第36話

 

 活気のある町の通りには、甘い果物の香りや、焼かれている最中の香ばしい肉の香りなど、食欲の唆る香りが漂っている。


「クリストファー、あっち、あっちっ」


 クリストファーに抱きかかえられているフェリクスが、羽でとある店を指した。


「アレが食べたい!」

「はいはい」


 フェリクスが選んだのは、蜂蜜と胡桃が練り込まれた甘いパン。



「そうだ。喉に詰まらせると危ないから、飲み物も買って、そこの噴水広場のベンチで食べよう。ちゃんと水分補給もしないとな」

「はいっ」


 フェリクスは食い意地が張っているだけでなく、食べる速度も速く忙しない。パンを喉に詰まらせないようにと、心配してしまう。

 クリストファーはお守りに徹していた。


 提案を、フェリクスも素直に聞き入れる。

 今日は穏やかな気候に恵まれており、買った食べ物や飲み物を手に、広場で休憩するのに最適だ。いずれにしてもペット同伴ではどこも入店出来ないが。パンの代金を支払って受け取り、別の店で果実水も購入した。


 買った物を手に広場まで行くと、丁度眼前に噴水の見えるベンチに腰掛ける。


 すると、聞き馴染みのある声に呼び掛けられた。


「クリストファー?」

「殿下……」


 一瞬耳を疑ったが、目の前にいるのは正真正銘、現在幽閉中であるはずの第一王子ヨシュアだった。ついでにアイリーンもいる。

 あまりの事にクリストファーは「まさか」と無意識に零していた。


「こんな所で合うとは奇遇だな」


「そうですね」と、気の無い返事をするクリストファー。ヨシュアは、そんなクリストファーの膝の上に乗った、謎の生物に視線をやった。


 何だか太った鳥がガツガツとパンを貪っている。


 一瞬呆気に取られたが、フェリクスからクリストファーに視線を戻すとヨシュアは鼻で笑った。


「私の騎士を外されて以来、随分と落ちぶれたようだな」


 どうやら自分が落ちぶれたのではなく、クリストファーが落ちぶれているとの認識らしい。

 クリストファーは「絶対に喋るなよ」と、膝のフェリクスに念を送った。フェリクスは喋らなかったが、空気を読んだからではなく、パンに夢中でこちらの事は微塵も気にしていなかった。


「私はこの通り、謹慎も解かれ町への外出も許可されるようになり、充実した日常を取り戻している。逆にお前は、私の近衛を外され、抜け殻のような日々を送っているみたいだな」

「まぁ、何と思って頂いても構いま……」


 と、クリストファーが言いかけた時、遮るような声があげられた。


「まぁ、ヨシュア様ったら。そんな言い方酷いわっ」

「アイリーン、まさかクリストファーが気に入ったのか……?でもコイツは顔だけだぞ」


 クリストファーは、お前にだけは言われたくないと心中で一人ごちた。


「ヨシュア様、ただ私は日々人々の平穏を願っているだけです。皆んな仲良くしましょう?」

「アイリーン……やはり君はとても優しい人だ」


 ヨシュアは感極まった表情でアイリーンの瞳を見つめ、両手を握りしめた。


 目の前で繰り広げられる下らないやり取りを強制的に見せられながら、クリストファーは「私は一体何を見せられているんだ……」と頭痛と震えが止まらなかった。

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