第3話 刑事は闇に蠢く者たちを探る


 俺の名前は朧川六文おぼろかわろくもん。刑事だ。


 俺が勤務しているのは三途野市さんずのしという小さな町の市警だ。


 俺がコールドケース専門の特務班に配属されたのには訳がある。俺にはある特殊能力――特異体質といってもいい――があり、そこに目をつけた署長が俺を今の部署に放り込んだのだ。


 その能力とは死者と会話ができること、そして「殺されても死なない」身体を持っていると言うことだ。


 なぜ不死身なのかという理由を話すと長くなるので、まあそいつはおいおい説明して行くことにしよう。とにかく俺は死者とか亡者とかの絡んだ犯罪が発生すると例外なく引っ張りだされ、毎度この世とあの世の狭間で見苦しい死闘を繰り広げることになるのだ。


 ――「子供使い」とその背後にいる闇のオーナー、とにかくこの二人だけは俺がこの手で手錠をかけてやる。


 とりあえず沙衣とケヴィンが戻って来る前に、事件のより詳しい内情を抑えておいた方がいいだろう。俺は当時、捜査本部で指揮を執っていた同僚に話を聞くべく隣の捜査一課へ足を向けた。


                ※


「あの事件は当初、少年犯罪と麻薬にまたがる捜査になると見こまれてたんだ」


 一課――つまり殺人課の刑事である百目鬼どうめきは、苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。


「当初、ということはそうはならなかったということか」


「まあ、そうだな。久具募早苗の死が殺人と立証されず、なおかつ司法解剖で薬物と突然死の関連性が立証できなかった。これだけでもう、殺人課の出番は絶たれたに等しい」


「しかし十代の子供が違法就労させられ謎のサプリが出回っているとなれば、少年課の連中は心中穏やかじゃないだろう」


「そういうことだ。そっちの方は今でも捜査が続いてると思うが、とにかく久具募早苗の件に関しては働いていた『プルーティポーション』って店が潰れちまったんで、それ以上の追及は俺たちにはできなくなっちまったんだ」


「マネージャーの『子供使い』って奴に関してはどうだ?」


「そいつに関してはよくわかっていない。出身はボルネオ島で現地での通称はマティアナック。「子供の死」という意味らしい。呪術師の末裔とか言っているようだが、呪いの力で人が殺せるなら俺たち殺人課の刑事は全員、失業だ」


 俺は失笑した。たしかに呪いが死因なら、裁判所に出す物的証拠がない。


「ただこの件に関してはいわゆる「マトリ」が興味を示しているという噂もある。「子供使い」が従業員たちに提供していた「アポトス」というサプリを製造しているのが、ソーマメディカルという健康食品会社で、ここの母体はピーズコネクションというアジアの犯罪シンジケートと日本の侠獣会きょうじゅうかいというやくざ組織だ。

 ソーマメディカルは近年、「ソーマ七〇〇〇」という「若返りサプリ」で成功を収めている。この「若返りサプリ」に使われている植物と同じ物が「アポトス」にも使われているらしい」


「若返りサプリってことは、年寄りが飲むわけだろう?そんな非合法な成分が入った者を飲んで、身体には影響ないのかな」


「年寄りのことはわからん。だが、少女が亡くなったということから考えて、年少者の身体に危険をもたらす物質である可能性は否定できない」


「なるほど、確かに「子供の死」を名乗る奴にふさわしい薬だ。……ますます許せねえ」


「署としてはできれば「子供使い」の背後にいるオーナー、さらにはオーナーに指示を与えている「本丸」を引っ張り出したいところだろう。しかし俺たちが動かなかったのにはそれなりの理由がある」


「何だ?呪いが怖いのか」


「ある意味じゃ、その通りだ。やくざはともかく「ピーズコネクション」の実態がまだよくわかっていないんだ。噂じゃ呪術師の一族を抱え込んで、敵対する組織の人物を次々と「呪い殺して」いるという」


「まるでホラー映画だな」


「侠獣会も元は武闘派のやくざだったが、危険組織に指定されることを怖れた一部の構成員が初代の組長と血の気の多い組員を謎の力で皆殺しにしたらしい」


「そんなことをして平気なのか。内部分裂を引き起こすだけだと思うが」


「ところがその、クーデターを画策したというアジア帰りのインテリ組員が、穏健派のナンバー2を二代目組長に据えて自分はブレーンとしてちゃっかり生き残ったらしい」


「つまりそいつが組織の黒幕ってわけか」


「たぶんな。以前は乱暴なシノギが多かったらしいが、今じゃサプリの販売に飲食チェーンが主な事業だという。サプリに使われていた物質は現地で「呪仙草じゅせんそう」と呼ばれている植物で、「ソーマメディカル」にはこいつを栽培するための農園があると言われている」


「下手に黒幕に近づこうとすると、謎の呪術で殺されるってわけだ。こいつは剣呑だ」


「結局は違法薬物の方向から攻めるしかない。だが、なかなか尻尾が掴めず攻めあぐねてるってのが現状だ」


「よくわかったよ。捜査一課が俺たち特務班に久具募早苗の件を洗い直せと圧力をかけてきた理由は、本丸を落とすための情報――少女殺害とサプリ、それに「子供使い」の情報をなるべく危ない橋を渡らずに入手したい――そうだな?」


「人聞きの悪い言い方だな、カロン。何度も言うが俺からは何も答えられんよ」


「あいにくと疑うことが仕事なんでね。悪く思わないでくれ」


「気にするな。俺も同じ稼業だ」


 俺は百目鬼にねぎらいの言葉をかけると、捜査一課を後にした。


 ――くそっ、ますます不愉快になってきたぜ。なにが「子供の死」だ。


  俺は久具募早苗のあどけない顔を思い出し、死神の吐息のような黒い呟きを漏らした。



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