え!? わたしが戦うの!?

「それに、ほら!

 もう、わたしの前に現れないかも!」

 肉食ならともかく、金角鹿きんづのしかさんは基本、草食だ。

 遭遇戦ならともかく、向こうからわざわざやってくる事はないだろうし、きっと、わたしに気づいたら逃げていくだろう。

 そしたら、もう、手の打ちようがない。


 その辺りを理路整然と話したにもかかわらず、ケリー姉ちゃんは何故かため息を付いた。

「サリー、あなた、また母さんの説明を聞いていなかったでしょう」

「え?

 何が?」

 ケリー姉ちゃんは呆れた顔で言う。

「母さん、言ってたじゃない。

 金角鹿きんづのしかは魔力を摂取しないといけないから、竜の生え替わりの鱗などが落ちていない場所の場合は、魔力の強い獣の頭部を食べて、その代わりにするって。

 だから、そういう場所で遭遇したら、草食だからって油断せず警戒しなさいって話だったじゃない」

「え!?

 そんな事……言っていた、ような、気もするけど……」

 ケリー姉ちゃんは呆れたように目を細めながら「そういう所、いい加減、何とかしなさいよ」と言った。


 うっ!?

 正直、そんな強いのとは戦わないと思っていたから、聞き流してた!


 頭を抱えるわたしに背を向け、ケリー姉ちゃんは言う。

「とにかく、この辺りにはろくな魔獣や魔物がいないんだから、確実にあなたの元にやってくるわ。

 絶対に、仕留めるのよ!」

 そして、さっさと走り去っていった。


 その背を見送りながら、ため息を付く。


 いや、え!?

 本当にわたしが仕留めなくちゃならないの!?

 正直、脇から見ていたにもかかわらず、金角鹿きんづのしかさんの動きなんて、全く見えなかった。

 もう、ピカッと光ったと思ったら、移動している感じだ。

 ……ケリー姉ちゃんはあれを躱していたよね?

 流石は、ケリー姉ちゃんだ!

 ママから、単純な戦闘センス判断だけなら4兄妹で一番と言われるだけの事はある。

 って、あぁ~!

 しまった!

 その躱す方法を教えて貰えば良かった!

 というより、教えておいてくれれば良いじゃない!

 ケリー姉ちゃんの意地悪!


 ……まあ、そんな事をこんな草原の真ん中で考えていても、詮無き事か。

 一旦、家に帰ろう。

 うん、そうしよう。


 金角鹿きんづのしかさんが魔力を求めているのなら、あの家は大丈夫だ。

 確か、結界の中にあるものは、魔力とかを探りにくくなるって、ママが言っていた。

 そう考えると、わたしがあの中にいれば、金角鹿きんづのしかさんもどっか行くのかな?

 ここら辺だと……。

 赤ライオン君、そうか、赤ライオン君は魔力を求める金角鹿きんづのしかさんに倒されたんだ!

 彼ほどの魔獣なら、保有魔力もかなりのものだろうし。

 そういえば、コカトリス鶏蛇君も頭を潰されてたけど、あれも、金角鹿きんづのしかさんにやられたってことかな?

 あとは……。

 あれ?

 そもそも、なんで金角鹿きんづのしかさんは町の近くに現れたんだろう?

 あそこには強い魔力の魔獣とか魔物なんて――。


『なんか〝黄金の角を持った鹿に狙われてる!〟とか、〝頭を囓られる!〟って、震えながら孤児院長先生にずっとくっついて――』


 あ?

 ああ……。

 も、もしかして……。

 え!?

 いや、でもセンちゃんは中二な感じだけど、普通の女の子で……。

 あ、魔力!

 そうだ、よく分からないけど、魔力を使って何かやってた事があったはず!

 じゃ、じゃあ、まさか、本当の事!?

 あああ、しかも、今、金角鹿きんづのしかさんが駆けて行った方、町があるじゃん!

 ま、町が危ない!


 あわあわしていると、こちらに飛んでくる複数の気配を感じた。

 視線を向けると、悪役妖精の青嵐あおあらしや近衛兵士妖精ちゃん達だった。

 ちょうど良かった!

 悪役妖精の青嵐あおあらしが〝一体、何があった!〟とかいう様に身振り手振りをしてきた。

 なので、端的に、金角鹿きんづのしかさんがいた事と、それはケリー姉ちゃんから逃げたけど、町にいる女の子が危ない事を伝える。

「ごめん、わたし、町が心配だから行ってくるから!

 あと、多分今日は帰れないってイメルダちゃん達に伝えておいて!」

 そう言いつつ、町に向かおうとすると、胸元に近衛兵士妖精の白雪ちゃんがぽすっと収まる。


 あ、そりゃ連れて行く方が早いよね!

 慌てすぎてた!


 呆れた顔の悪役妖精の青嵐あおあらしに「頼んだから!」と叫びつつ、町に駆ける。

 荷車も無いし、白狼君達もいないから、白雪ちゃんには気を遣いつつ、全力で走る。

 だけど、あの金角鹿きんづのしかさんには到底追いつけない速度だ。

 あぁ~!

 ママの話をちゃんと聞いておけば良かったぁぁぁ!

 そうすれば、多少は違っていたはずだ!

 ひゃぁぁぁ!

 これで町が壊滅してましたなんて事になったら、洒落にならない!



 林を抜け、その先にある門や町を囲う壁を見て、ホッと胸をなで下ろす。

 どうやら、金角鹿きんづのしかさんは来てないようだった。

 いつもの若い門番さんが「あれ? サリーちゃんまた来たの?」と暢気そうな笑顔で手を振ってくれる。

 わたしは手を振り返しつつ訊ねる。

「ねえ、今、金色の角の鹿は来てない?」

 とたん、若い門番さんは苦い顔になる。

「見てないよ。

 仮に見たとしても、なんかまた――」

 そこまで言うと、声を潜める。

「領主様の命で、その鹿に関わってはいけないって事になったんだ。

 前回同様、独り占めをするつもりだよ!

 酷いよね!」

 なんか、町の人達の中では、領主様は宝物を独り占めにして、今は帝都で贅沢三昧をしている――という事になっているらしい。

 そして、さらなる贅沢のために、金角鹿きんづのしかさんを狙っているって感じとか。

 まあ、なんにしても好都合だ。

 若い門番さんが「サリーちゃんも、諦めた方が良いよ」とか言ってくるのを適当に流しつつ、冒険者組合へと足を向けた。


 冒険者組合の中に入ると、何人か人はいたけど、赤鷲の皆はいなかった。

 受付の方を見ると、組合長のアーロンさんが受付嬢のハルベラさんと話をしている所で、わたしに気づくと手招きをした。

「サリー、少し話があるんだが良いか?」

「うん!」

 アーロンさんが早足で組合長室に向かうのに着いていく。

 中に入ったアーロンさんは早々に訊ねてくる。

「サリー、何があった!」

 どうやら、わたしが重要な話を持ってきたと気づいて、ここに連れてきてくれたらしい。

 わたしはく心を落ち着かせながら説明をした。

 アーロンさんは硬い表情で頷いた。

「その鹿はお前が話していた奴で、しかも、この町にいる女の子を狙っている、か。

 これは、最悪中の最悪って事か……。

 だが、魔力を持っている事が原因であれば、狙われるのはその女の子だけではないだろう?」

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