宮仕え準備編
第6話 宮仕え準備にオーパーツ! それは眼鏡!
何と言っても広い。敷地からして広い。案内された離れが忠子の家サイズなのだ。
しかもこれが別邸だというのだからやはり上流階級はレベルが違う。
運び込まれた支度品たちもだ。
「宮中に来てもらうことになれば何かと物入りになるわ。必要なものはわたくしの方で用意します。叔父の別邸に届けさせるから、現地で確認してちょうだいね」
……と、徳子に言われ車も出してもらって来たのだが、確かにこれらを運び込まれたら忠子の家は家族が暮らすスペースがなくなる。
行李にぎっしり詰められた装束。
着物に焚き染める香の類も豊富だ。白檀や沈香など名前は知っているがどれがどれかは判断が付かない。一つだけ分かるのはクローブで、この時代は丁子と呼ばれていた。
時代物のBLでは丁子油がローションとして頻出するのである。
調度品の数々。宮中に上がれば部屋をもらって暮らすことになるから家具が一揃い必要だ。
几帳つまりパーテーションや文机などの大物から文箱や筆などの小物まで、すべてが一発で最高級品と分かる品々だった。
(うわあ。高級品なんて初めて見るけど、本物はピンと来るものなんだなあ)
前世で博物館巡りも趣味とし、後世まで残る品々を見まくって自然と見る目が養われていたからだと、忠子本人は知る由もない。
そして忠子の心を最も揺さぶったのは大量の本、本、本、巻物、絵巻物!
教科書に載っているような古事記、日本書紀、万葉集や懐風藻はもちろん漢文や紀行文から暦、女房が書いたと思われる物語、エッセイに至るまでありとあらゆる書物が揃っていたのだ。
忠子の家にもそれなりに書物はあったが、この時代は全部手書きの写本である。
書き損じがあったりどう考えても抜けや書き間違いがあるだろうと思われる、あげちゃってもいいや的な乱丁落丁本ばかりだった。
「読める! 読めるのよ! 今の私なら、高校時代に全っ然分からなかった漢文もスラスラと! 忠子の頭脳ありがとう!」
生まれ変わってもヲタクはヲタクであった。
「きゃあああああああああああああ!」
一抱え程のオシャレな桐の箱にかかった紐を解いた瞬間の絶叫であった。
「げ、源氏、源氏物語のマジモンの原書! いや写本だけど全巻? 全巻だよね? 五十四帖全部揃ってるううううう!」
震える手で一番上にあった書のページをめくってみると、おなじみの「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に」の文字が躍っていた。
数ページだけ読んだら勉強しよう、掃除しようと読み始めたら最後なのは分かっていても、つい手を出しているのが人の常。そしてのめり込んで読みふけってしまうのはヲタクの性。
「手元が暗くてよく見えない……暗い!? しまったあああああ!」
気がつけば日は沈み夕日の残り火もごくわずかになっていた。自宅までは徳子の手配してくれた車が送り迎えしてくれる算段になっているが、暗くなってからの女車は不用心だ。
恐らくはそろそろ帰りたくて待ち構えていたであろう使用人が声をかける。
「たっ……もう日が沈みます。ご両親もご心配されます故、このあたりになさっては」
時間は正に逢魔が時。
黄昏時とも言う。昼と夜が混じり合う不吉な時間帯で、魔物が出てくるとされていた。使用人が忠子の名前を呼びかけて止めたのは、逢魔が時に名前を言うと魔物に名前を憶えられてしまうと信じられているからだ。
「そうですね。遅くまでごめんなさい。すぐに行きます……あっ!」
立ち上がった拍子に足元に転がった小さな箱を思わず懐に入れて車に乗り込んでも、忠子はまだ夢心地だった。
(はあ……忠子の頭脳本当にありがとう……やっぱり常用の母国語に優るものなしだよ……)
源氏は色々な現代語訳で読んだし原文も読んだ。しかしこうして平安人の感覚を持ち原文を読んでみると言葉の端々のニュアンスが肌で感じられて新たな感動が湧き上がった。
(浮かれてばかりもいられないし、ちょっと理性的なことを考えて頭を冷やそう。つまり今は源氏物語より後の時代ってことだよね。源氏が書かれたのって……いつだっけ? 更級日記よりは前だよね?)
更級日記の作者である菅原孝標女が源氏物語を全巻贈られて感動するシーンがあるから、この時系列は間違いない。
しかし所詮は創作が好きなだけで歴女ではない文系ヲタク、幕末に関しては毎年色々起こっていたから年表を記憶しているが、平安時代はふわっとしか分かっていない。なんたって長い。
分かるのは源氏物語の成立は平安中期、藤原道長が欠けたることもなしと思へばと読んだ時代と前後するということぐらいだ。そして今はそれよりは後……
「きゃっ!」
「申し訳ありません、小石を踏んでしまいました! 大丈夫ですか!?」
「平気です、ちょっとびっくりしただけです。お気になさらず!」
牛車が跳ねた衝撃で懐から軽いものが転がり出た。出てくるときに確かめもせず持って来てしまったものだ。改めてよく見ると蝶番のついた細長い箱だった。
(何だろう。ずっと昔から知ってるみたい……)
漆塗りに螺鈿が施された贅沢な一品に見覚えなんかあるはずないのに、この形この重さのしっくり具合はどういうことだろう。
ほとんど無意識で持って来てしまったのもまるで昔から持ち歩いていた愛用品のように手に馴染んだからだ。
絹の端切れに包まれて中に納まっていたのは凄まじく違和感炸裂の代物だった。
そして同時に、とんでもなく見覚えがありまくる物品だった。
「……眼鏡? だよね、これ……眼鏡っていつ頃からあったんだろ? あー、グーグル先生のいらっしゃる世界が懐かしいっ!」
それはどこからどう見ても眼鏡。
「いいのかな? これオーパーツなんじゃ……」
戸惑いはあるが前世では一日たりとも離れて過ごせなかった相棒の登場に手を伸ばさずにはいられなかった。かけてみると度数もピッタリ。
一瞬でクリアになった視界の快適さで周囲に花が咲く。徳子のような美少女が背負う豪奢な百合や桜ではなくてミリペンで適当に描いたような小花模様だが。
「無理……ああ、もう無理……私、どうして今までこの子なしでいられたんだろう……」
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