第13話 私設図書館を作ろう!

あんたは何がしたいの?



ないはずがないと言いたげな織子の笑顔。

自分がまだ知らない、何か素敵なことが待ち受けていると信じて疑わない眼差し。

贅沢に慣れ切って、望めば何でも手に入る、誰もがかしずく超絶お嬢様。


(叔母ちゃま、お話聞かせて! 聞いたこともないようなのを!)


そう言って物語をねだる姪と同じ目をしていた。


部屋にあった本のうち今は読まないものは文車に収納し、書庫に運び込んで保管することにした。

夜、一人になった忠子は机に向かっていた。


「なーにしてるのっ?」

「織子様。こういうものを作っていただこうと思ってるんです」


忠子は手元の紙を畳に広げた。時代設定をぶっ壊しかねないが、そこには二十一世紀なら一般的な木枠の本棚が描かれていた。


「これならたくさん収蔵できます」

「そりゃそうだけど……雅さの欠片もないわねえ。こんなに大きな棚だったら扉を付けて、絵を描かせたらいいじゃない。蒔絵も悪くないわ」

「そしたら本が見えなくなっちゃうじゃないですか! 実用第一です。棚はどうでもいいんです、何が置かれてるかが重要なんです!」

「そうなの? 身分の低い人間が考えることって分からないわ。大切なものを置くなら棚だって相応のものにするのが格ってもんじゃないの」


嫌味や皮肉ではなく、それが人の気分を害するかもしれないなど夢にも思わず思ったことを素直に口に出しているだけだ。


「あの……織子様に言われて、私考えたんです」

「うん?」


「何がしたいのか……って。私あの時までは、本さえあれば幸せでした。本に囲まれた生活が憧れだったんです。私の夢が叶ったって、そう思いました」


「ほんっとうに、あんたって変わってるわよね? 布地から全部自分のためだけに作られた着物や上等な調度、快適な生活より本がいいの? 恋愛にも興味ないみたいだし。で、あたし何を言ったんだっけ?」

「私のしたい事は何か、って」

「あー、そうそう! 蔵に本しまって終わりじゃないわよね。お金があっても貯め込むだけじゃ駄目じゃない。本だってそうなんでしょ? 良く知らないけど」

「はい! だから私、考えたんです」


忠子は拳を握りしめて言い切った。



「図書館を作ろうって!」



図書館という言葉を知らない織子は目を丸くして首を傾げる。


「えーと……文庫って言った方がいいんでしょうか。誰もが本を自由に読めるようにするんです。貸し出しもします。国史とか勅撰和歌集あたりは図書寮ずしょりょうがしっかり管理してますけど、物語とかは回し読みしてるうちになくなっちゃって二度と読めなくなったりしますよね。するんです。でもどこかが管理して、誰が借りたかはっきりさせておけばそういう悲しい事故を防げます」


「面白そうじゃない! でもどこに何があるか、素人じゃ分からなくない?」


「本はジャンルごとに置く棚を決めて、誰でも分かるように分類札を付けます。目録も作ります」


前世では大学時代に図書館学を学び、一応は司書の資格も持っている。とんでもない薄給で選択肢から外さざるを得なかったけれど、一番なりたかった職業だ。

分類コードを丸暗記していればと後悔せずにはいられない。0が総記、1哲学、2歴史、ブッ飛ばして9が文学ぐらいは覚えているが他はさっぱり記憶から抜けている。


現状はどこに何があるか把握しているし、同じ局の女房たちならあるはずだけど見つからないから探して持って行くなどと気楽に言えるが、図書館として機能させるならそういう不手際はなしにしたい。

飛香舎ひぎょうしゃで新しいことを始めたが手際が悪いなどと言われれば、徳子さとこの評判に傷がつく。


まずは明式部あけのしきぶに相談し、徳子姫と左大臣、そして帝からもお許しをいただかなければならない。


「今日はもう遅いので、夜が明けたら明式部様に相談してみます。織子様、本当にありがとうございました」

「あたしは頼んだだけだし、お礼ならお父様に言いなさい」

「そちらには早速お礼状をしたためます。織子様が何をしたいのかと言ってくださらなければこの発想は出ませんでした。織子様のお陰です」

「何気なく言ったことがひらめきになるなんて、あたしはやっぱり天才なのね。図書館って言ったかしら? 初代名誉館長になってあげても良くってよ」

「是非!」


(そうと決まれば!)


灯皿の油が心許なかったので、忠子は翌朝手元が見える時間になるや否や机に向かい、あちこちに手紙をしたためたのだった。



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