第56話 アイリーン②
怪我が治ったお陰か、二、三日滞在するとヨシュア達は町から出て行った。このような辺境の町に、そうそう用事はないはず。きっと今後会うことはないだろう、アイリーンはそう思っていた。
だがヨシュアは、しばらくすると再びこの町へと訪れていた。再開した時は、驚きすぎて面を食らってしまった。けれど自然と笑みが零れ、それは彼も同じで、二人して笑い合う。
明らかに貴族と思しき彼だけど、すぐに朗らかに笑顔を向けてくれる。
この町へはお忍びでの滞在らしいが、アイリーンの予定に合わせて毎日会いに来てくれた。
二回目の訪れの最終日「自分はこの国の王子であり、辺境には視察で訪れている」そう彼は語る。
何と、彼は本当に王子様だったらしい。
高位貴族なのは明らかだったけれど、王子様みたいだと思っていたら、まさか本当に王子様だったとは。
思考が追いつかぬまま、彼がアイリーンに言ったのは「良かったら王都で暮らさないか?」というもの。
その提案は青天の霹靂で、今まで考えもしなかった事。王都に来れば、これからはいつでも会えるようになる、という彼の翡翠の目は真剣だった。
戸惑うアイリーンの心中を察したのか「すぐに決断を迫らない、もし王都で暮らす事を了承してくれるなら、手紙にそう書いて送って欲しい」真摯に語るヨシュアに心が動く。
貴族は平民の気持ちなど、理解しようとしないと思っていた。「こんな辺境の町よりも、王都を選ぶはず」などと、気持ちを押し付ける事はなかった。生まれ育った環境を変える事への不安を分かってくれた。
ヨシュアが王都へ戻ってから、意を決して手紙で王都で暮らしたい旨を伝えると、早速返信の手紙が送られて来た。
花の浮き彫りの加工がされた、お洒落な便箋に心が躍る。
本当に迎えが来るのか半信半疑ではあったにも関わらず、ヨシュア自ら迎えに来てくれた。
迎えのために用意された馬車は、黒塗りで金縁が施されていた。長距離を移動するのに適した、非常に頑丈で立派なものだった。
本当は王子という身分のため、気軽に辺境へ足を運ぶのは難しいらしい。丁度辺境と王都の中間に位置する、地方の町で落ち合った。
そこから毎日が夢のようだった。
世界は自分のために、用意された舞台のような錯覚にアイリーンは陥っていった。
綺麗な服を着てお出掛けをして、王都の町はお洒落なお店が建ち並んでいる。毎日出掛けても飽きない。
自身の治癒魔法は、人のためにある力だと疑わなかった。それが今では、正しく生きてきた自分への、神様からの贈り物だと信じて疑わない。
むしろこの華やかな人生を手に入れるために、この力を授かって産まれたのではないかと、思ってしまうほど。
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