1-16:依頼の報告と魔術の基礎について 下

「えぇっと、どこまで話しましたっけ」

「弾丸を込めてるから、すぐに撃てるって所までだな」

「そうでした。それでもし、魔術弾が無ければなんですが、自前の魔力と詠唱が必要になります。魔力を事象の彼方に接続するのに、長い詠唱が必要になるんですね」

「じ、事象の彼方……?」


 かっこいいワードが出てきたが、残念ながら理解が追いつかない。そして、こちらの質問に対してソフィアも苦笑いを浮かべるだけだった。


「事象の彼方については、私たち魔術師もよく分かっていないのが現状です。ただ、あらゆる物理法則はそこで計算されており、そこに接続することで、普段起こりえない現象を起こすのが魔術、というのが今の学院の解釈です」

「なるほどなぁ、よく分からないということは分かった」

「そうですね、私もよく分かりません。ただ、明確なことは、魔術弾がない魔術は実践に耐えきれない、ということです。

 第一階層はほぼ無詠唱で打てますが、実践レベルで強力になる第三階層辺りからは、一般的な魔術師の集中力で三分ほどの詠唱が必要になります」

「その間、棒立ちは厳しいな」

「はい。そのため、魔術弾が何発か装填されている魔法の杖を使うのが、魔術師としては一般的ですね。私の杖には、第一から第六階層までの弾丸が各九発、計五十四発搭載されてます。あと、この魔術弾を利用するというのは、防犯にも役に立つんですよ」

「うん、どういうことだ?」

「魔術って免許制なんです。学院の学部以上を卒業して、初めて外で魔術の利用を許可されます。そして、その魔術師の格に合わせて、携帯できる魔術弾の数が決まっています。この魔術弾は、軍しか支給できません。そうなると……」

「成程、魔術は強力だから、それこそ街中の喧嘩でぶっ放されたら大事になる。それで、ちゃんとした人には相応の数の魔術弾を支給する、こんな感じか」


 そうなるとソフィアはその学院とやらの学部を最低限卒業していることになる。この世界の学部生がどれくらいの年齢で卒業するのか分からないが、彼女のそれが早いのはほぼ確実だろう。


「はい。ちなみに、正規軍の半数は、学院の出身者です。残り半分が王国の騎士や、徴兵された平民の方ですね。冒険者と一緒に行動している魔術師も、正規軍には所属していないものの、学院との繋がりはあります」


 つまり、魔術は学院の関係者で牛耳られていることになる。また、全くの勘だが、恐らく軍隊でも魔術師のほうが立場は高い。


「……この世界において、魔術師の立場はかなり高い?」

「そうですね、そうかもしれません。魔術師になるには、勉強さえすれば誰でもチャンスはあります。しかし、なかなかそのチャンスを掴むにも、生まれた家柄が重要になってしまいます。学院の試験は広く門戸を開いていますが、入学できるのは一握りですから」

「まぁ、簡単に入学できるなら、みんな魔術師になりたがるわな」

「はい。魔王のいない平時でも、魔獣討伐や治安維持、新たな魔術の開発にと、学院は世俗に対して大きな影響力を持ちます。多くの魔術師が生まれるのは望ましいことかもしれませんが、学院の指導体制が人気に追いついていないのが現状ですね」


 そこまで聞いて、自身がスペルユーザーになるのが厳しいという理由もよく分かった。神聖魔法は恩寵がないと使えない、魔術師になるにはこの世界流の受験戦争を勝ち抜かなければならない訳だ。

 

 そう考えている隙にお互いの食事が終わり、直後に良いタイミングで追加の注文を女性店員が机に置いた。値段のわりに小さいが、色とりどりのフルーツとクリームの乗った、美味しそうなタルトだった。


「わぁ……なんだか可愛らしいですね」

「准将さんにお出しするので、せめて盛り付けだけは気合入れました!」

「お気遣いありがとうございます」


 ぺこり、と店員に対して礼をしてから、ソフィアはデザートをじっと眺めている。


「……食べたいなら、遠慮せずに食べてくれていいんだぞ?」

「い、いや、なんだか食べるのがもったいないです……」


 両の手平を振って、私などが、みたいな雰囲気で遠慮したのもつかの間、ソフィアはまたじぃ、とデザートを見つめだした。


「折角出てきたものだ、食べなきゃもったいないぜ」


 そう言いながら、スプーンを差し出すと、ソフィアは意を決したように力強くそれを受け取った。


「はい……それでは……いざ!」


 まるでこれから決闘が始まるというような気迫でタルトの一角を崩し、フルーツとクリームを乗せて口に運ぶ。そしてゆっくりと、目を瞑って咀嚼し始める。


 そして唐突に、まるで宇宙の真理に気づいたかのように少女は目を見開いた。


「お、美味しいです!」

「それは良かった。もっと食べてくれ」

「で、でもでも、アランさんが食べたくて注文したのでは?」

「そうだなぁ、俺も半分いただこうかな」

「ぜひ! こんな美味しいもの、食べたの初めてかもしれません!」


 こちらにも食べることを施した後に、ソフィアはゆっくりとタルトを味わっている。しかし、小さいから半分と言えば男の口だと二つ口くらいで終わってしまいそうだ。


「ソフィア、あんまりデザートは食べたことないのか?」

「は、はい、果実や簡単な焼き菓子などはいただくこともあるのですが、このように工夫されたお菓子は食べるのは初めてで……はふぅ」


 ソフィアはしばらく目を輝かせていたが、いつかは終わりというものは来るもので、半分食べきってしまった。少女は名残惜しそうに、残っているもう半分を見つめている。


「うん、残り半分も食べてくれないか?」

「い、いいんですか!?」

「あぁ、なんだか記憶を失う前は、甘いものはそんなに好きでなかったような気がする」

「もう、本当です?」

「少なくとも、ソフィアほどのリアクションを取れるとは思わないな」

「それはそれで恥ずかしいような……それじゃあ、お言葉に甘えます」


 そう言いながら、再び目を輝かせてスプーンを運んでいく。今日頑張った彼女に対する礼なのだから、喜んでくれてよかった――少し周りを見渡すと、美味しくデザートを頬張る少女を見て、周りの冒険者たちも気持ちほっこりしているようだった。


 最後の一口に手を付けようとする瞬間、ソフィアは手を止めて、使っていないスプーンを差し出してくる。


「最後の一口になっちゃいましたけど、やっぱりアランさんも食べてください。二人で頑張ったんですし、美味しいもの、共有したいです」 

「そう言われたら、食べないわけにはいかないなぁ」


 残った柑橘の類と生地をスプーンに乗せて頬張る。故郷の味はどんなだったか――しかし、これはこれで、甘さ口いっぱいに広がり、格別な味がしたのは確かだった。


「……やっぱり、甘いものも好きだったかもしれない」

「もう、調子いいんですから」

「うん、美味しいな」

「はい、美味しいです!」


 少女の笑顔は、准将という重苦しい肩書を一切忘れさせる、年相応のものだった。


 食事が終わり、ソフィアを見送ることになった。と言っても、扉を出てすぐ目の前なのだが。食事でそこそこ時間が経っていたのか、先ほど比べると人通りも減ってきており、正門前は静かで落ち着いた雰囲気になっている。


「それじゃあ、今日はありがとうソフィア。メチャクチャ世話になった」

「いえいえ、私のほうこそ。偶然ですが、早急に対応しなければならない事案も解決できましたし。それに、美味しいものも食べられましたし!」


 ソフィアにとって、先ほどのスイーツが余程衝撃だったのだろう、それに疲れもあるせいか、少女は叫んだ後に少し呆けた顔をしていた。少しして我を取り戻すと、少女はその肩書に似合わないほど大きなお辞儀をしてきた。


「本当に、今日はありがとうございました。アランさんからすると、命がけの面もあったと思いますが……それでも、私、楽しかったです」

「あぁ、俺も楽しかったよ」

「ほんとですか!? それなら良かったです! それで、また何かありましたら、ぜひお声がけくださいね。普段は、執務があってご協力できないこともあるかもですが……基本、書類仕事で、そんなに忙しくないので!」


 その言葉には少し違和感があった。恐らく、ソフィアの実力は魔術師としてもトップクラス。それに、歳に見合わず判断力や決断力もあるので、本来なら仕事も多そうな印象だが。そうなると、恐らくどちらか、過剰に仕事をしてしまっているか、准将という立場でかつ、年端もいかない少女に周りが無茶をして欲しくないために仕事を回していないか――なんやかんや、どちらも正解な気がする。


 いずれにしても、立場ある彼女の手を、これ以上煩わせるのも気も引ける。もちろん、相応の大事には協力してもらうこともあるかもしれないが、基本的にはもう少し自力で頑張っていかないといけない。とはいえ、少女の厚意を無駄に削ぐこともあるまい、とりあえず同意することにする。


「あぁ、また何かあったら頼むよ、ソフィア」

「はい! こちらも、何かあったらお声がけするかもしれません。それではアランさん。記憶がないのは大変だと思いますが……どうか、アナタの冒険者としての生活が、素晴らしいものになるのをお祈りしています」


 再度、少女は深々とお辞儀をして、駐屯地の方へと向かっていった。食後で少し火照った体を夜の風が冷ましてくれると同時に、確かな疲労感を感じ、こちらも部屋に戻って休むことにした。

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