるものだ。何人かが肩を組み、その上にもう一段人が乗る。体重の軽かった私は、さらにその上に。高さは二メートルほどだろうか。


 練習中、下の人がバランスを崩し、振り落とされたことがあった。私はあっと思ったが、次の瞬間、すと、と着地した。採点があれば10点満点で9点以上はあっただろう、きれいな着地だったと思う。けがをするどころか、「何かが起こった」という感じすらなかった。誰に心配されることなく、練習が続いた。


 自分でもなぜそんなことができたのかわからない。そして何年後かになって、「もし落ち方が悪かったら」と思い始めた。私もバランスを崩して、着地がうまくいかなかったら大けがをしていたかもしれない。

 最近の組体操の事故のニュースを聞くと、さらに思い出す。あれは、危険なことだったのだ。あの時私は、何かに助けられたのではないか、とすら思う。


 ただ、単なる偶然ではなかったことも、高校生の時に分かった。体育の授業でハンドスプリングをすることになった。皆が苦戦するなか、たいして運動が得意でない私が、一回で成功した。しかも音もなく着地してのらりと体を伸ばしたので、皆が驚いていた。

 どうやら私は、柔らかく着地できる人間らしい。

 そういう練習をしたことがあるわけではないので、たまたまだと思う。そのたまたまがなければ、あの日塔から落ちて、大変なことになっていたかもしれない。


 気づいていないだけで、人間は大きな危機を何回も運よく回避しているのかもしれない。せめて、わかる危機は最初から避けられれば。

 

初出 note

https://note.com/rakuha/n/n134d6b1f38b5

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