第37話 残党の末路

 カイが照明のスイッチを切った瞬間、エンは隠し持っていた短剣をカイの胸に向けて突き出した。


 だが、カイはそれに気づくと、エンの右腕を掴み背中に回した状態で拘束してしまった。


「ぐっ……。何故わかった!?」


 女は苦悶の表情を浮かべている。


「私を舐めるなよ……。お前が彼女の身体を乗っ取っていたのは途中から分かっていた」


 カイは女を睨みつける。


 女は驚愕の表情を浮かべ反撃しようと試みるが、既にカイの拘束によって身動きが取れなくなっていた。


 カイは女の鳩尾に拳を入れる。


「ぐふぅ……!」


 女は苦痛の声を上げ、その場に倒れ込んだ。


「エンの身体を返してもらうぞ……」


 カイは女に憑依されたエンの肉体から出て行くよう促す。


「クソ……。お前さえ……。お前さえ居なければ……」


 女は悔しそうな表情でカイのことを見ていた。


「諦めろ……。私はお前達の思い通りにはならない……」


 カイは冷たく言い放つ。


「くそぉ……。我々がここまで辿り着くまでにどれだけの犠牲を払ったと思っている……。我々の悲願の為にもここで退くわけにはいかない!!」


 女は必死に抵抗する。


「そうか……。ならば、仕方ない……」


 カイは右手に妖気を込めた。


「何をするつもり……」


「貴様の精神を消し去る……」


 カイは冷酷に告げた。


「そうはさせない……。こんなところで死んでたまるか……」


 女は憎悪に満ちた目でカイを見ている。


「私を恨む前に自分のしてきたことを悔い改めることだ……」


 カイはそう言うと、右手を振りかざした。


「嫌……。死にたくない……。助けて……」


 女は涙を流しながら懇願するが、カイは自身の妖力で容赦なく精神を消滅させた。


 その後、カイはエンに呼びかけると、意識を取り戻した。


「あれ……。あいつはどこ?」


 エンは辺りをキョロキョロと見渡している。


「戻ってきたな……」


 カイは安堵のため息をつく。


「えっと……。確か、あいつに身体を奪われていたはずなのに……。どうして、あの女は居なくなったの……」


 エンは不思議そうな顔をしながら質問をする。


「奴は私が滅ぼした……」


「そうなのね……」


 エンは、それだけで理解していた。


「それよりも、謝らないといけないことがある……。私の向こうの世界での行いで君を大変な目に会わせてしまった……。本当にすまない……」


 カイは深々と頭を下げた。


「ううん……。気にしないで……。私と貴方が無事であれば、それでいい……」


 エンはカイに近づき優しく抱きしめた。


「ありがとう……。私を助けてくれて……」


 カイもエンを抱き返す。


 2人はしばらくの間、抱き合っていた。



 カイが残党を撃退した頃、隆司達は広川のマンションに潜む残党の部屋を目指していた。


「ここか……」


 広川の案内で辿り着いた部屋の前に立つ。


「では、開けるよ……」


 広川はマスターキーを使いカギを開け、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。


 玄関から真っ直ぐ廊下が伸びており、突き当たりには扉が見える。


 その手前左側にトイレと浴室があり、右側には寝室があった。


 そして、奥にはリビングルームがあるようだ。


 部屋に入ると、まず真っ先に確認したのは寝室であった。


 ベッドの上には、先程、カイが倒した女の残党が横たわっている。


 その側には、俺に憑りついたと思われる男の残党が立っていた。


「私達の潜伏場所まで知られたのか……」


 男は鋭い視線を向けてくる。


「ああ……。お前達が隠れていた所は既に把握済みだ」


 俺はそう言って、男を睨みつけた。


「そうか……。ならば、もう逃げ場はないな……」


「そうだな……。大人しく投降しろ……」


「ふざけるな! 誰がお前達に従うものか!」


 男は怒りを露にした。


「そうか……。ならば、力ずくで従わせるしかないな……」


「やれるものならやってみろ! お前達の誰かに、また憑りついてやる!」


 男は、広川に向かって来た。


 俺は、まだしも広川に憑りついたら厄介である。


 広川に憑りつく前に、何とかしなくてはならない。


 広川を庇いながら戦うのは難しいと判断した俺は、瞬時に判断して行動に移すことにした。


「広川、危ない!!」


 俺は叫ぶと、咄嵯に広川と男の間に割って入った。


 次の瞬間―――


「ぐふぅ……!」


 男が繰り出した右拳が俺の鳩尾にめり込んでいた。


 そのまま、壁に叩きつけられる。


「ぐはっ……!」


 衝撃で息が詰まり、その場で膝をつく。


 鳩尾に痛みが走り、呼吸がままならない。


「ふんっ……。人間の分際で!」


 男は嘲笑を浮かべ、広川の方に顔を向けて歩み寄っていく。


「待てっ……」


 俺は痛む鳩尾を押さえながら、よろめきながらも立ち上がった。


「お前の相手はこの俺だ……。こっちを向け……」


「貴様ごときに構っている暇など無い」


 男は立ち止まらずに歩き続ける。


「くそぉ……。この野郎……」


 俺は悪態をつくが、奴を止める方法がなかった。


「貴様の身体を頂くぞ!!」


 男はそう言うと、広川に飛びかかった。


「させるかぁー!!」


 俺はそう叫び、奴の後を追った。だが、間に合いそうにない。


 このままだと、広川が奴に憑依されてしまう。


 すると、その時――


「させないわ!!」


 突然、マヤの声が響いた。


 同時に、見知らぬ人達が何人か部屋に入ってくる。


「何者だ!?」


 男は侵入者に気付くと振り返った。


「彼等は、向こうの世界の特殊事象処理班のスタッフで仲間よ!」


 先頭にいたマヤが説明する。


 その後に続いて、次々と入ってきた。


「お待たせしました。後は我々に任せて下さい」


 1人の男性がそう言うと、他の者達は一斉に動き出した。


「チッ……。邪魔が入ったか……」


 男は舌打ちをして後退りする。


「観念なさい……」


 マヤは冷たく言い放ち、スタッフの1人が男に向けて無骨な大きな首輪を投げつけた。


 投げつけた首輪は男の首にはまり、それと同時に首輪の中から拘束具が出現して手足を拘束した。


「ぐぬっ……。こんなもので……」


 抵抗する間もなく、男は拘束されてしまった。


「これで終わりよ……。もう彼の憑りつく能力は封じてしまったわ」


 マヤはそう囁いて、俺を見る。


「貴方も大丈夫?」


 マヤが心配そうな表情で駆け寄り、手を差し伸べてきた。


「ああ……。助かったよ……」


 俺は差し出された手を掴んで立ち上がる。


 スタッフの1人が、残党の女を観察してマヤに説明する。


「どうやら、この女は精神が壊れているみたいです……。少なくとも、この世界の人間の仕業ではないでしょう……」


 俺も女を見ると目は虚ろであり、口からはよだれが垂れている。


「なるほど……。分かったわ。ありがとう。後のことは任せていいかしら? 私は彼に話があるのだけど……」


「はい。分かりました。ここは、我々が引き受けますので、どうぞ行ってください……」


「ありがとう……」


 マヤは礼を言うと、俺の方へ向き直る。


「丁度いいタイミングで間に合ったな……」


 俺はニヤリと笑う。


「えぇ……。ユナのおかげでね……」


 マヤは微笑み返した。


「もし、この場にユナ、アイカが居たら一時的に憑りつかれて大変なことになっていたかも……」


「そうね……」


 俺達は苦笑いをする。


 暫くして、ユナ達が部屋に入ってきた。


「パパ! 大丈夫!?」


 俺の姿を見つけるなり、慌てて駆けつけてくる。


「ああ……。大丈夫だ」


 俺は笑顔を見せた。


「良かった……」


 ユナはホッとした顔を見せる。


「残党の男はどうなったの?」


 アイカも心配そうに尋ねてきた。


「ああ……。今、特殊事象処理班が連行しているから安心してくれ……」


「そう……。じゃあ、とりあえず終わったのね……」


「そうだな……。しかし、今日は深夜になってしまったな……」


 俺は明日の大学の講義の事を考えると憂鬱な気分になった。


「今日は私の部屋に泊まってもいいのよ……」


 アイカが顔を赤らめながら答える。


「お姉ちゃん! パパはアパートに帰って寝るから!」


 ユナが不機嫌な口調で割り込んできた。


「あら、どうして……? 私の部屋の方が広いし、ベッドだって大きいわよ……?」


「そういう問題じゃないの!」


 ユナは俺の腕を掴むと、引きずるようにして歩き出す。


「おい! 引っ張るなって!」


「早く帰るよ!」


 俺の言葉を無視して、ユナは歩き続けた。


 その様子を見て、マヤはクスッと笑っていたがアイカは気落ちしていた。


「私達も帰りましょう……」


 マヤは特殊事象処理班を連れて、部屋を出て行った。


 俺とユナは、そのまま帰宅して寝室に入った。


 俺はベッドの上に横たわる。疲れていたのか、そのまま眠りに落ちていった。

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